「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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こ い こ う じ
月夜の誓い
月夜の誓い
「…まだまだね、ふふっ。」
夜遅くに届いた高彬からの恋の歌。
相変わらずのへたくそな文字と歌なのだけれど
文才も歌才もなく、それでもって無粋で朴念仁な高彬が
あたしのために、毎日頭を悩ませながら苦手な歌を考えてくれているのかと思うと
なんか…それだけでジンときてしまう。
それに、歌の出来自体はまだまだかもしれないけれど
この歌からは、高彬のあたしへの想いがそのまま溢れだしているように感じられて…
高彬も同じ気持ちでいてくれているのかな…なんて嬉しくなったりする。
でも…
「やっぱり…会いたい…な…」
いつもの優しい笑顔をあたしに向けてほしい…
温かい腕の中にギュッと抱き寄せてほしい…
そして…そして……
久しく会っていない恋人の事を考えながら
無意識に、指が唇を辿っていっていた…その事にふと気付いた瞬間
(うわあぁ~/////!!!!!)
あの時の温もりとか感触なんかがリアルに蘇ってきて
頭の中まで煮えてしまうんじゃないかってくらいに、顔が熱く火照ってきてしまって…
嬉しくなったり、切なくなったり、赤くなったり…
いろんな気持ちがゴチャゴチャに入り混じってきて
なんだか自分でも訳がわからなくなってくる。
そんなこんなで、なんだか眠れそうになくなったあたしは
歌と一緒に添えられた白い桔梗の花を手に取り
月の光に誘われるかのように、そっと部屋を出て庭先に降りてみた。
「こんなところ小萩に見付かったら、また叱られるわね…。」
なんて思いながら、そのまま階に腰掛けて夜空を見上げてみる。
「そういえば…小萩が三条邸に来るちょっと前の事だったわね…」
優しい煌めきで夜空を照らす小望月のその姿に、手にしていた桔梗の花を重ねてみる。
月の明かりに照らされて、なお白く輝く桔梗の花に…
あたしはあの時の約束と、恋しい人の子供の頃から変わらない優しい笑顔を思い出していた。
―6年前―
あたしが吉野から京に来て半年くらいが経った頃
高彬が懸命に慰めてくれたこともあって、京での生活を楽しく過ごすようになっていた時…。
昼間に泣くような事は無くなっていたのだけれど
父さまが次々に連れてくる女房の『早く京の姫君らしくなれ』的なお説教と
自分の行動を制限されることに、本当に嫌気がさしてきていたこともあって…
夜になると、吉野で過ごした時の事やお祖母さまの事を思い出しながらよく泣いていた。
あの日は確か、大きな満月が空に浮かんでいて
綺麗な月を見ていたらなんだか…凄く悲しくなってきて
こんな感じで階に座りながら、シクシク泣いていたんだった。
そしたら…いきなりガサッという物音がして、息を切らした高彬が庭に現れたのよね。
子供が出歩くような時間じゃ無かったから、凄く吃驚したけど…。
「…瑠璃さん…」
「だっ、誰よっ…て…高彬ぁ!? どうしたのよ、こんな時間に!ひとりなの?」
驚いたあたしは、立ち上がって高彬のところまで駆け寄ってた。
「…ずっと、泣いていたの?」
「……うん…。新しくうちに来た女房が、瑠璃は変だっていうの。早く京風になれって…。
お祖母さまは、そんなことおっしゃらなかったのに…。もういやだ…吉野に帰りたいよ…」
思っていたことを口にしたら、また悲しくなってきて…
あたしは再び泣き出してしまったんだった。
そしたら高彬が
「瑠璃さんが遠くに行っちゃうなんて、ぼくは絶対いやだよ。…吉野に帰りたいだなんて言わないでよ!」
必死になってこんなこと言うから、あたしは驚いて思わず顔を上げていた。
「もう泣かないでよ、瑠璃さん。寂しくないよ、ぼくがそばにいるよ。ぼくがずっと一緒にいてあげるから」
「ほんと?」
「ほんとだよ!だから泣かないで、瑠璃さん」
高彬が、ずっと手に握っていたらしい白い桔梗の花束をあたしに差し出してくれた。
桔梗の花が凄く綺麗で、魅せられたかのように思わず手を伸ばしてしまった時
高彬の姿が、菫の花を摘んでくれた吉野君の姿と被って見えてしまって…
あたしは、花束を受け取るのを躊躇してしまった。
「……」
