外伝~イエルカ興国譚5



 ある夜の夢で、ジョカは「ロココ」という薄紅色の翼竜になっていて、炎を纏った金翅鳥「グァダルーぺ」が目の前に現れ「勇者ルドラは我が眷属イフリートが起こした炎に勝ち目がないと解っていても闘いを挑み、その心意気はリンドブルムをも動かしました。私はその勇気を称え、勇者が命がけで守ろうとした貴女と、貴女の魂を継ぐ者を守りましょう」と告げました。

 その姿を象ってジョカは、遂に師匠の作である「水輪宝珠の指輪」に勝るとも劣らない「火焔宝珠の首飾り」を完成させました。そしてそれを肌身離さず持ち続ける様になりました。

 それからというものジョカの直感は冴えまくり、祭器作りの合間に、習作のつもりで始めた宝飾品作りが大当たりで、工房は数十人の弟子と買い付けの卸商で連日ごったがえしていました。

 それまでユートムは葡萄以外にこれといった特産品もなく、旅人に食事と水を提供するだけの「道の駅」的な街でしたが、ここからそう遠くない所で良質のラピスラズリやカーネリアンが採掘できたため、ジョカのもとで修行した弟子達が次々に工房を開き、宝飾品加工はあっという間にこの街の主産業になりました。
 ユートムの人々の暮らしにもすこしずつゆとりが生まれ、余暇を楽しむ姿が見受けられる様になって来ました。

 この頃、スクナヒコは元・狩人の経験を活かして野外活動のインストラクターとして生計を立てていました。山菜採りはお年寄りに、ハーブ摘みはヤングミセスに、サバイバル術はお父さんや少年達に好評でした。

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 イエルカが1歳になった頃、スクナヒコの家族とサリエスの家族でグ・エディンの遺跡に小旅行に行きました。

 ここは3柱神が最初に築いた魔法都市で、市街地の殆どは砂に埋もれていましたが、人々がここを去って1200年経った今でも地下の動力は生きていて、城塞の水道施設と常夜灯は稼働しているそうです。ちらほらと旅行者の姿が見えましたが、いずれもどこかの都市の神子達で構成された調査団の様で、一般の観光客は皆無の様です。

 今年から解禁されたのか城塞部の天文台跡に登ることができる様になっていました。一行が調査団の後に続いて登って行くと、眼下には碁盤の目の様なグ・エディンの市街が広がり、豊かな緑が周囲を囲んでいます。遙か遠くに春霞に煙るユートム半島が見えます。

ジョカ:うわ~・・・凄~い!

スクナヒコ:この城塞・・・つい数年前まで人が住んでいたみたいですね~。
      エディンって凄い大都市だったんだろうな~。こんなに綺麗なの
      に「呪われた街」だなんて信じられないな~・・・。

サリエス:そうですね~。伝承では「捕食者が掛けた呪い」で木々が枯れて、
     街の人々が脱毛や皮下出血に悩まされたり、鼻血を出して突然倒れ
     たりした・・・という話です。これだけ豊かな森が復活してますし、
     調査団の人達が防毒面なしでもピンピンしているところを見ると
     「呪い」なんてとっくに解けているのかも知れませんね。

 サリエスが、天文台跡から見渡す眺めに、古代への思いを馳せていると、スクナヒコが「この時代から人々は「捕食者」と闘っていたんですね。いつか本当にこういう悲劇は終わらせないと・・・」と、独り言の様に呟いて、「私にもしものことがあったらイエルカのこと・・・宜しく御願いします」と言いました。

 サリエスは冗談だと思い「そんな、縁起でもない・・・」と返事をしましたが、これがまさに遺言になりました。

 やがて、ユートムに夏がやって来ました。

朝市で賑わう新市街の大通り公園に“そいつ”は突然降り立ちました。

 3つの頭を持つ真っ黒な竜です。

 見上げる様な巨体の上には一角獣の様な角を生やした左右の首がうねうねと蠢(うごめ)き、真ん中の首の先には黒鉄色に鈍く光るドクロの様な顔があり、額の真ん中には六角形の窓があって、そこには小さな水晶ドクロが両眼から赤い光を放っていました。

 行き交う人々も露天商たちも一瞬「目が点」・・・やがて血の気が引いて行く音が聞こえるほど瞬時に顔面蒼白となり、大通公園は上を下への大騒ぎになりました。

 真っ黒い竜は城壁を蹴破り、左右の首は口から強力な酸を吐き、真ん中の機械の顔は青白い炎を吐いて、まるで豆腐でも踏みつぶす様に街並みを破壊して行きました。

 逃げまどう群衆、腰を抜かして這って逃げる者、気を失う者・・・。街路には多くの血が流れ、焼け焦げた遺体が転がっていました。

 そうこうしているウチに、弓矢を持ったスクナヒコと貴石をあしらった杖を持ったサリエスが駆けつけて来ました。

 スクナヒコが魔精石の鏃の矢をつがえ、弓の弦を目一杯引き絞りました。あとは「発雷」の一声とともに指を放せば高圧電流を帯びた矢が“そいつ”を貫く筈でした。ところが・・・。

 「捕食者」が搭乗していた戦闘ロボットにそっくりな怪物が二人の前に立ちはだかると、「ここは私にまかせて!街のみんなを連れて逃げて!!」と叫びました。

 スクナヒコとサリエスが「貴方は!?」と聞くと、「話は後!!私が何とか時間を稼ぐから今はとにかく逃げて!!」というと、肩のミサイルポッドを開いて真っ黒な竜に挑みかかって行きました。

 すぐさまスクナヒコとサリエスは「グ・エディンの城塞へ!」「グ・エディンへ!すでに呪いは解けています!」と大声で人々を誘導してユートムの街から脱出しました。

 途中、スクナヒコが「サリエス様、後を頼みます!」と短く言うと、ユートムの方へ走って行きました。

 するとイエルカを抱いていたジョカが、サリエスにイエルカを預けると「イエルカを頼みます!あの人ホントにバカなんだから!」と言ってスクナヒコの後を追いました。

サリエス:あっ!ちょっと、ジョカ様!?

