春海の物語

桜
            春海の物語


春の暖かい日に縁側でひざの上に愛猫のコマをのせて撫でながら空を見る。
たまにチャリンって郵便屋さんの自転車の音がする。
コマを撫でながらコマの背中を見てると相変わらずおもしろい模様。
まるでアメリカ大陸。
白い海にアメリカ大陸が浮いている感じ。
庭のブロック塀のところから一匹の猫がにゃ~と鳴きながら出て来た。
コマのボーイフレンドだ。
コマを迎えにきたのだ。
ボーイフレンドの名前ははタロウ。
普通以上に名前の普通だ。
コマと一緒に表の道に植木の台の下から降りて行った。
今時舗装されていない土むき出しの道路も珍しい。
「はる~。」 
後ろの方から声がして振り向いた。
「なんだ~?」 
母がエプロンで手を拭きながら私に近づいてきた。
「戸田のおばーちゃんの所に挨拶行ってきな。」
戸田のおばーちゃんとは私が小さいとき子守り役でいつも家に来てくれてた人だ。
母は戸田のおばーちゃんと呼ぶが私はおばーと呼ぶ。
「なにかもってたほうがいいかな?」
「赤飯作ったからもってくか?」
「包んで。」
「はいよ~。」
母が鼻歌を歌いながら台所でお赤飯を包んでる。
ぼ~っと父の世話している盆栽を見ているといつも
「これの何がおもしろいんだろう?」と疑問をもつ。
「ほらよ。」
顔の前に突然タッパに入った赤飯が現れた。
「あいよ。行ってくるね。」
「あ~はる。戸田のおばーちゃんの家行くとき玄関じゃなくて縁側に行きなね。」
「なんで?」
「戸田のおばーちゃん足悪くなって歩くの大変だから。」
「あ~分かった。」
おばーちゃんももういくつなんだろうな~。
そんなことぼや~っと考えながら赤飯片手に舗装されてない道をジャリジャリ言わせながら歩いていった。
「おばー。元気だった~?」
「はるちゃーん。綺麗になったな~。おば~はたまげたぞ~。」
真っ白の髪の毛して青い前掛けをしてサンダルを履いて庭にいるコマとタロウのいちゃついてるのを見守っている。
「おばー。いくつになったのさ?」
縁側に腰を下ろしながらおばーに質問をした。
「84になったな。嫌々生きちまったな~。」
「まだまだ先は長いよ。はるの成人式には着物の着付けしてもらわないと困るもん。」
「そうだね~。それははるのお母ちゃんには出来ないもんな~。」
「そうだ~。長生きしてな~。」
私は18歳。
この間まで大阪の私立の高校に行っていたのでここにはいなかった。
だがここで大学をここから車で30分で通えるところが受かったので実家に戻ってきたのだ。
ま~赤飯の理由は兄の第一子の一歳の誕生日だからだ。
そして母と父は祖母と祖父になった。
兄は25歳。
奥さんは近所に住んでて幼なじみ。
中学の時から付き合ってたらしい。
この辺では一番の美人さんだ。
「お前は彼氏でもできたか?」
突然現実に引き戻され驚いた。
「ん?いいや~。いないいない。」
「そうかい。はるちゃんは美人さんだからすぐできるよ。」
「いや~。できたら教えるよ。」
「楽しみにしてるな。」
にゃ~とコマが私を澄んだ目で見上げている。
「あ、おばーこれお母から赤飯。あとで家に来てよ。赤ん坊見せるからさ。」
「カズくんの子か?」
「そうそう。」
カズくんとは兄のこと。
正式には一寿(かずひさ)。
「じゃあコマ連れて一旦帰るね。」
「はいよ。じゃあ後で行くね。」
手を振りながらおばーに笑顔で別れを告げる。
