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2007年04月24日
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カテゴリ: 戦争映画
2005 ロシア・イタリア・フランス・スイス  監督:アレクサンドル・ソクーロフ
出演者:イッセー・尾形、ロバート・ドーソン、佐野史郎、桃井かおり、つじしんめい、ゲオルギイ・ピツケラウリほか
115分 カラー 


 ロシアの異色監督ソクーロフの製作した、第二次大戦人物伝「モレク神(1999)・・・ヒトラー」「telets(2001)・・・レーニン」に続く3作目。監督独特の歴史観、人間観に基づいて、粛々かつコミカルに昭和天皇(ヒロヒト)の人物像を描くドキュメンタリータッチのヒューマンドラマ。ポツダム宣言受諾の決意から人間宣言、そして極東軍最高司令官マッカーサーとの対面まで、昭和天皇の孤独と苦悩を描いている。日本人ではストレートに描くことが出来ないタブー的題材を、ロシア人監督が描いたと言う点で高く評価できるが、本作を視聴した感想はかなり複雑。昭和天皇の人柄と神格という常人には理解しがたい状況を描いていく中で、日本人の礼節と美徳というものを的確に描いているのには感銘する反面、お飾りで自由のない権力者として滑稽なチャップリンに比喩するなど、小馬鹿にしているように感じる点はいたたまれない気持ちになる。
 本作は監督も言っているように、完全なるドキュメンタリーではない。戦後世代で人間昭和天皇しか知らない私はもとより、ほとんどの日本人が知るよしもない昭和天皇の一挙一動、生活を描くことなど到底無理なことであり、イッセー尾形の名演技にしても全てが想像の域を出ないものである。従って、本作の内容を見て史実にどうのこうのというのは愚かな行為だとは思うが、監督の他作品「ヒトラー」「レーニン」と並べて大戦の奇人扱いとして品評されるのは忍びない。というのは、もちろん日本人として日本びいきである点は自覚しているが、現代日本において皇室というものが連綿と続いている理由がいずこにあるのかを考えてみた時、本作中にも登場するが、昭和天皇自らの台詞として「・・・天皇は楽ではない。趣味や習性は怪しまれる・・・」とあるように、皇室に伝わる伝統や祭事、習俗こそが日本人の根底に流れる「礼節」「美徳」のルーツなのだ。世俗人から見たその皇室の異様さは、ヒトラーやレーニンの奇行とは全く一線を画するものであり、失脚後にヒトラーやスターリンのように掌を返されることがないのは、日本人が自身の存在価値の根源をそこに求めているからだとも言える。
 こうした天皇=皇室=日本人根源という感性は、本作中でもマッカーサーの通訳官が異常なまでに天皇に敬意を示す姿や、人間宣言した天皇に対する侍従たちの困惑という形で描かれている。少なくとも監督は、こうした日本人特有の感性を理解していることは窺われる。ただし、やはり外国人には日本の歴史における天皇というものを完全には理解できかねると思われる箇所も多い。映画として面白おかしく現人神から人間への変化を描きたくなるのもわからないでもないし、それを滑稽と捉えるのも当然かもしれない。しかし、我々日本人は、それが滑稽であることを自認したうえで納得しているのであって、そのあたりの背景が抜け落ちてしまっているのは残念に思う。とはいえ、もっと辛辣に描こうと思えば出来た事象を、ここまでオブラートに包んだように仕上げたのは十分評価に値するとも言えるのだが。

 映像はカラーだが、彩度を落として限りなくモノクロに近いものとなっている。時代と神秘性を感じさせる効果に長けていると思われるが、やや見にくい。また、いかにも終戦直後の空虚感を感じさせるように、BGMはほとんどなし。バックに流れる効果音も電信音のような雑音がずっと続く。当然のことながら場面はほとんどが皇居の退避壕と執務室であり、昭和天皇の動きが緩慢であるために、映画全体はかなりゆっくりとしたテンポで進む。私個人的には、一日のスケジュールや昭和天皇の独り言など、昭和天皇の一挙一動が興味深かったので、ほとんど冗長な印象は受けなかったが、見る人によっては間延びした印象を受けるかもしれない。外国人にとっては、なぜあんなに動きがのろいのかと訝しがるかもしれない。
 さらに、本作はドキュメンタリータッチではあるが、芸術的映画の匂いもある。東京大空襲の映像でB-29爆撃機が空飛ぶ魚として描かれるシーンは印象的。海洋学学者の昭和天皇と絡めた映像であろう。

