ちょっと本を作っています

ちょっと本を作っています

第一話 私の出版屋事始め

第一話 私の出版屋事始め




私が編集者になったきっかけ

最初は、本が好きだから出版社に入っただけの話です。

それも学生時代に、アルバイトのつもりでした。

そのまま社員になりました。

根が無精者の私です。

卒業が決まっても就職活動をサボっていたのです。


最初の仕事は「商品管理」でした。

何のことはない倉庫番です。

まー、生意気盛りでしたので、編集や営業にケチばかりつけていました。

そのうち、そこまで言うのなら編集をやってみろと異動になりました。


でも誰も仕事は教えてくれません。

冷ややかなものです。

あいつ生意気だからお手並み拝見ってところです。

本が出来るまでの工程も、それこそ校正記号一つ知らなかったのです。



最初に手掛けた本

ドンと原稿を押し付けられても、何からやればいいのか分かりません。

皆が帰った夜中に、先輩編集者の棚にあった原稿と本を引っ張り出しました。

「うん、このように指定すればこのように組みあがるんだ」

見よう見まねどころか山勘で原稿に朱を入れて印刷屋さんに渡しました。


バッチリです。

見事に、私が思った以上の出来栄えでした。

でも何かおかしいのです。

まさに私が思った以上に良く出来過ぎなのです。


翌日、印刷屋さんの営業マンにこっそりと訊ねました。

「あれ、誰か手伝ってくれたんですかね」

「いえ、指定して頂いたとおりですよ。何もしていません」



印刷屋さん今晩は

印刷会社の営業マンは何も答えてくれません。

でもそんなはずはないのです。

その日の夕方、印刷会社を訪ねました。


「あのー、この本をやってくれた現場の方に会いたいんですが……」

私も一応は、得意先の人間ですから丁寧に応対してもらいました。

でも現場の担当者は遠慮なんて一欠けらもありません。

「何? あれお前さんがやったの。ひでーなんてもんじゃなかったぞ」

「しょうがねーから、勝手に組み上げといた。文句ねえだろ」


「余計な指定なんて入れずに、原稿のまま寄こしゃいいんだよ」

「知ったかぶりして赤字を入れられちゃ迷惑だ。勉強しなおせよ」

「済みません。新人なもんですから、教えて下さい」

「誰が? 冗談じゃないよ。それくらい自分で考えろよ」



授業料は一升瓶

「だから、印刷の工程を教えて欲しいんです」

「馬鹿言うな。俺は渡りの職人だ。そんなことやってられるか」

「何ですか、その渡りの職人って?」

「おめーなー、それさえも知らないのか。潰れるよお前のいる会社」


「渡りってな、活字を何本組み上げて幾らって、出来高払いの職人だ」

「だから俺は、おめーと話しているだけで大損なんだ。もう帰ってくれ」

「済みません。じゃあ隅っこで見させて下さい。見るだけならいいでしょう」

「まったくもー、邪魔したらただじゃおかないからな。勝手にしろ」


私は、ポケーっと二時間ほど作業を見ていました。

それからこっそり抜け出して一升瓶とお寿司の折り詰めを買ってきました。



もしかしたら印刷の職人さんになったかも

「おもしれーか。見てるだけで」

コップ酒が効いたのか、十人ほどいた職人さんたちの笑い声が響き始めました。

「よっしゃ、あんちゃん。自分でやってみろ。先ずはヒロイだ」

活字を一本一本、棚から拾い出す植字という作業です。


その日から三週間ほど、暇があれば出かけて行きました。

次には組版という作業です。

拾った活字を一頁に組み上げる作業です。

「おめー、出版なんてちんけな商売やめちまえ。印刷の仕事を教えてやるよ」

「いい金になるんだから。腕のいい職人になれば遊んで暮らせるぞ」


結局は、一番最初に会った口の悪い職人さんが全てを教えてくれました。

以上は、今のオフセットの前の時代。活版印刷全盛の頃の話です。

一番難しい表組みや何段にも重なった数式さえも組めるようになりました。

編集へ異動して一ヵ月後、学校で教わるよりもはるかに印刷通になりました。


まず行動を起こすこと、それが編集者の基本かもしれません

編集の技術を覚える方法は簡単です。

見ればいい、やればいいだけです。

私の場合、仕事を覚えるための出費は一升瓶と折り詰めの寿司代金だけです。

それも、私はちゃっかりと残業料を請求したので、自腹は痛んでいません。


先入観を持たないことも編集者には必要なことのように思います。

私は出来るだけ編集仲間とは距離をおきました。

書店さんや営業のスタッフとは年中飲んでいてもです。

出版技術を覚えるためにエディタースクールに入ったことはあります。

でも三日目には辞めてしまいました。

印刷現場がどうなのかは勉強しましたが、それ以外には興味はありません。


人それぞれですから一概には言えません。

著者や新聞記者連中や雑誌記者連中とは、今も付き合っています。

それと本屋さんや出版取次の人たちとも。


第二話 ちょっぴり生意気だった理由


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