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災害復興学の体系化を目指す
関西学院大学が叢書刊行へ
山中 茂樹
現場の教訓を提言に紡ぐ
「もう、災害復興基本法を作るしかないよ」——旧国土庁が設置した委員会の座長として、司祭者生活再建支援法の改正に向け苦闘された廣井脩・東京大学教授(故人)の一言に背中を押され、研究所の創設に参加したのは 2005 年です。以来、被災現場の教訓を政策・制度の提言に紡いできました。
研究所は災害復興基本法試案の策定を目的とした研究所で5年後の基本法試案作庭で役目を終えるはずでしたが、災害はこの間も多発し、研究所の活動は現在まで続いています。
一方、災害復興学は、いまだ学問として確立されていません。研究所では被災者支援の政策提案に力を注いできましたが、後継の研究者のためにも、積み上げた研究成果を体系化し残していく必要があると感じていました。それが叢書刊行の目的の一つです。
また、災害復興ではインフラ復旧や区画整理といった都市計画に予算が集中し、被災者の再起は自力再建とされてきましたが、これに対抗する形での人間復興を世に問いたいとの思いもありました。さらに新自由主義が跋扈し、トリクルダウンのような理屈で復興政策が進む現状に対し、憲法に保障される幸福追求権の実現、被災者の幸福実現こそ、真の復興であることを叢書では明示したいと考えています。
後藤新平の呪縛
『人間復興』では、関東大震災から現代にいたる災害復興を俯瞰していますが、災害に『復興』という言葉を最初に使ったのは、関東大震災の折の内務大臣で帝都復興院の初代総裁となる後藤新平です。
当時の新聞からは「復興」という言葉が、集団、かたまりが前の勢いを取り戻すという文脈で使われていたことが分かります。後藤が「復興」を関したことには、首都東京から江戸色を一掃し、列強と肩を並べる帝都の威容を創り出そうという意図が込められていたと思われます。
また、被災地の回復に「復興」という言葉を使ったことが、その後の被災地支援策を規定することになります。それは一言で言えば、都市計画という手法を用いた復興国家主義です。それを私は後藤新平の呪縛と呼んでいます。
これに対し、「人間の」という修飾語をかぶせることで、復興を被災者の手に取り戻そうとしたのが、大正デモクラシーの旗手で福祉国家の先駆者、福田徳三です。
後藤の目指す帝都復興に対し、福田は被災者の暮らしを中心に据える「人本位の復興」を訴え、生存権という基本的権利から被災者の居住権や労働権を保障すべき年、具体的な府立改正案も提案しています。経済学者の多くは、これらを総称し、「人間の復興」と呼び、福田の思想として位置付け、評価しています。
しかし、私が注目するのは、福田が、被災者こそ災害復興の主体者であり、復興政策を決める最高・最後の決定権者であると考えていたことです。
福田は「真の復興者は被災者自らをおいてほかにない」とし、「復興の最根本動力」は「自らの働きをもって生きて行かんとする堅い決意をもっている人」と訴えています。「人間の復興」の最も重要な精神はそこにあると私は考えています。
「功利主義」「集団主義」のカベも
理念化する基本法の策定を
右肩上がりの経済成長のなか進められてきた道路の拡幅や土地区画整理を柱とする都市計画事業は、考え直される時期に来ていると思います。必要なことは都市計画の人間復興化です。
『人間の復興』では、阪神・淡路大震災後の芦屋市西部地区の復興まちづくりを紹介しましたが、同地区では行政の示した区画整理に反対し、住民の会が対案としての「土地区画整理を前提としないまちづくり案」の策定に取り組みます。その結果、道路の道幅を抑え、コミュニティー道路やポケットパークなど、住民の智慧を生かしたまちづくりを実現しています。
同地区のまちづくりは行政側の度量が試される例でもありましたが、都市計画の人間復興化には、被災者優先の社会契約も必要になるのではないでしょうか。
そこで、カベとなるのは、復興を推進する理念とされる「功利主義」であり、「集団主義」です。功利主義は、幸福(の総量)の最大化のためなら、原理上はどんな不平等な分配や自由の権利の制約も支持します。また利害が相反するとき、集団は個人に同僚行動を強調する復興を目指すことがあるなど、私たちは経験してきました。「功利主義」「集団主義」に対抗する災害復興の政策をどう育てていくか、今後の課題です。
また、属地主義から属人主義への転換も必要です。現行の被災者支援制度は「属地主義」で構成され、被災自治体に住んでいなければ、支援が受けられません。被災地の外に出たときも系統立った支援が受けられる制度も必要です。
大きくは、「人間の復興」の思想を理念化する基本法をつくることでしょう。被災者の生存権の擁護や生活再建支援を一つ一つ法制化するうえで、「人間の復興」の思想から規制、制御する基本法が必要であると考えています。
やまなか・しげき
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