こ い こ う じ

オトコゴコロ - First Half -







オトコゴコロ

- First Half -







―あきらめかけてた あの日の約束 思いがけずあなたが 微笑をくれた―





「全く、お祖母さまにも…。」


ぼくは牛車に揺られながら、ついつい…そんな台詞を溜息と一緒に漏らしてしまっていた。

事の起こりは半月程前に、ぼくのところに届いた兵部卿宮の二の姫からの文。
それには、自分の身に覚えのない返事が書かれていて…。
文の内容を不思議に思いつつも、全く心当たりがなかった訳でもなくて…
父上と母上を問い詰めたところ『お祖母さまの企み』を白状した。

なんでも昔、お祖母さまと兵部卿宮は許されぬ恋をしたらしいんだけど
周囲の反対もあって結婚はできなかったらしい。
それでお祖母さまの孫であるぼくと、兵部卿宮の娘である二の姫とを結婚させよう…
という話が二人の間で出てきたらしい。

前からお祖母さまは、二の姫との結婚を強引に勧めてきてはいたのだけど
ぼくはきっぱりと断ったはず。
まさかぼくに内緒で二の姫に求婚の文を送っていたなんて…。

やっと、瑠璃さんに自分の気持ちを伝える事が出来たのに…。
やっと、瑠璃さんが結婚相手としてぼくの事を見てくれるようになったというのに…。

なんで今更、こんな事で悩まなくてはいけないのだろう?

自分の気持ちは既に決まっているし
もし仮に…仮にこんな気持ちを抱いたまま、お祖母さまの意志に従って二の姫と結婚したとしたとして…
それって二の姫本人に対しても失礼に値する事になるのではないのだろうか?

瑠璃さんが二の姫の立場だったら


「ふざけないでよっ!あんた他に好きな人がいるのに、お祖母さまに言われたからってあたしと結婚するの?

あたしだって、自分が心底好きになった人としか絶対結婚しないんだからねっー!!!」



なんて、几帳なんか倒しながら怒鳴り散らしそうだよな…。

何だか、そんな場面が簡単に想像出来てしまい
静かな牛車の中で一人、思わず笑ってしまう。

そんな事を考えているうちに、がったん!という音と共に牛車が止まり、従者の政文が声を掛けてきた。


「高彬さま、三条邸に到着いたしました。そろそろ西門に横付けしますので、どうかご用意なされて。」




邸内に入ると、ぼくとも顔馴染みの融付きの女房
右近が応対してくれて


「高彬さま、大変申し訳ございません。融さまは、昨夜の宿直から戻られまして…只今、眠っておられるのですが…。」


本当に申し訳なさそうに…深々と頭を下げられてしまった。
そういえば、昨日そんな事を言ってたかな?
連絡もせず、急に思い至ってこちらに来てしまった事を少し後悔しながら


「…そうなんだ。ぼくも約束をしてた訳じゃなくて、突然来てしまったからね…。」


と言って「すぐに起こして参りますので…。」という右近にそれを断り、その場を後にした。

このまま、こんな悩みを抱え続けて悶々としているよりは
(こういう話には疎いけど)融に相談してみようかな…
なんて思ったのだけれど…。
まさかこんな事、瑠璃さんに話すわけにもいかないし…。

ぼくの悩みは晴れる事のないまま(融に相談したところで、晴れる事はないのかもしれないのだけれど…)
瑠璃さんのいる東の対屋へと向かった。

渡殿でふと、少し寂しそうな西の対屋の『秋』の庭の景色が目に留まる。

今の時期だと『夏』の庭が、そろそろ色づいてきてる頃だろうか…。
瑠璃さんのところまで行くのなら…夏の庭を通って夏の花でも眺めながら行こうかな…。
こんな悶々としているより、少しは気分転換になるかもしれないし…。
そう思い、三条邸の庭に降りて東の対屋まで行くことにした。



ぼくは庭を歩きながら、あの例の宴の日のことを思い出していた。



もう一月以上は経つだろうか…。
独身主義者だった瑠璃さんに業をにやした大納言さまが
『管弦の宴』と称した瑠璃さんと権少将との見合いの席を設けられた。

大納言さまにしてみれば…
結婚にちっとも興味を持たない瑠璃さんの事を心配しての事なのだろう…とは思いつつも、
瑠璃さんに想いを寄せていたぼくは面白くもなく…
苦手な酒の匂いに酔ってしまった事もあって、融の部屋に一人で休ませてもらっていた。

