第六章~Solitude2



 その頃、総督府の独房の中では、カダージもあの8月末の「事件」のことを思い出していました。

  バンディの言葉に衝撃を受け、家を飛び出したカダージには追いすがる母の声も、呼び止める父の声も聞こえていませんでした。

カダージ:僕の本当の父親が「くそバン」だって!?嘘だ!!嘘だ嘘だ!!嘘
     だ~~~~~~~~~っ!!!!!!

 カダージは「空き樽は音が高い」の典型のくせに、「VIP」を気取っている伯父が大嫌いでした。

 いつだったか伯母が、「ラグズ様の御子息との縁談だというから、相手はカディール様だと思って承服したら“くそバン”が相手だったから卒倒した。結婚した当初は泣き通しだった。今はダルヒムだけが生き甲斐。あのクソ亭主、早く死んでくれないかしら?」と御学友の主婦連の昼食会でこぼしていたのも頷けました。

カダージ:まさか、母さんがあんなヤツと関係を持っていたなんて・・・!汚
     い!母さんは汚いよ!!父さんは母さんに騙されてたことを知らな
     かったのか!?だとしたら何て間抜けなヤツなんだ!!・・・ひょ
     っとして家名を傷つけないために、独身の父さんが後始末を押しつ
     けられたのか!?情けないよ父さん!!

 まだ14歳だったカダージにはスニータがカディールを慕う心に、いささかの偽りもなかったことも、カディールがスニータをどれだけ愛していたのかも、なぜ、父が夢を捨ててまで、スニータと一緒に生きる道を選んだのかも、理解するのは難しかった様です。

 むしろ、今のカダージにはカディールやスニータが自分に注いでくれた愛情さえ、薄っぺらな嘘だったのでは・・・?という思いさえありました。

 アムリの民の平均寿命が65歳(都会人はストレスを溜めているからでしょう)なのに対し、部族間でばらつきはありますがネグリトの平均寿命は80歳をゆうに超えます。「ネグリトは長生きだから親戚一同が死ぬのを待って遺産をせしめる魂胆だろう?」という伯父の言葉が脳裏を横切ります。

 違う!母さんはそんな人じゃない!・・・でも・・・「くそバン」と関係を持ちながら、父さんを騙して一緒になったんだとしたら・・・。ネグリトって何だ?そんなに狡(こす)っ辛い民族なのか?じゃあ、「くそバン」と「性悪女」の血を引く僕は・・・何だ?

 ・・・僕なんか・・・生まれて来なければよかったんだ・・。

 トリニトバル街道沿いの廃屋に潜みながら、そんなことを考えているうちに、胸にしまっていた楽しい思い出も、優しく美しい母の顔も、聡明な父の顔もみんな歪んだものになって行きました。

 クマル3回生の後期の授業が始まった頃、3等修道士の誰かが

「よお!お前の母ちゃんシムカのネグリトなんだってな!?どーりでお前に近寄ると糞臭いはずだぜ!あいつらこの町の汲み取り屋からクソを貰ってくんだってなぁ!?クソなんて貰ってどうすんだ?喰ってんのか?」

 と、からかって来ました。周囲にいた連中がどっと笑いました。
その輪の中には一緒にベンディン島に遊びに行ったナンナルの姿もありました。

 肥沃な土地に恵まれない山間に住むネグリトは、都会人が排泄する人糞と、麦の収穫後に出た麦わらで堆肥を作って肥料にしています。決して食べている訳ではありませんし、彼らの作物はイエルカの「朝市」にも並んで、こいつの腹も満たしているはずです。

 カダージは、その3等修道士をたった一発だけ、でも思いっ切り殴りつけました。

 笑って大口を開けていたところに、体の大きいカダージから渾身の力で殴られた3等修道士は顎の骨が砕ける重傷を負いました。

 それを見るやナンナルが突然取り繕う様に謝って来ました。カダージの母がシムカのネグリトだと、さっきの3等修道士に教えたのは彼です。

「笑ってゴメン!ねっ!ねっ!俺もあいつ気に入らなかったんだよ!ねっねっ!あ~~~スッとした~~~!」

 なれなれしく肩を組もうとして近づいて来たその顔めがけて、渾身の一撃をお見舞いしました。

 左の前歯から奥歯にかけて、その殆どが折れて、ナンナルは

「いへあ~~~!!ありふんらよ~~~!!(痛え~!!何すんだよ~!!)」

と絶叫しました。

カダージは

「はぁ!?何言ってんだ?歯の隙間からスースー息が漏れて何言ってんだか解んねえよ!!」

 と吐き捨てる様に言いました。前期までの「真面目な優等生」の面影は消えて無くなっていました。

 その修道士とナンナルの両親の許へ謝罪に行った時、相手に言われるが侭で何度も詫びるカディールが情けなく見えました。

 そんな父と自分の間に立って狼狽える母の姿も無性に腹が立ちました。

 「誰も何も解っちゃいねぇんだ・・・(`ヘ´)」

 もう父も、母も、喰うためだけに一緒にいるだけのウザい同居人になっていました。

 そんなカダージを冷ややかに見ているダルヒムにもケンカを吹っかけ、度々殴ってKOしてしまったり、ごく稀に返り討ちに遭ったり・・・、そんな毎日を送る様になっていました。 

 カダージが17歳になった時、突然父に任官の話が舞い込みました。
 マグオーリの前総督が何かをやらかして、アビスとかいう聞いたこともない遠くの植民都市に左遷されたために、その後任としてカディールにお鉢が回って来たのです。

