第二章~トリニトバル街道



 ラーズへの陰口の原因を考えると、これ以上ネグリトと関わりを持って欲しくないピロテーサでしたが、言い出したら聞かないラーズの性格故、渋々第2市街の東門までラーズとリクを見送りに出ました。

 第1市街のハイソな方達とはうって変わって、第2市街の人達は、ラーズの顔を見ると、満面の笑みを投げかけてきます。

レンガ職人のゲールが
「よぉ、若先生!あれからオラ酒やめたよ!お陰でホラ、このとおり」
と、震えなくなった手をかざして見せます。

定食屋(ヤギの乳とバターを練り込んだパンとヒヨコ豆の煮物が好評)のおかみさんが
「あっ!若先生この間はウチの婆さんがお世話になりました。もう一人で起きられるんですよ」
青果市場で働くユノーが
「お陰様で偏頭痛も肩凝りもすっかり良くなりましたよ」
と相好を崩します。
 商店街を抜けると数人の男の子達が息を弾ませながら追いかけて来て、「ウチの鶏小屋はヒヨコが一杯だから見に来て」とか、「教えて貰ったコマ廻しがここまで上達したからもっとスゴイ技教えて」だとか、目をキラキラさせて話しかけてきました。
 ラーズが男の子達の頭を撫でながら「これからお出かけなんだ。帰ってきたらまた遊ぼうね」と言うと「そうか~・・・、じゃあ、またね~」と手を振って去って行きました。

 家から第2市街の東門まで15分の道のりが、すれ違うたびに呼び止められたので40分以上かかってしまいました。

 (この子が第1市街でもこれだけ好かれてたらねぇ・・・。それにしても・・・私たちの祖先がそんなに立派な神様なら、なんで子孫のあたしたちは髪の毛の色や瞳の色みたいな些細なことを気にするんだろうね・・・。むしろ第2市街の人達の方がこの国のお偉いサンより人間が出来てる気がするねぇ。
 ε-(○`ヘ´○)あたしもいっそのこと退官して・・・、いやいや王宮からのお禄を喰んでるんだからそれは罰当たりというものかしらね・・・)

ピロテーサは溜息をついて天を仰ぎました。

 そして東門につくと、リクの袖を引っ張って、こっそり耳打ちしました。

ピロテーサ:あの子に里心がつきそうになったら首根っこ掴んででも連れ戻し
      て頂戴ね、来週末は試験なんだから。・・・それと、ネグリトの
      村で何を見ても、ウチの子を嫌いにならないでやってね。

リク:はぁ?(・〇・;)

ピロテーサ:御願い!(-人-)

リク:はあ・・・、解りました・・・。

 東門を出たラーズとリクは、イリア(ラーズの養母)の待つシジムの村を目指し、トリニトバル街道を東南に向かって歩き出しました。
 大柄なリクの背嚢はちょっと小柄なラーズの倍近い大きさです。二人が並んだ姿を遠くから見ると、親子の旅行者に見えるかもしれません。

リク:それにしても凄い騒ぎだったな~・・・。お前、放課後に第2市街で何
   してるの?

ラーズ:ほら、テオ先生が心霊治療の実習の時間に言ってたじゃん。「癒しの
    力は使えば使うほど経絡の滞りがなくなって内養功と外気功が交会し
    やすくなるから、日頃から実践を重ねていくことが望ましい」って。


リク:いやっ!あれって毎日自分とか、シャルマン同士で施術しろってことだ
   ったんじゃないの?

ラーズ:う~ん、どうだろうね・・・、でも人に喜んでもらえて、自分の実力
    も向上するんなら大勢に施術した方がいいじゃん。それに第1市街の
    人は、お金の力でシャルマンやセージに施術頼めるからね。

リク:はぁ~、そういうもんかねぇ・・・。ん?そういえばこないだのヒヨコ
   豆の煮込み定食・・・、お前だけちょっと大盛りだったよな?

ラーズ:そうそう、そういう特典もあるわけ・・・、へへっ。(^ー^)
    それにしてもさ、行き先がネグリトの村じゃ、リクが行ってくれな
    いんじゃないかって思ったけど・・・、ホント良かった~。この大荷
    物だしさ~、助かったよ・・・。でもホントに気にしてない?

リク:いや、別に~・・・。お前を育ててくれた母ちゃんだろ。いい人に決ま
   ってるさ~。それに・・・ネグリトの女性には美形が多いってウワサだ
   からな~・・・(#^.^#)目の保養も兼ねてね・・・(^u^)ジュル・・・
   でぇ~へ~へ~!なんかワクワクすんな~。

ラーズ:・・・(▽o▽;)

リク:それよりさあ、手紙・・・何だって?