「はる~。」
「はるちゃ~ん。」
遠くから明るい声がする。
兄と奥さんのカナさんの声がする。
兄が生まれて一歳になる赤ん坊を抱いている。
名前は弥(わたる)。
父待望の初孫だ。
「お~久しぶり~。」
手を振りながら近づいて行った。
きゃっきゃっきゃっきゃと天使のように可愛らしい笑顔のわたちゃん。
「久しぶりだね~。」
優しい声で車からバックを取り出しながら言ったカナさん。
母も孫には弱く目じりがたれている。
父が軽トラに乗って丁度帰ってきた。
「お~わたちゃん来たか~。じーが今帰ったぞ~。」
父もわたちゃんにメロメロだ。
靴を脱いで家に上がり茶の間に向かう。
「こんにちわ~。」
おばーが腰に手をあて歩いてきた。
つっかけぞうりがおばーちゃんっぽくてかわいい。
「赤ちゃん見にきた~よ。」
「おばちゃんこれだよ。初孫だ。弥って名前なんだ。男前だろ?」
「お~こりゃこりゃいい男だね~。こりゃ将来は女いっぱいつれてくるぞ~。」
わたちゃんを抱きながら笑顔で父と会話を楽しんでいる。
わたちゃんは兄に似てかなりの鷲鼻。
目はくっきり二重でかなり濃い顔。
「こりゃでっかくなったら目が疲れる顔になるな~。」
母がお茶ののったおぼんを持って近づいてきた。
「お父ちゃんとカズくんに似てはっきりした顔だね~。」
お父さんも兄も顔が濃く、私と母は普通だ。
鼻も特別高くなく、目は特別くっきり二重とまでいかない。
しつこいようだが本当に濃い3人組です。
「はるちゃん大阪はどう?楽しくやってる?」
となりから突然カナちゃんが声をかけてきた。
「あ~。まーまーかな。あたしね阪神ファンになったよ。」
「なんだと~。野球は巨人じゃ。」
巨人が勝つことが当たり前だと思ってる父。
夜テレビがついていたら画面の中にある映像は恋愛ドラマではなく、クイズ番組でもなく、野球なのだ。
そんな野球好きな父を見てきたからか私自信も結構野球にうるさい。
だから時間があれば甲子園球場に行くこともある。
そのときには友達と騒いで、騒いで、騒ぎまくる。
そして次の日は声がガラガラになって電話に出ても名前を言わないとピンと来ないくらい別人の声に変身する。
「赤飯食べようか?熱燗がいいかい?」
「いいね~。久しぶりに熱燗が・・・。クイっとね~。ク~。」
「よっぱらいめ。」
みんなで笑った。
もう時計は5時を示していた。
「ご飯用意できるまでハクの散歩に行って来てよ。」
台所に手伝おうと思って言ったら母からまた違う手伝いをするはめになった。
ただでさえ狭苦しい台所。
大人が三人うろちょろできるほどの余裕はない。
「カナ~オムツどこ~??」
後ろからでっかい男が現れ、低い声でカナさんを呼んでいる。
「あ~赤いバックの中にあるよ。ちょっと待って今行くから。」
兄がオムツを取り替えるなんて想像もつかなかったけど、マジメな人だから違和感は無い。
父のおもしろい顔を見ながら愛くるしい笑顔を大人たちに振りまくアイドルわたちゃん。
顔、手、腕、脚、お腹、すべてがずんぐりむっくりにできてる。
触ったら柔らかそうなプニュプニュしてそうな雰囲気が伝わってくる。
「ほら、はる早く行ってきな。真っ暗になっちゃうよ。」
「はいよ~。」
母に背中を押され玄関を早足で下りた。
ハクがうるうるした目で私を見上げる。
柴犬のハク。
ほとんど吠えることは無いし、自慢じゃないが賢いヤツだ。
「ハク、行こっか?」