そして、高彬の目を真っ直ぐに見詰めて問いかけた。
「高彬は…流行病で死んじゃったりしない?」
「うん、しないよ。そんなこと、あるわけないよ!」
一所懸命になっている高彬の言葉と姿が、あたしの心に響いていく…。
「ほんとね、ほんとにお約束よ。ずっと一緒ね、瑠璃を残して死んだりしないでね」
「うん、約束するよ」
今から思えば『死んだりしない』という根拠は無いのだけれど
一所懸命な高彬の言葉は、なんだか凄く信じられるような気がして…
あたしは、高彬とこんな『約束』を交わしたんだったわね。
あの時触れた高彬の手は、凄く温かかったな…。
思い返してみれば、あの時の高彬は夜目にも分かるくらいに頬を赤くしていたような気がする。
あの頃からずっと…高彬はあたしのことを想っていてくれてたのね。
「……そういえば高彬から貰った花束、凄く綺麗だったから……」
不意にある事を思い出したあたしは、その場を立ち上がって庭の中に入り
幼い頃の記憶と月明かりを頼りに、そのまま目的の処までへと向かう。
「やっぱり…ちゃんと咲いててくれてた…」
あたしの記憶の中のそれは
6年の月日を経て、思い描いていたよりもなお美しく
月の光を浴びながら、花を白く輝かせて咲き誇っていた。
「そうだ!…うふふっ」
部屋に戻ったあたしは『渡したいものがあるから 来て欲しい』と文を書き
次の日、それを小萩に託した。
そして、その日の戌の刻になろうかという頃―
「瑠璃さま!高彬さまがいらっしゃいました」
「え、ほんと?」
「ふふっ、はい。じき こちらにお渡りですわ」
思わず顔に出てしまったあたしの悦び様を微笑ましく思ったのか、小萩は嬉しそうに続けて言う。
「恋というのはこうも女性を変えてしまうものなのですね…羨ましいかぎりですわ、ふふふっ」
どうも、あの七夕の日に…高彬と間に仲直り以上の『進展』があったことを
長くあたしに仕えてくれている小萩には『お見通し』なのかもしれないわね…。
あたしと小萩がこんなやり取りをしている間にも、衣ずれの音は少しづつ近づいてきて
女房に先導された高彬が姿を現した。
「お久しぶりだね…瑠璃さん」
久しぶりに会う恋人の姿は、なんだか凛々しく見えたりして…
思わずドキッとしてしまう自分に、今更ながら驚いてしまう。
ちょっと前までは、自分が高彬にこんな感情を持つようになってしまうだなんて考えられなかったのに…。
よくよく見ると、高彬は烏帽子ではなく冠を被っている。
「高彬、もしかして御所から直接来てくれたの?」
あたしは御簾から飛び出して、高彬の近くまで駆け寄って言っていた。
明日も朝早くから出仕しなくちゃいけないのに…。
「いや、ぼくも…」
途中まで言いかけた高彬はバツ悪そうに、そばに控えていた小萩たちを見る。
意を汲み取ってくれた小萩が、女房たちと一緒にそっと下がっていくと
高彬は
「ぼくも…一刻も早く瑠璃さんに会いたかったから…」
なんて…顔を赤くしながらも、嬉しそうにあたしの顔を覗き込んで言ってくれる。
朴念仁が一体どうしちゃったのか…。
なんだか、あたしも顔が熱くなってくるのを感じて
話の方向を変えるかのように切り出した。
「そっ、そうだった。高彬に見せたいものがあったのよ」
「見せたいもの?文には渡したいものって…」
「えっと…そこまで行かないと渡せないのよ」
「???」
訳がわからない…といった高彬を部屋の外まで連れ出して行く。
少し肌寒く感じるくらいの、ひんやりと澄んだ秋の空気のせいなのか
夜空に浮かぶ満月はいつもにも増して輝いているように見える。
その明かりに照らされた三条邸の庭の風景に、あたしは再びあの頃の記憶を蘇らせていた。
「今夜は…満月か…」
高彬も、何かを思い出しているかのように呟いていた
そのまま二人並んで庭の中を進んで行く。
あの日のことを思い出しているうちに、なんだか高彬の手に触れてみたくなってしまって
あたしは袖の中からそろそろと手を伸ばしてみる。
指先が高彬の手に触れたかなって思った瞬間、あたしの手は温かい掌の中へ握り込まれてしまっていた。
その温もりはあの日と変わらないまま、いつの間にか大きくなったその掌に
再びドキっとしてしまったあたしは、慌てて高彬を呼んだ理由を話し始めた。
「え、えっと…子供の頃にさ、一度…夜遅くに高彬があたしを元気付けるために、ここに来てくれたことがあったでしょ?
