ジョナサンズ・ウェイク

ジョナサンズ・ウェイク

ナイン・ストーリーズ(サリンジャー)



5年前のとある昼下がり。少年時代のぼくは、一人で浴びるにはもったいないくらいの日差しを背中に受けながら、本を読み耽っている。誰もいない公園のベンチ。自分という存在以外は何もないんじゃないか、そんな錯覚に陥るほどに辺りは静かだ。ぼくは、登場人物たちの過剰ともいえる自意識によって、繊細な(かつては繊細であった)感性が傷つけられ、揺れている。

岩のような固定観念や先入観に支配されていなかった、当時のぼくにとって「バナナフィッシュ」は鋭利な刃物のように深層心理に突き刺さる凶器であり、「青の時代」は青春の挫折への恐ろしい予告であり、「テディ」は不可解なほど不気味な天才との出逢いだった。衝撃だった。

しかし今は違う。いくら世界に入り込もうとしても、文体や翻訳者のくせが気になってしまい、またサリンジャーの緻密な計算による構成の見事さに感心してしまう。これではかつては可能だった「真の追体験」とはほど遠い。とは言うものの、今回の再読は素晴らしい体験だった。忘れかけていた作品を読み返しながら、内容だけではなく、5年前の記憶が鮮明に思い出された。誰もいない公園のベンチ。じりじりと背中を焼く日差し。

ナイン・ストーリーズ33刷改版

二重の追体験と素晴らしいタイムスリップを体験させてくれた、サリンジャーに感謝。(※これは5年前の読書記録を抜粋した記事です。)

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