What's new?My life is.

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2011年03月28日
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あの日、3日後に出発するのフランス旅行のために、港北区にある美容院へ車で行きました。
帰りに区のスポーツセンターへ行って4月以降のテニスコートの申し込み手続きをして、近所のスーパーマーケットへ。
買い物籠をもってイチゴと白菜を入れたところで地震が来ました。

店内の灯りが瞬き、奥のほうの棚から商品が落ちる音がして〈これはただ事ではない〉と思い、籠を邪魔にならないところに置いてゆっくり出口へ向かいました。
ほかの買い物客もそろそろと外に出てきました。
揺れが収まるまで駐車場の広いところに居たのですが、店の灯りは消え、店員さんたちも右往左往していました。

携帯のモバイルでテレビを見てみるととんでもない地震が東北で起きたとのこと、周囲に居た人にも告げて、携帯のバッテリーがなくなっては困るので通信は切りました。
とりあえず車を義父母の家のガレージに戻し、義父母の様子を見にいくと二人とも庭にでていました。
そこでまたしばらく地震の様子を伺い、そろそろ寒くなってきたので家の中に入りました。


私の家はどうなっているのか気になるのでそこから徒歩5分のマンションの6階の部屋にもどりました。
ムスメの部屋は、棚に乗っていた本や小物が床に散乱していましたが、壊れたものはなさそうです。
ムスコの部屋も、ひどい散らかり様・・・と思ったら朝のままのただの散らかりで、思わず笑ってしまいました。

ほかの部屋は、特に変わった様子もなく・・・いやいや、食器戸棚の様子が変。
ガラス扉の中にしまってあるグラス類が皆扉にくっついているではありませんか。
地震の揺れで奥から手前へと移動したようです。
戻そうと思って恐る恐る扉を引いたら、案の定グラス類が手前に倒れてくるではありませんか。息を呑んで慎重に開けたつもりだったのに、ワイングラスが1個落ちて粉々になってしました。
片付けなくては危ない・・・が、電気が来ていません。
掃除機が使えない。このまま暗くなったらもっと危険なので、あたりを雑巾がけして始末しました。
さて、これからが本当に大変。

オットはこの日九州から帰るので、丁度福岡空港に着いたころだろうし、ムスコは用事があって東陽町あたりにいる。

日本に居る二人に居所確認のメールを打ち、停電の夜に備えて懐中電灯や蝋燭の準備をしました。
トイレに行くと・・・水が流れない!
マンションの水道は電力がないと機能しないのでした。

義父母の様子も気がかりだったし、あちらの家は戸建てなので水の心配はないので、私は家族が帰ってくるまでは義父母と一緒に居ようと決めました。
義父はアルツハイマー症が中程度に進んでいて、周りの状況をうまく理解できないし対応するにも時間がかかります。


義母が用意した蝋燭は仏壇のもの・・・あれでは危険です。うちから直径10センチのアロマキャンドルと、防災グッズの中のこれまた太い蝋燭を持っていきました。
それに、LED懐中電灯(エディーバウアーで貰ったものです)と、手動発電の電灯と携帯充電が出来るラジオ(本当にこれを使う日が来るとは思わなかった)。

まだ陽があるうちに義父母には食事を済ませてもらい、あとは蝋燭の火を頼りに余震の続く中オットとムスコとの連絡を待ちました。
オットは福岡空港で羽田行きの飛行機に乗るべくとにかく待機。
(無理に帰ってきても列車が動かないから、そのまま福岡泊にしたら?と言ったのですが、ホテルはどこも満室だというのです)

少したってからムスコから返信があり、徒歩で東陽町から水天宮前まで来て、半蔵門線が動くのを地下鉄の車両の中で待っているというのです。
地下!怖い。
電車はこの日、復旧しないでしょう。だから地上に出て周りの情報を集めるように指示しました。ムスコはことの深刻さに驚き、「ネットカフェに泊まろうかなぁ」「タクシー使ってもいい?」と言うのですが、ネットカフェなるものが入っている建物の安全性が分からない。タクシーがつかまるわけがない。
「とにかく情報集めて、腹ごしらえして飲み物を手にしてうちへ向かって歩き出しなさい」と過酷な指令を出しました。

そういえば私、何も食べていない・・・義母が心配するので冷凍庫にあったご飯をお湯で煮て即席お粥をつくり食べました。
ラジオの速報に気が遠くなりそうな言葉『壊滅』が聞こえてくるし、オットもムスコもどこかを歩いている。
こんな状況ではこれ以上食べたら気持ちが悪くなりそうでした。

そろそろ私の携帯のバッテリーがなくなりそう。
このあたりから、5分手動発電をしては1メールを送るという暗い作業が始まりました。
オットからはやっと飛行機が飛ぶとメールがあり、羽田までのルートは出来たようでした。

暗いから起きていても仕方ないので義父母には休んでもらいました。
勿論普通に休めるはずはなく、強い余震に備えてお風呂もパジャマに着替えるのは諦めてもらいました。
そして2時間後、オットから再びメール「羽田から環八まで出てきたけど寒くて疲れて、挫けそうだ・・・。」そうだよね。若くないもん。
ラジオで都内のあちこちの公共施設が帰宅困難者のために休憩所として解放されたと言っていたのでそのことをオットに知らせました。

ラジオでは、私鉄が徐々に動き出している様子です。
そして11時過ぎ、やっと東急全線開通のニュースが入りました。急いで二人にメールしました。
オットは蒲田にあるどこかの学校の休憩所ですでにそのことを知らされていて、東急目蒲線に乗ることが出来ました。

そして11時45分。「最寄の駅に着いたよ」と、オットとムスコからほとんど同時に連絡が入りました。ムスコは最後の2駅だけ、やっと乗れたそう。27キロ7時間踏破です。
地震が起きてから8時間、私は二人が心配で心配で・・・。
メールと同じくして停電も終わり、部屋がピカピカ明るくなりました。
蝋燭を片付け、義母に「二人が帰ってくるので家にもどります」と告げて家路に着きました。
信号がちゃんと赤くなったり青くなったり・・・あぁ、日常に戻れる、とほっとしました。

私はほんの8時間だったけど、こんな非常時がまだ続いている方たちが大勢いらっしゃる。
ここに書いたことはあの地震の日の、とても恵まれたパターンなのだと思っています。
計画停電で何度も不自由はしているし、近所のスーパーの棚は閑散としています。
行っても楽しめるはずはないのでフランス旅行はキャンセルしました。いろんな費用がかかってしまいました。

だけど、もっともっと、比較にならないほどの苦労をなさっている方たちがいらっしゃる。
ずーっとこれからもこのことを心の中に閉まっておかなくては。





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最終更新日  2011年03月29日 18時21分44秒
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