赤い綱も手にじゃり道を歩く。
青々とした山。
所々に桜が咲いている。
燃えるように赤い夕日が別れを告げるように山の裏側に落ちていく。
制服をきた学生達が大騒ぎしながら私のとなりを通り過ぎていく。
若いな~はじけてるな~。
ハクが突然止まった。
「ハクなによ~。びっくりするじゃんか。」
ハクの見つめる先を見た。
犬だ。
白い毛になりつつある年老いた柴犬。
うるんだ瞳でハクのことを見つめている。
ハクが行きたいって言ってるような気がしたから側に行った。
ハクが犬とべたべたしてるなんてはじめて見た。
まさに感動の一瞬。
おお~ハクは年上がタイプなんだ~。へ~。
ハクが年老いた柴犬から離れた。
再び歩き始め港のほうに向かった。
「海だ~。ハク綺麗だね~。夕日ってでっかいね~。」
ハクは私が突然大きい声を出したので少し驚いたらしくこちらを伺う。
「こんなの大阪じゃ見れないもんな~。」
ハクが突然私を引っ張った。
「ハク~家に帰りたいの?」
その時前から真っ白の漁船が近づいてきた。
「姉ちゃん。そこにいたら怪我するぞ。どいたどいた。」
甲高いおっさんの声に少しムカっときたが仕事の邪魔な事は確かなので素直に道を明けた。
頭の上のほうから赤いつなぎをきた真っ黒に日焼けした男が飛び降りてきた。
「ちょっとごめんね。」
若い男だ。
まだ修行中らしく上から色々指図を受け必死にその男は動いている。
「姉ちゃん、釣ったばかりの魚食ったことあっか?」
何の魚だかまったく見当もつかなかったが上手いという言葉に惹かれてそのおっさんについて行った。
「この犬名前なんて言うんですか?」
さっき散々怒鳴られてた若い男だった。
「ハクです。柴犬なんです。」
「へ~頭よさそうだな~おまえ。」
その男はしゃがみこんでハクの頭を撫でながら私と話をしていた。
「リュウヤ~その姉ちゃん連れて来い。」
「あ、はい。俺についてきて。」
私はうなずくだけで声は出さずにその男について行った。
魚くさい・・・・。
「ほれ、姉ちゃん。」
「あ、どうも・・・・。あ、おいしい。」
「だろ~。さっき釣ったばっかりなんだ。上手くないわけが無いだろ。」
おっさんは笑いながら自分も魚を食べていた。
「姉ちゃんいくつなんだい?」
「18です。」
「あ~じゃあ俺の息子とそんなにかわんねーな。」
「かわるよ。おめーの息子は22じゃねーかよ。」
「あ~そだっけか。」
「自分の子供の年くれー覚えとけや。」
ゲラゲラ笑う魚くさいおっさん達。
「リュウヤー酒もってこいよ~。」
「また飲むのかよ。お袋になに言われてもしらねーからな。」
ドンっとダンボール箱の上に日本酒の一升瓶がおかれた。
からからとついでのように置かれたコップ。
「出ましょうか?今から夜中までこいつら酒飲んでるからいると何されるかわかんないっすよ。」
肩をポンっとたたかれ後ろを振り向くとリュウヤとおっさん達に呼ばれてる青年だった。
「散歩しません?」
「どこにですか?もう夕方だから。」
「俺ん家、柴犬飼ってるんですよ。」
「本当ですか!!!!ハク行こうよ。」
一緒に歩きながら会話を楽しんだ。
こんな人は初めてだ。
なんていうか人の話にすごく耳を傾けてる感じ。
でも聞いてるばかりではない。
もちろん自分の意見をちゃんと主張する。
けど人の意見を全否定するわけではない。
とても中性的な人。
こういう性格って産まれ持った才能なのかな?