そこに、バタバタバタ…と慌ただしい足音と共にいきなり妻戸が開いたかと思ったら
いきなり瑠璃さんがぼくに跳びついてきた。
此処に瑠璃さん本人が現れるのを不思議に思いつつも
尋常ではない瑠璃さんの格好にぼくは訳を尋ねた。


「―とうさまは、今夜あいつを夜這いさせて、既成事実をつくらせ、一気に結婚にもっていくつもりなんだわ。」

「既成事実!?」


大納言さま…。
いくら瑠璃さんが全く結婚に興味を持たないからと言って
そんな事まで企まなくても…。

ぼくに必死に縋りつきながら、いつもの台詞


「―尼になってやる。尼になって、吉野君のご位牌を胸に、鴨川に飛込んでやる!」


わっと泣き出した瑠璃さんを見ながら、
内側で燻っている思いが、ぼくの頭を交錯していく。


『瑠璃さんは、ぼくとの昔の約束なんて…忘れているんだろうな。』

『こうして無防備に縋り付いてるのは、ぼくの事をオトコとしては見ていないから?』

『初恋の君の事は、瑠璃さんにとっては大切な思い出なのだろうけど…すぐ側にいるぼくの想いにも、いい加減気付いて欲しい…。』


ぼくは、少し意地悪く


「―だけど、死んでしまった吉野君の思い出を後生大事にして、更科の月になるよりは、結婚したほうがいいよ、絶対。」


と呟いてみた。

その後も、なんだかんだと押し問答をしてる内に、
開いてた妻戸から、権少将が横柄に怒鳴り込んできた。
そして、ぼくに縋り付いている瑠璃さんの姿を見た権少将は、怒りを露にする。

そんな彼に向かってぼくは


「―瑠璃姫とわたくしは、行く末を固く契った、振り分け髪の頃からの筒井筒の仲ですよ。」


と言い放った。
この『発言』に最初は驚いていた瑠璃さんも


「そ、そうよ。絶対、そうよっ。あたしと高彬は、ぶっちぎりの仲よっ!」


と、まさに『爆弾発言』を落としてくれた。

捨て台詞を吐いて去って行く権少将を見ながら
「あれは、あんたと口裏を合わせただけよ。」なんて
『あの日の約束』をすっかり忘れてしまっている瑠璃さんに
ぼくは、子供の頃からずっと抱えてきた瑠璃さんへの想いを打ち明ける。



ぼくからの突然の『求婚』と『約束の接吻』に、思いがけず瑠璃さんは…頬を紅くして微笑みをくれた。



あの時の瑠璃さんの微笑みを思い出し、ぼくは思わず頬を緩ませてしまう。

そうだよな。
あの頃に比べたら…
瑠璃さんに、自分の気持ちが通じたということだけでも、今は充分に幸せだ。
お祖母さまを、がっかりさせてしまう事になるけれど…
自分の気持ちをはっきりと伝えて、二の姫との事は諦めて貰おう。

新たにそう決意すると、先程よりも幾分かは気持ちが軽くなってきた。

庭の景色を心から楽しむ余裕が出てきたぼくの中に
三条邸の庭の池のほとり一面、見事に咲き誇っている杜若の花群が飛び込んできた。

この前まで春だと思っていたのに、もう夏になるんだな…。

池の杜若だけではなく、綺麗に手入れされた庭も
杜鵑花や唐葵などの夏の花で彩られ始めていた。

ぼくは、逸るココロを押さえつつ…
紫陽花の小さな花が綻び始めた『夏』の庭を通り抜け、愛しい人の許へと駆けて行った。





の部分は原由子さんの『あじさいのうた』から部分引用

の部分は集英社コバルト文庫『なんて素敵にジャパネスク』第1巻 部分引用




◇あとがき◇

「オトメゴコロ」のプロローグ的な感じで…高彬目線のお話になっております。
やっぱり突っ込みどころ満載でアバウトですが…(汗)
そして…やはり政文の台詞と右近の応対に自信がありませんっ(滝汗)

書きたいイメージやシーンなんかは頭に浮かんではくるのですが、
いざ文章にしたり、話の流れを作ったりするのは凄く難しいですね…。(タイトルを考えるのも^_^;)
なかなか話が進んでいかずに、撃沈しました↓↓↓

数をこなしていく内に、少しでも成長できたらいいな…なんて思っています。
長~い目で見てやって下さいませm(__)m                       

― 黒駒 ―

2009.08.01

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