What's new?My life is.

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2011年04月09日
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幼いころの大槌町の記憶は鮮明だ。

これはもう、ないのだ。
営林署はもうずっと前から、ない。署員とその家族で忘年会のようなものをした、あの会議室もない。
冬の晴れた日、障子とガラス窓の間の狭い空間に体を押し込めて、浜田ひろすけの絵本を読んだあの家も、もうなかったのだろう。
〈母さんヤギの目の中に、こどものヤギが映ります〉〈とっとことっとこ三回り目子豚は疲れてしまいました〉何度も何度も読んだあのフレーズが、三陸の冬の日差しの暖かさと共に蘇ることはない。
町は変わっていくものだけど、抗いがたい自然の暴力に一瞬にして奪われてしまうのは、受け止めるのがつらい。

小学校に入学してすぐに、宮古市藤原に引っ越した。
当時宮古市は、たいそう活気があったように思う。

一番近くにいた私はとっさに駆け寄って半身海水にまみれながら妹を岸へ引きずり戻した。
ずぶぬれの私は、引越しで忙しい親に洋服をぬらしたことを叱られるのではないかと心配したが、叱られた記憶はない。でも、ほめられた記憶もない。

新しい官舎から海はとても近かった。
波の高い日は音が聞こえるほどだ。
家の前の道を隔てて家並みが一列あり、その裏側がニセアカシヤや松林になっていて、もう砂浜なのだ。
引っ越してしばらくすると、海岸には防波堤が出来、防波堤の上が散歩道になっていた。
海岸にはすぐに降りられるが、防波堤の影響で波が荒くいつも怒っているようだった。

チリ地震津波・・・大人の会話の仲に何度も出てきた言葉なのだが、小さい私には何のことなのかちっともイメージできなかった。
私に始めてエレキギターを見せてくれた中学生のお兄ちゃんには、実はお姉さんがいたのだが津波にさらわれてしまったという。〈津波にさらわれる〉ということがイメージできなかった。
宮古には、津波の傷跡がたくさん残っていたのだろう。
それすらまた塗り替えてしまうほどの災害・・・誰もイメージできなかったのではないだろうか。


道のりの中には国道45号線を横切る箇所があった。
国道は上下線に分かれ歩道があって、私には横断歩道が長く感じられた。
あたりには個人商店が点在していた。

家から一番近いのは〈おせんさん〉とみんながよぶ、よろずやだ。お豆腐を買うときにはお鍋を持っていき、それにいれてもらう。野菜は当然新聞紙にくるんで渡される。日曜日の朝は家族5人分5本の牛乳と食パンを買いにいく。ガラスケースのなかには秤売りのお菓子があって、白い紙の袋に入れてくれた。ごちゃごちゃと置かれた商品のなかには文具もあった。

国道沿いには同級生の古舘さんの家が魚屋を開いていた。大槌に住んでいたとき、魚屋などみたことがなかった。たぶん行商が来ていたのだろう。魚屋は新鮮だった。たくさんの種類の魚とあの磯の強い香り、大量の水。魚屋にはなりたくないと思った。

宮古市藤原は住宅地だったので商店は数えるほどしかなかった。
買い物は閉伊川を渡った向こうの市役所のある地区にいくのが普通だった。





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最終更新日  2011年04月09日 07時13分40秒
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