「あのリュウヤってどういう字書くんですか?」
「あ~難しい龍に弓矢の矢だよ。おもしろい名前だよな。」
「なんか珍しいですよね。龍矢って。」
「うん。俺もそう思うよ。」
「あ。この子さっきのわんちゃん。」
「あれ、花の知り合いか~。ただいま花。お袋帰ったよ。お客さんだ。」
「さっき通りかかったとき珍しくハクが反応したので・・・。」
「あら~龍が若い子連れてくるなんて珍しいね~。どうも~。」
「花と同じ柴犬だからちょっとお披露目にな。」
「もしよければ上がって。お茶でも飲んでって。」
「あ、いえいえ。そんな申し訳ないから。」
「いいよ。ちょっと寄ってって。」
「お父さんは?」
「親父?港で酒飲んでる。」
「え~また?また夜中に迎えに行くの?も~勘弁して欲しいわ。」
「俺が行くよ。」
「あ~いいのいいの。行って一発行ってこなくちゃ。買い物行ってくるわ。」
「ほいよ。じゃあついでに歯ブラシ買ってきて。」
「はいはい。」
「上がって。ハクくんは花の横に繋いどこうか。」
茶の間に上がって部屋の中を見回すと、何年もの時をこの家で過ごしてきたらしい貫禄のある柱が目立った。
「座って。お茶とコーヒーどっちがいい?」
「あ、じゃあコーヒーで。」
「らじゃ。」
台所の窓から入ってくるオレンジ色の光で彼の後姿は黒く影のよう。
昔母が病気で倒れたとき父が一生懸命私にご飯を作った事があった。
大きい体で一生懸命小さいお弁当におかずを詰め込んでいた。
いつもまっすぐな父。
誰からも好かれる寛大で優しい父。
その父は今やおじいちゃんと呼ばれ、髪の毛は白く、小さくなってしまった。
でも誰からも好かれ寛大で優しいのは変わらない。
「名前なんていうの?」
「あ、はる。ハルミです。」
「え、春に美しいって書くの?」
「ううん。春に海って書いて春海って読むの。」
「へ~いい名前だね。お父さんかなんか海出てるの?」
「ううんウチのお父さんは役場で働いてるの。」
「あ、そういえばさっき25歳って言ってましたよね?」
「うん。それがどうかした?」
「あのウチの兄と同い年なんで。知ってるかなと思って。」
「兄さんの名前なんて言うの?」
「一寿です。加藤一寿。」
「あ~知ってるよ。小学校からずっと一緒。中学でサッカー部一緒でさ。高校でラグビー部で一緒だったよ。へー一寿今どうしてるの?」
「結婚してこの間男の子産まれて。今日帰ってきてて。」
「ヘ~結婚したんだ~。やっぱりカナちゃんとか?」
「はい。」
「やっぱな~仲良かったもんな~。あの二人。ねーねーワガママ言ってもいい?」
「え。なんでしょうか?」
「はるちゃんの家に行ってもいいかな?カズに会いたいんだ。」
「あ~平気だと思いますよ。」
「マジ!!!やった~。」
彼とハクと私の2人と1匹で港の上のジャリ道を歩いていく。
彼と話していると何か懐かしさを感じる。
ずっと前からお互いを知り合っていたような親しみと近い距離を感じる。
「おかえり~。あらお客さん?」
「あのお兄ちゃんの同級生の龍矢さん。」
「あのどうも。おばちゃん覚えてるかな?中学のときとか高校のときに飯食わしてもらった龍だよ。」
「あら~龍ちゃん。あ~りっぱになって~。上がって。カズくん。ちょっと龍ちゃんよ。」
「じゃあお邪魔します。」
「なに?あ~龍じゃんか~。よく焼けたな~。元気だったかよ。」
兄とはかなりの仲だったらしく父と兄と龍矢さんは3人で酒盛りを始めた。
兄があんなにベラベラ話すところははじめて見た。
時計はもう8時を指している。
おばーは帰ってしまったらしい。
ま~おばーの目当てはわたちゃんだから、わたちゃんにさえ会えればいいのだ。
女は3人で茶の間で赤飯や鯛をテレビを見ながら食べた。