 「実績のない私には無理!」と、2度固辞したカディールも、彼を高く評価している現国王からの認証状の前にはただひれ伏して拝受するよりほかありませんでした。

 ユートムから引っ越す道すがら、牛車の車窓からシジムの浜辺を見るとネグリトの海女たちが殆ど全裸に近い格好でうろついているのが見えました。

 イエルカの女性は頭に紗(うすぎぬ)を被り、極力肌の露出を抑えた長めの民族衣装を纏(まと)っています。

 それなのに、眼下に広がる光景は・・・何とはしたない。何と汚らわしい民族だろう?恥じらうことさえなく、下品な歓声を上げている・・・。母親と俺にはこの下品で汚らわしい民族の血が流れている。何かムカつくな~~~。いつか泣かせちゃお~~っと・・・。(`ー´)

(実はピロテーサがネグリトを快く思わず、リクに「何を見てもラーズを嫌わないで」と言ったのは、このことが原因です。ただ、新人類のリクちゃんは幻滅するどころかかえって大喜びだったので杞憂にすぎなかったのですが・・・)

 そんな衝動が彼を倒錯した変態行為に駆り立ててしまったのでした。

「誰も何も解っちゃいねぇんだ・・・(`ヘ´)」

 今の今まで、心の奥底で、硬い殻に閉じこもって蹲(うずくま)る、カダージの傷付いた心に、初めて一筋の光が当てられました。

 接見に来たシグルの言葉に従って、シグルの目を見て話しているウチに、だんだんシグルの瞳が渦巻いている様に感じられ、自分の目から滝のような涙がこぼれ落ちたと思ったら、そのうち憑き物が落ちた様に晴れやかな気持ちになりました。

シグル:どう?今の気持ちは・・・?

カダージ:そうなんですよ!父さんも母さんも、シジムの村人も、何にも悪く
     なかったんですよ!本当に悪いのは伯父だったんです。伯父の言葉
     に惑わされて、父さんや母さんを信じられなかった俺の弱い心だっ
     たんです。
      いや、伯父だって、アムリアの選民思想が生み出した歪みみたい
     なモンです。俺をバカにしたヤツらだって、そういう大人が育てて
     るんですよ。


シグル:そうだね・・・。根拠のない優越感という病がイエルカの民を救いが
    たい程に冒しているよね。君もそこで謂われのない差別を受けた訳だ。
    さて、それはそれとして・・・、今、君が一番にしなければならない
    ことって何だろうね?

カダージ:父さんや母さんに今までのことを謝りたいです!あと・・・シジム
     の村の人達にもちゃんと償いたい・・・。先生、俺どうすればいい
     ですか?

シグル:そうか、償いたいというその言葉に偽りはないね?

カダージ:それは本当です!ただ・・・今までが今までだから信じてもらえる
     かどうか・・・。

シグル:君のお父さんは立派な人だし、お母さんにはお目にかかったことはな
    いけど、君のお父さんが心から大切に思っている人だろう・・・?大
    丈夫さ!・・・問題はシジムの女性達だな。


カダージ:何ていうか・・・こう、自己弁護みたいでみっともないんですけど、
     誰にも解ってもらえない孤独っていうか・・・、氏素性じゃなくて
     中身を見ろっていうか・・・そんなんで悶々としてて・・・、あっ!
     俺、中身もダメだったわ!!・・・(^^ゞハハッ!
      ・・・だから八つ当たりしちゃったんですよね~。お前らなんか
     がいるから俺がバカにされるんだって。これはあちらさんにすれば
     いい迷惑ですよね・・・。反省してます・・・解って貰おうって言
     っても難しいですね・・・(..;)""""> ポリポリ。

シグル:何だ、それならうってつけの仲介役がいるじゃないか。

カダージ:誰です!?(◎-◎)

シグル:君の天敵だよ・・・、ラーズさ。

カダージ:えっ?(^^ゞ・・・あいつ・・・?あいつが何で?

シグル:彼も「ネグリトに育てられた異人の子」って苛められてたんだ。知ら
    なかった?あのシジムの村で幼少期を過ごしたんだよ。

カダージ:いや・・・「髪と瞳が真っ黒で気持ち悪い」とは聞いてましたけど。
     俺あんまり学校行ってなかったし、あいつも何かダルヒムみたいに
     超然としててムカついたから意地悪しちゃったんだけど・・・。そ
     うか、それであの女(ひと)を助けにきたのか・・・。

シグル:今の君ならきっと力になってくれるよ。

カダージ:うっ・・・、そうでしょうか?ここ2年くらいず~っと酷いことし
     て来ちゃったから、許してもらえないかな~・・・って。

シグル:大丈夫大丈夫!

 (とは言ったものの・・・、ラーズって根に持つタイプじゃないよ
 な・・・?暫く逢ってないからな~・・・。)

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カディール:本当ですか!?本当にカダージがそんなことを!?

シグル:ええ、信じられませんか?

カディール:おお~~~~っ!!信じます!!信じますとも~~~!!おお~
      ~~~い!!スニータ!!カダージが・・・。

 滂沱と涙を流し、絶叫にも近い歓声を上げて総督は応接室から飛び出して行きました

ラーズ:(俄には信じられないけど・・・(〇o〇;)・・・あいつも苦労してたん
    だ・・・。)

リク:ぶしっ!!ぶしっ!!(涙と鼻水でぐちゃぐちゃです)

ミュカレ:そうそう、村の女性達がな、あの母親に免じて腐刑だけは勘弁して
     やって貰えんかと嘆願しておるのだが・・・。

シグル:う~ん、判決についてはもう決めているんです。申し訳ありませんが
    書き換えるつもりはありません。極めて理にかなった判決になったは
    ずですから・・・フッ(~ー~)

リク:この流れで・・・?アウッ!!(T^T)

ミュカレ:確定か・・・?

シグル:確定です。北極星に宣誓しました。

 カダージの運命やいかに・・・。




つづく

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