ラーズ:えっ!?・・・いやっ!あの・・・うん・・・それが・・・ねぇ(^^ゞ

リク:何!?読んでないの?(‥?

ラーズ:いや・・・読んだことは読んだんだけど・・・その~。

リク:どれ、ちょっと見してみ・・・。

ラーズ:あっ!駄目だって!ちょっと・・・!

リク:いーじゃん、いーじゃん!どれどれ・・・。

 ずんぐり体型ながら背が高く、手足の長いリクがひょいっとラーズの背嚢から手紙を失敬して巻いてある木皮紙を開きました。すると・・・。

リク:(@_@;)ヘッ?・・・何これ?(__;)・・・???・・・やっぱ、わかんな
   いや(*_*)

そこにはたどたどしい字で「ろは・・」とだけ書かれていました。

ラーズ:も~っ!!勝手に見るなよ~!!(だけど・・・母さん!「ろは・・・」 
    って何なんだよ!「ろは・・」って~(T_T))

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 さて、余談ですが、イエルカには2つの言語が存在します。
 王族やサリエスが使う神聖文字は全部で25文字あり、1文字で1つの意味をもつ表意文字です。
 文字の組み合わせ方によっては禍を招く恐れがあるためセージでさえ22文字までしか教えてもらえません。

 特に最後の3文字は王と12人のサリエスしか知らない、「ナラ・アストラ(極限までに高められた力)」を発動させる「究極の言霊」を宿した呪文なのだそうです。

 もう一つは日常使っている表音文字です。8文字の母音字と39文字の子音字の組み合わせで表現します。産業立国であるイエルカにとって、決まり事を記録しておく文字が必要不可欠だったため、大昔のサリエス達が、言霊の力を持たない、単なる記号としての表音文字を発明した・・・というわけです。

 さらに余談ですが、リクが言っていた噂どおり、シジムに住むアウストラロアジアンのネグリトは、彫りが深く、女性は本当に美形揃いです。

 男性は、というと・・・それは後ほど物語の中で・・・(^_^)

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 ラーズとリクがハチャマ緑地(実は現在の国王が、このまま砂漠化が進むと地下水脈の枯渇に繋がる恐れがあるということで、20年くらい前から街道沿いの川縁やオアシスの集落付近で、豆の栽培や、低木の植林などの緑化計画を進めているんです)の水屋(東海道や中山道の茶屋みたいなものだと思って下さい。お茶こそまだありませんでしたが軽い食事やハーブティーなんかを提供してくれます。)に着いたころ、一人の女性がラーズ達の来た道を歩いて来ます。
 隣国のエルモから木綿の卸売りと機織りの技術指導に来ているキサラ(21歳)でした。

 昼間からビールを飲んでは酔いつぶれている父親がアテにならないので、祖母や8つ年下の妹を養うために13歳の頃から母親と一緒に家庭を支えて来ました。
 イエルカには6年前に母親と一緒にやって来たのですが、母親は今年からエルモの遙か東方にある植民都市ナディに出稼ぎに行っているので、今年からはキサラ1人です。
 毎年「イエルカ」には数ヶ月単位で長期滞在し、第2市街の人々に木綿の服を売ったり、綿糸の紡ぎ方や木綿の生地の織り方を教えています。

 キサラはラーズの顔を見かけると、ほっとしたような顔で胸のあたりまで軽く手を上げて近づいて来ました。

 リクは「誰!?ねえ!あの綺麗なお姉さん誰!?」とラーズの外套をぐいぐい引っ張ってきました。

ラーズ:キサラ姉さん!(◎-◎)どうしてここに?

キサラ:エルモに帰る前にシジムで塩を買っていこうと思って・・・。

リク:シ・・・シジムだったら僕たちも今から行くとこです、ねっ!ねっ!

 と、ラーズに目配せします。顔は耳まで真っ赤、声も裏返ってます。でかい図体に似合わずとってもシャイな性格のようです。

ラーズ:そうなんです。この辺は最近、野盗も出るっていうし、良かったら
    一緒に行きませんか?

キサラ:そうね、女の一人旅は物騒だし・・・、ご一緒していいかしら?



 思いがけないところで出くわした3人ですが、これがこの後の運命を決定づける出会いだとは、まだ誰一人として知る由もありませんでした。

つづく

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