男3人は応接までどんちゃん騒ぎの真っ最中。
女は皿を洗い、拭きそして風呂に入り寝た。
次の朝龍矢さん以外は畳の上で大の字で眠っていた。
龍矢さんはきっと海にでかけたのだろう。
「ま~ったくだらしないね~。ほら父さん。今日会議があるんでしょ?」
「あ~そうだった。」
むにゃむにゃ言いながら面倒くさそうに起きた父。
シャワーを浴び着替え玄関を出て行った。
さすが母。
なんと言おうとぱっぱぱっぱと父を風呂に連れて行き、風呂を出たらさっさと着替えさせる。
まさに技。
その間約15分。
あの酔っ払いを15分で仕事に行かせられる「まとも」なおっさんに変身させた。
父が母にガミガミ言われる横で兄はカナさんにガミガミ言われている。
親子だな~とわたちゃんを抱きながら私はぼや~っと感動していた。
わたちゃんを抱っこしながら玄関に行くとハクが近づいてきた。
わたちゃんがお乳くさいからか反応が早かった。
鼻をわたちゃんのおしりや首周りに近づけてにおいを覚えている。
ハクは目でものを語る。
言葉の代わりに目という形で私に感情を送る。
足元になにか柔らかいものを感じた。
「コマ~。おはよう~。わたちゃんこれネコのコマちゃんだよ。」
「あ~い?」
わたちゃんはコマに手を伸ばした。
ひっかかれたらどうしようかとドキドキしていたがわたちゃんの手を舐めているだけで終わった。
「はる~ご飯だよ~。」
「は~い。」
いつのまにかさっきの説教戦争は終わって静かになっていた。
「わたちゃんご飯だってよ。」
「あ~い」
手をパチパチしながらかわいい笑顔を見せてくれるわたちゃん。
私も笑顔のお返しをして家の中に戻った。
「はる。あのさ龍矢にこれ渡しに行ってくれない?」
「え。いいけど。忘れ物?」
「うん。ほらあいつ朝早くに海行っちゃったからさ。」
「龍ちゃんはちゃんと朝早く起きてちゃんと手紙を置いて静かに出て行く。か~男らしいね~。誰かさんとは大違いね。」
母かと思ったらカナさんだった。
言われた後頭をかきながら座布団に腰をおろした。
時間はとんでその日の昼過ぎハクをつれて港に行った。
「はるちゃん。どうしたの?今日も散歩?」
「あのこれお兄ちゃんに頼まれて。」
「あ~これね。ありがとう。」
昨日のように龍さんしゃがんでハクを撫でている。
「あのさ今日一緒に星見に行かない?」
「星?どうして突然。」
「あの昨日カズと飲んでたらはるちゃんの話でてさ。大阪の学校に行ってたんだって?」
「はい。」
「あの大阪星が見えなかったって言ってたっていうから。」
「うん。大阪星見えなかったの。でもここならどこでも見れるでしょ?」
「あのさあそこの灯台行かない?すっげ~星が近くに見えるんだよ。」
彼が指差したのは幽霊が出没すると小学校のときに噂になった灯台だった。
ぼろくさい赤い屋根の灯台。
「いいですけど。あそこ幽霊が出るって・・・。」
「あ~出ない出ない。だって俺あそこに泊まったことあるもん。」
「なんだ~。あのね小学校のときすごい噂だったんだ。でるって。」
二人で大笑いした。
昨日のようにまた花ちゃんに会いに行った。
そしてハクと二人でイチャイチャしていた。
「話は聞いてるよ。カズくんの妹さんだって?」
「あ、はい。」
「あのもしよかったら今日晩御飯食べにおいでよ~。今日魚来たからさ。」
「あ、でもそんな・・・。」
「いいの、いいの。ウチの花いつも一人で寂しい思いさせてたからさ、ハクちゃんが来てくれてよかったよ~。だから、ね?」
「あ、じゃあ遠慮なしに。」
「じゃあ今日は腕によりをかけてご飯作るからね~。」
龍矢さんの家の電話を借りて母に電話した。
「あ、母さん。今日さ龍矢さんのお家でご飯をご馳走にしてくれるっていうの。いいかな?」
