ジョナサンズ・ウェイク

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もの食う人びと(辺見庸)



知人に「美味しいよ(面白いよ)」と箸を勧められたので、とにかくつまんで齧ってみることにした。すると何と味のある紀行エッセイであろうか。文章も噛めば噛むほど味の出る親しみやすい文体だ。もちろんテーマは「食」。辺見氏の「食欲」という人間の本能に訴えかける文に、ぼくの胃袋は過剰な反応を示した。結果、作中に出てくる「じゅごんの肉」の味を想像しながら我慢できず、真夜中に冷蔵庫の中を漁り、残り物を食べるはめに陥ったりもした。

ところで、ここで誤解してはいけないのは、この作品はただの「食べ歩きエッセイ」ではないということだ。著者は約二年間の行き先未定の旅の中で、常に問題意識を持ち続けた。「世界の人びとはいま、どこで、なにを、どんな顔をして食っているのか。あるいは、どれほど食えないのか。ひもじさをどうしのぎ、耐えているのだろうか。日々ものを食べると言う当たり前を、果たして人はどう意識しているのか、いないのか。食べる営みをめぐり、世界にどんな変化が兆しているのか。」と。

著者が食べたレシピの一部を紹介しよう。
ダッカの残飯、猫用缶詰、ドイツの囚人食、アドリア海のイワシ、コソボ修道院の精進料理、ロシア海軍の給食、チェルノブイリの放射能汚染食品(?!)・・・。その食事の数だけ凄絶なストーリーがあったことは言うまでも無い。

ぼくは元来小食家なので、辺見氏の献立を少しずつゆっくりと、味わい、咀嚼し、消化させていった。けれども未だ消化不良のものもある。バングラディッシュの難民問題、ソマリアのPKO問題、エイズの村マトケ、残留日本兵士の人肉食事件、韓国人従軍慰安婦問題、等々。しかしそれら臭いものに蓋をしてしまってはいけない、と思う。まずはそれらと向き合って、口の中に入れることから始めなければなるまい。

『もの食う人びと』を食べてみて、「食」に対する観点が、少し変わったような気がした。

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