 昭和天皇を演じたのはイッセー尾形。彼の独特な演技力で、昭和天皇の話し方や口元、挙動の癖を再現している。我々にとっては、年に数回のテレビ映像のみでしか知ることのなかった昭和天皇に似ているのかどうかは何とも言えないが、コミカルな挙動がともすれば不敬的印象を与えかねない緊迫感ある演技を、見事に内面から出る人徳というものの表現でカバーした。ソクーロフ監督は演じたイッセー尾形の身の安全を心配したらしいが、ギリギリセーフといったところか。侍従長には佐野史郎、老僕にはつじしんめいが好演しているが、鈴木首相、陸海軍大臣役ともに、やたら汗をかく不思議な演出。言葉少なに奥に秘めたる感情や想いを感じ取れということだろうが、ちょっと違和感を覚えたのは事実。相当奥が深いのか、単なる勘違いなのか、詮索するときりがない。皇后陛下役は桃井かおりで、かなり変だが登場時間が少ないので許せる範疇。このほか、印象的だったのはマッカーサーの通訳官で、昭和天皇にひたすらアメリカ兵の無礼を詫びる不思議な役割。確かに、知日派米士官がマッカーサーが天皇に対して非礼にならぬよう汗をかいたという逸話はあるが、ここまで極端だと微笑ましい。

 本作に対する外国人のレビューを眺めていると、やはり戦犯としての天皇という視点で言及している例も目につく。しかし、不可解な日本という感性を感じている人も少なからずいるようで、本作が与えた意義は小さくないと思われる。日本の敗戦、そして戦後の世界貢献に尽くす平和国家日本を理解してもらうためには、通らなければならない関でもある。外国人から見た日本と天皇とはこういうものなのだと、真摯に受け止めておきたい。

興奮度★★★★
沈痛度★★★
爽快度★★
感涙度★★



 1945年8月、東京の皇居。昭和天皇は執務室で食事をとり、侍従長から一日のスケジュールを知らされる。首相や軍首脳らとの御前会議を前に、「最後に残る日本人は私だけということにはならないかね」「私の体も君らと同じ」などと侍従長を困らせながら、降伏を受け入れる決断に戸惑いと苦悩を見せる。身の回りの世話をする老僕は汗をかきながら天皇のシャツのボタンをかける。
 会議では、阿南陸軍大臣が徹底抗戦の意志を陳述するものの、昭和天皇は明治天皇の歌を引き合いにしながら、降伏を受け入れることを決断する。会議後には海洋学研究所に赴き、カニの研究に没頭するが、大正13年のカリフォルニア人種差別事件を思い出し、大戦を避けられなかった過程と軍部の暴走を止められなかった経緯を邂逅する。その後、疎開している皇太子へ手紙をしたためるが、敗北の原因についても言及していく。
 終戦となり、GHQが皇居にやってくる。昭和天皇と鈴木首相は極東軍総司令官マッカーサーに呼び出される。横柄なマッカーサーに米軍通訳官の少佐は言葉を選んで通訳する。しかし、天皇は英語が堪能であり、英語でマッカーサーと話し始める。マッカーサーは初めて見る天皇に戸惑いを覚え、「子供のようだ」と言いすぐに帰す。天皇は自分でドアを開けることすら慣れていなかった。
 米軍からチョコレートが贈られてくる。天皇はチョコレートを侍従に分け与えるが、毒が入っていないかと侍従長は大あわてする。人間宣言をした天皇のもとに科学者が訪れる。人間となった天皇と直接面会することに慣れていない科学者は馴染むことが出来ない。さらに、昭和天皇は米軍の写真撮影を許す。侍従らは人間であることが国民に知らされることへの懸念を抱くが、昭和天皇は快く撮影に応じる。
 夕刻、マッカーサーが夕食に招待する。マッカーサーは、天皇が心の内を明かさず、本当の気持ちを伝えないことに気づき始める。昭和天皇は老子を引き合いにしながら日本の心を話す。通訳官が席をはずしたのを契機に、昭和天皇は次第に心を解きはじめ、ハバナ葉巻を貰って吸い始める。マッカーサーが人間になった気持ちを問うと、「・・・天皇は楽ではない。趣味や習性は怪しまれる・・・」と語る。マッカーサーも次第に天皇に理解をしはじめ、疎開先の皇后や子供たちを呼び寄せるよう諭す。
 皇居に戻った昭和天皇は、現人神になったことを自問自答する。皇室と国と国民の安定と平和のために、神格という身分を返上するのだと。間もなくして、皇后と皇太子らが戻ってくる。子供らに会いに部屋を出ようとする天皇は侍従長に「私の人間宣言を録音した若者はどうした」と問う。侍従長は「自決しました」と答える。びっくりした天皇は「もちろん引き留めたんだろうね」と問い返すが侍従長は「いいえ」と答えるのだった。


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最終更新日  2007年07月04日 09時03分25秒
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