「はいはい。分かりましたよ。でもハクはどうするの?」
「花ちゃんっていう犬と仲良くしてるけど?」
「あ~じゃあいいやいいや。お母さんとは知り合いだから今日は許す。」
「うん。じゃあハクと一緒に帰りますから。じゃあね~。」
その夜龍矢さんの家でご馳走してもらいたらふく食べた。
「ちょっと外でようか?」
「あ、はい。」
「お袋。はるちゃん送ってくるよ。」
「あ~はいはい。はるちゃんじゃあまた遊びに来てね。」
「はい。ご馳走様でした。」
龍矢さんと昨日一緒に歩いた道を歩き始めた。
彼は話していてとても安心する。
気を遣うこともない。
緊張することもない。
会ったときに感じた中性的な存在はウソではなかった。
昨日歩いた道と別れを告げ左に曲がった。
その左の道は坂で食後にはちょっと苦しい・・・。
「大丈夫?」
「はい。すいません。ご飯いっぱい食べたから。」
「ウチは大食いだから。ごめんな。」
ちょっとしたそういう気遣いがすごく私をほっとさせる。
そしてそういう気遣いができる彼の余裕にすごく憧れる。
「ハクかして。俺が綱もってるよ。」
「あ、ありがとう。」
やさしいな~。
彼はやさしいの固まり。
この世の中にこんな人間がいたんだと感激するほど。
「ここの階段上れそう?」
「はい。平気です。すいません心配かけて。」
「謝る事ないよ。はるちゃんは何にも悪いことしてないもん。」
でも結構急な階段・・・。
私はすぐに謝るクセがある。
そして沈黙が苦手だ。
だからおしゃべりが上手な人はすごく好き。
好きというか無理やり会話を繋げる努力がいらないから。
気楽なんだ。
車に乗ってて音がないのは恐怖と同じくらい嫌。
音がないダメ。
「長いな~この階段。平気か?」
彼はそう言ったと同時に大きく肉厚な手を私に差し出した。
私は思わずうなずきながら手を握った。
必要以上に優しさはくれない。
少しじらし、そして少しずつ優しさを私に与えてくれる。
「あ~やっと着いた~。うわ~こりゃ明日筋肉痛だな。」
「あ~疲れた~。ハクよく平気だね~。」
灯台のガラス戸を開けて二人はどっしりと座り込んでしまった。
ハクは元気に丸く円を描きながら灯台の明かりを追って周っている。
龍矢さんがねっころがって空を眺めている。
ハクは龍矢さんのとなりに伏せている。
「あ~やっぱいつ来ても綺麗だね~。ここの空は。それに近いね~。」
「はるちゃんってさ彼氏とかいるのか?」
起き上がりながら突然龍矢さんが私に聞いた。
「ううん。いないんだ。」
「そっか~俺じゃあダメ?」
心臓がドキドキする。
さっきまで優しかった龍矢さんが突然違う人に感じた。
質問に答えられない。
「あのねはるちゃん。俺ね、今はるちゃんに片思いしてるの。」
「え~ウソだ~。龍矢さん彼女いるでしょ?」
そんな流しのセリフをいうのでいっぱいいっぱい。
「いないよ。」
何も言えない。
まさかの展開に頭がついていけずにいる。
「はるちゃん。あのね俺はるちゃんより7つも上だからさ彼氏になれなくて当たり前だと思うんだ。だから今のはちょっと試しにしてみただけだから気にしないで。ビックリさせてごめんな。」
大きな手が私の頭を撫でる。
「あの・・・。」
「ん?どうした?」
「私なんかで良いんですか?」
「え?良いに決まってるよ。」
「私おっちょこちょいだし、ワガママだし、すっごく束縛するし、寂しがりやだし・・・。龍矢さんのこと困らせちゃうと思うから・・・。」
「ねーはるちゃん。俺を困らせていいよ。」
「え?」
「恋愛ってさ悩んだり、不安になるから恋愛なんじゃないのかな?そうじゃなかったら友情でしょ?」
「そうかもしれないけど。」
