ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2012.01.28
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カテゴリ: カテゴリ未分類


 年月日 気温 起床 歩数
2012/1/1 日 3 5;00 14,008
2012/1/2 月 4 4;00 12,113
2012/1/3 火 4 3;30 24,152
2012/1/4 水 3 2;00 20,838
2012/1/5 木 3 5;50 21,624
2012/1/6 金 2 2;33 20,467
2012/1/7 土   5;05 20,665

2012/1/9 月 4 5;00 25,525
2012/1/10 火 5 3;00 20,846
2012/1/11 水 6 5;25 21,118
2012/1/12 木 2 5;35 24,584
2012/1/13 金 3 3;25 22,618
2012/1/14 土 4 5;25 22,060
2012/1/15 日 4 4;40 20,305
2012/1/16 月 5 5;00 15,789
2012/1/17 火 3 4;00 21,636
2012/1/18 水 4 5;04 16,627
2012/1/19 木 7 3;00 6,841

2012/1/21 土 7 5;05 24,565
2012/1/22 日 7 4;20 16,222
2012/1/23 月 2 4;05 22,510
2012/1/24 火 2 7;05 21,994
2012/1/25 水 3 6;10 22,842

2012/1/27 金 2 3;30 28,426
2012/1/28 土 5 4;10 31,305


合計 595,392


漱石は明治元年の前年に生まれた。そこから50年生きてあれだけの作品を残した。生涯の作品をというわけではないが、「明暗」から遡及しながら読んできて、「漾虚集」までどうにか辿りついて、今その七つの作品を読んでいる。



 ・人間の脳の偉大さに感嘆もする。日本では当時最高の教育を受けた人間だとしても、今日に比べればスタートは明治維新で西欧文化も何も知らなかった約150年前に生まれた人である。その人が、現代人と変わらないことを考えていたということ、繊細な心理や表現で、然も殆んど一気呵成に描いているという事実に驚愕する。明治時代の日本人たちは西欧から、「猿」のように思われていたし、脇差や、丁髷を断髪にかえたばかりの文化だった筈だ。



 ・へ2・・・流石に漱石も、ロンドンでカルチャーショックを受けて神経衰弱になっている。それでも2年間我慢して持ち帰った西欧の体験は、多くのものに結実し、彼の留学の業績というべきものになっている。ただ貴重な国費を浪費した他の留学生とは違う。どれだけ期待を裏切った人間たちがいただろうか、それは留学生だけではない。国内の恵まれた教育を受けた優秀だと称えられた人たちも、自滅したのか潰されたのかは別としても、何の成果もなく消えて行った。漱石はやはり稀有な存在だったのだろうか。「吾輩は猫である」と書き始めた人がたどったユーモアのある作家が必ずしも明るい人生ではない。







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最終更新日  2012.01.28 20:44:08 コメントを書く


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