あの時に高彬から貰った花束がすごく綺麗だったから、なんとかして枯らさずにすること出来ないかなって思って…
庭男に教えて貰いながら、茎の部分で挿し芽をしてみたの。そしたら…」
あたしたちの目に、幾つかの桔梗の花が白く輝いている姿が飛び込んできた。
「ひとつだけ根をつけてくれたのがあってね。それが6年でここまで育ってくれたの」
「じゃあ、これは…あの時、ぼくが瑠璃さんに…」
「うん、高彬があたしにくれた桔梗の『子孫たち』ってところね」
あたしは高彬の手を引いて花の傍まで駆け寄り、咲いていた白桔梗の花を一輪摘んだ。
そして、いつの間にかあたしよりも幾分か背丈の大きくなった高彬の顔を見上げて
「これからもずっとあたしのそばに…あたしと一緒にいてくれる?」
と黒鳶色の瞳をしっかりと見据えて尋ねるように言うと
「うん、約束するよ」
高彬は顔を少し赤くしながらも、あたしの瞳をじっと見つめて
あの時と同じようにしっかりと答えてくれた。
こうして…高彬の顔を見て、瞳を覗き込んでいることも
こうして…温かい掌の中に自分の手が握られていることも
ほんとは…頭がショートしそうなくらい、恥ずかしい筈なんだけど…
この白桔梗の花には、自分の気持ちが素直に出せるような…そんな不思議な力が宿っているのかもしれない。
ずっと高彬に会えなくて燻ぶっていた想いが、自分でも止められないくらいに溢れだしてきてしまって…
あたしは、自分でも信じられないような大胆な行動をとってしまっていた。
「高彬、約束の記念を渡すから…目瞑って、屈んで」
「目……?う、うん……」
あたしは高彬の右手を取り、先程摘んだ白桔梗の花をその中にそっと握らせ
そのままその手を両手でそっと包み込む。
そして…背伸びをして、顔を高彬のところまで近付けていた。
あたしの突然の行動に、驚いたような高彬の反応が…感触となってあたしの唇からダイレクトに伝わってきた。
ぎこちなかった口付けは、二人の想いが徐々に込められて…次第に深いものになっていく。
いつの間にかあたしの体は、その温かくて心地いい腕の中にしっかりと包まれていた。
6年前と同じ大きな満月の夜―
月の明かりに照らされた白桔梗の花たちに見守られながら…
あたしたち二人は再び『約束』を、そして『誓い』を交わしたのだった。
―おまけ
(あたしと高彬が庭から部屋に戻るまでの会話)
―
「そう言えばあの時の花束って…凄く綺麗に束ねてあったけど、誰かが用意してくれたの?」
「えっ!?……えっと、あれは…内緒」
「そんなふうに言われたら、益々気になるじゃないっ!教えなさいよっ!!」
「…うーん…やっぱり内緒!」
「……ふーん、そう…」
頑として口を割らない高彬に、止めの一言。
「そうそう、贈ってくれた歌だけど…理想の恋歌には、まだまだ程遠いわよ。
前も言ったけど、あたしの気に入る歌が出来る日まで『色よい返歌』はしないんだからねっ!」
ちょっと意地悪な感じであたしが言うと、高彬は「そうだよね…」と呟きながら
やっぱり扇で顔を隠して、溜息をついていたのだった。
(おしまい)
◇あとがき◇
「月夜の約束」続編です。先回、高彬に実践していただいた(笑)
ブーケの由来には、知る人ぞ知る↓こんな続きがありまして…。
『そしてその結婚の申し出を受けるしるしに、
女性は花束から一輪を抜き取り(ブートニア)男性の胸ポケットにそっと差し込みました』
今回、6年後の瑠璃にプロポーズの返事をしていただきました(*^m^*)うふふw
なので、挿し芽のところとか…たぶんあり得ないであろうと思われますが(滝汗)
按察使の願いが込められた桔梗の花が起こしてくれた素敵な奇跡vって事で。。。(逃走)
相変わらず、色々なところがアバウトなお話にお付き合いいただきまして どうもありがとうございました。
― 黒駒 ―
2009.12.17
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