「けど?そんな軽い気持ちだったら気持ち伝えたりしないよ。」
「あの、でも会う時間内かもしれないし・・・。」
「承知の上だよ。ただはるちゃんが絶えられなかったら俺は諦めるよ。」
「わかりました。」
「決まったみたいだね。」
「私なんかでよければよろしくお願い致します。」
「あっはっは。うわ~やられたな~。そんなおもしろいのでくるとはな。負けました。」
「勝ったぜい。」
私は初めて彼に男を感じた。
でも気持ちを伝えられたあと、一切態度は変化せず今まで通り。
そういうところが好き。
緊張や気を遣うということをさせない彼の優しさが・・・。
私は恋をした。
龍矢さんに恋をした。
友情のような自然体の恋。
「そろそろ帰ろうか?もう9時だもん。」
「あ、はい。送ってくれるんですか?」
「あ~送るつもりで来て上げたけど、まだ敬語で話すならやめようかな~。」
「わかったわかった。言いませんよ~だ。」
「よろしい。」
彼と手を繋いで家に帰った。
ハクの綱は龍矢さんが持っている。
「じゃあな。」
「今日はありがと~ございました。」
「おう。じゃな。」
彼が見えなくなるまでずっと手を振り見守った。
「ハク明日も港に行こうね。花ちゃんに会えるよ。」
ハクを小屋のとなりのポールにつなげて、おやすみと言って家に入った。
明日が楽しみ。
茶の間にカナさんがいた。
「カナさん。龍矢さんって中学のときってどんな人だった?」
「あ~龍君はね~不良だったよ~。だって毎日のようにケンカしてたもん。」
「え~あの龍矢さんが。信じられない。」
「あら~なによ。もしかしてもしかして・・・。」
「うん。付き合い始めたの。」
「本当!!おめでとう~。龍君ああ見えて優しいもんね。」
「うん。そこが好きなんだ。」
「好きなんだ。あ~そんなの最近言ってないよ。」
「お兄ちゃん子供みたいだもんね。」
「本当よ。もう世話がかかってしょうがない。」
母は近所の斎藤さんの家に行ってるらしい。
たぶん泊まって来るだろうな。
父はわたちゃんをお風呂にいれてるようで、お風呂から独り言のようなでっかい声が聞こえる。
「わたちゃ~ん。おててバタバタしちゃめ~よ。」
兄はもう2階で寝てるらしい。
「もう疲れきったみたい。今日大根とり手伝ったんだって。」
「あ~そりゃ無理もないわな。」
「腰が痛くてしょうがないってさ。」
カナさんは一度流産を経験した。
兄との間にできた最初の赤ちゃんはカナさんのお父さんが亡くなったことのショックでおりてしまった。
彼女はお父さんが亡くなって丁度6ヵ月後に妊娠が分かった。
今度こそ赤ちゃんを自分の力で産みたいと決めていた。
だからわたちゃんを妊娠してから現在にいたるまでをみるとすごく強い。
強いというのは精神的にだ。
どしっとかまえて肝っ玉母ちゃんになっていた。
この間までか弱い女性のイメージが強かったのに、今は別人。
その変化に一番惑っているのは兄。
弱々しく守ってあげたいような女性が見てもかわいいと思うような女性が妊娠を機に変身したのだ。
今は兄がまるで以前のカナさんのように弱々しくなっている。
「じゃあ寝るね。おやすみ。あれ?母さんは?」
「まだだけど。
「じゃあ斎藤さんの家にまた泊まるんだね。」
「いつもなの?」
「あ~よくあるね。」
「おやすみ。」
「おやすみ。」
兄やカナさん達は近所の貸家に住んでいる。
きっと後々はこの家にくるんだと思うけど今は3人の生活を楽しみたいんだと思う。
今日は心臓が壊れるかと思った。
だってまさか告白されるなんてな~。
でも彼のように寛大で優しい人は珍しい。
まるで父のようだ。
自分には厳しく他人には優しい。
それが龍矢さん。
父にはそれがない。
明日はどんな一日になるでしょうか?
とっても楽しみ・・・。
その後何回もデートを繰り返した。
そのデートはまたの名を犬の散歩。
そしてたびたび龍矢さんの家に行って晩御飯をご馳走になっていた。
ある日龍矢くんのお母さんがウチに真っ赤な顔をして駆け込んできた。
「はるちゃんいる?」
「はい。どうしたのおばちゃん?」
「龍矢が・・・・。龍矢が死んだの・・・。」
「え?何言ってるのよ。おばちゃんウソでしょ?」
「本当なの。昨日海に落ちたらしいの。さっき遺体が上がったの。」
「村の病院?」
「そう。」
私は何も考えていなかったと思う。
死んだなんてウソだ。
ただ病院に歩いていった。
そして早足になり走っていた。
「はるちゃん!!!」
龍矢さんのパパさんが真っ赤な目でこっちに近づいてきた。
「顔を見てやってくれ。」
白い布のかかった物体が置いてある。
「いや~~~!!!」
青い唇をした龍矢さんが目の前にいた。
まだ体が冷たかった。
「どうしてよ。一人にしないでよ。」
ただ起き上がって抱きしめて欲しかった。
それだけだった。
2日後お通夜が行われ、その次の朝にはお葬式が行われた。
写真が私に微笑みかける。
葬儀に使われた写真は私が撮った一番お気に入りの写真。
龍矢さんの優しく暖かい笑顔の写真。
龍矢さんの家で晩御飯を食べたときに使い捨てカメラで撮った写真。
龍矢さんが棺桶の中にいる。
白い着物を着て眠っている。
棺桶に入った龍矢さんが美しい花に包まれていく。
「はるちゃん最後に何か言ってあげて。」
龍矢さんのお母さんが背中を押し棺桶の側に連れて行ってくれた。
「龍矢さん・・・。龍矢さん・・・。」
何も出てこない。
何の言葉も沸いてこない。
ただ涙が止まることも、乾くことも知らず頬を流れつづけた。
出棺のとき突風が吹いた。
「龍矢が最後の力ではるちゃんに会いに来たんだね~。」
となりで肩を抱いててくれた龍矢さんのお父さんが言った。
クラクションが当たり一面に響き渡った。
私はバスに乗り込み焼き場に向かった。
「龍矢~~~~!!!」
初めて龍矢さんのお母さんが叫んだ。
真っ白の骨と変わって私たちの前に現れた龍矢さん。
こんなの知らない。
龍矢さんじゃない。
信じる余裕が心の中にはなかった。
私も骨を収めさせてもらった。
実感などわかない。
骨は予想以上に重く感じた。
ずっしりと、まるで私の手をつかむかのように・・・。
最後に頭蓋骨が白い箱に隠れていった。
まるで夕日が海の向こうに沈んでいくかのように。
「龍矢は最後の最後まで海だけだったね~。」
龍矢さんのお父さんが目を赤くしながら私に言った。
彼は逝ってしまった。
そう旅立ってしまった。
まるでドラマのように急展開のこの一ヶ月。
彼と過ごした幸せな日々。
「龍矢さんありがとう。幸せだったよ。」
海に隠れていく夕日を見つめ私は新たな幸せをつかみそしてそれを彼に知らせた。
私は明日結婚する。
結婚式には龍矢さんのご両親に出席してもらう事になっている。
龍矢さんを知っている人なんだよ。
この小さな村のなかで見つけた人。
あなたのように寛大で優しい人よ。
ありがとう。
私はあなたが逝ってしまった22という年に結婚できました。
もしあなたが生きていたらあなたと結婚していたかもしれないね。
恋を、恋愛を、強さを、そして優しさをあなたがすべて一ヶ月という時間で教えてくれました。
これからも見守ってください。
はるはあなたが生きることのできなかった時間をあなたのかわりに生きます。
そしてあなたが何よりも教えてくれた事を守ります。
甘えること。
そう相手を困らせるから楽しめるんでしたね?
見ててください。
私は強くカナさんのように肝っ玉母ちゃんになりますからね。
そして強い女になりますからね。
笑顔で見守ってください。
私は生きます。

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