 サリエスが2人を見たのはそれが最後になりました。

 やがて空が裂ける様な閃光が煌めき、まるで時化(しけ)の海の様に大地が揺らぎ、ユートムの方角にキノコ雲が立ち上りました。

 人々は「黒い竜の攻撃魔法か」と肝を潰しましたが、真っ黒な竜が人々を追いかけてくることはありませんでした。

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 ユートムの人々は命からがらグ・エデインの城塞にたどり着くと、地面にへたり込んでしまいました。

 ユートムは城壁で囲まれた旧市街と、城外の新市街を併せて4万人に迫る人口を誇った都市でしたが、ここに辿り着いたのは数百名でした。

 あるいはパニックになって別の方角へ逃げた者もいるかも知れませんが、ユートム史上未曾有の大殺戮と大破壊でした。

 そこへ、両腕と片足を失い、真っ黒焦げになった戦闘ロボットが降り立ったものだから、人々は抱き合って泣き叫んでしまいました。

「あっ!ちょっと待って。誰かと勘違いされているんだろうけど私はアヌンナキではありません。申し遅れましたがエルドア特務捜査官のラスタバンです」

そう言うと胸部を開いて搭乗者が姿を現しました。

 それは体長10cm程の小人でした。

 彼らは就寝時に足の先端から毛細管を伸ばして大地から栄養を吸収し、冬になると繭を作って冬眠するタイプの宇宙人でした。

 しかし数十年前にイツァークというイカレた科学者が「アンラ・マンユ」という古代の呪術師を「神」と崇拝し、この呪術師が残した外法書を元に自らの体を改造し、チンパンジー大の猿に寄生して洗脳・支配することに成功しました。

 これにより頑強な体を手に入れた上に樹上での高速移動が可能になったイツァークは自らを「アヌンナキ(超人)」と呼んで、かつての同胞を「オビト(凡人)」と呼び、彼の思想に賛同する若者を次々と「アヌンナキ」に改造して行きました。

 この星では大猿も含め、全ての生物が冬眠するので冬は天敵のいない平和な季節の筈でした。しかし「アヌンナキ」に寄生された大猿は冬眠せず、しかも小人を喰う肉食獣に変わっていました。

 大猿は多くの小人が冬眠する繭のコロニーに侵入して、小人達を喰いあさる様になりました。

 大猿の食欲は旺盛で、小人達は絶滅の危機に瀕しましたが、大猿に対抗するために戦闘ロボットを開発し、サリエスと同じ様に「アヌンナキ」が雷に弱いことを突き止めた科学者が電磁銃(レールガン)を開発して戦闘ロボットに搭載し「アヌンナキ」を駆除して行きました。

 イツァーク率いる「アヌンナキ」達は、「オビト」達の逆襲を逃れ、宇宙を放浪し、幾つかの星々を経て地球にやって来ました。遺伝子的に大猿に似ている地球人は彼らの格好の宿主となりました。

 ラスタバン捜査官は2年ほど前から地球にやって来ていて、主にザフルラント大陸(赤道付近から南半球にかけた超大陸)で「アヌンナキ」の駆除を行っていたのだそうです。

 彼の話では、このザフルラントの殆どの街で「アヌンナキ」の侵略が激しく、都市文明を持つ地域はほぼ壊滅状態だったそうです。

 そして「自分の他に4人の捜査官がアファール大陸や、このエルバンス大陸に降り立った筈なのだが、通信が途絶えてしまって・・・、この近辺の街も大方破壊し尽くされ、人の気配も皆無だったから、もしかしたらイツァークが生み出したあの“アジ・ダハーカ”に倒されてしまったのかも知れませんね」と、辛そうに俯いていました。

春にグ・エディンを訪れていたあの神子達の街も滅びてしまったのでしょうか?

サリエス:そういえば、スクナヒコ様は!?ジョカ様は!?

ラスタバン:スクナヒコ?ジョカ?・・・ああ、あの地球人のことですか?あ
      の2人には危ないところを助けていただきました。両手と片足を
      吹っ飛ばされて、武器も全弾撃ちつくして、体もあちこち痛くて
      動けなかったところにあの人が現れて・・・、まるで電磁銃の様
      に強力な電磁波を帯びた矢でアジ・ダハーカの首を吹っ飛ばして
      くれました。

       中央の首を落とすと生身の竜の体はすぐ消滅するのに、額の
      水晶ドクロが輝くとまた体が生えてきて・・・、ヤツの吐いた
      熱線にやられて城塞が崩れてしまい、彼は両足が瓦礫に埋もれ
      ていました。大怪我をしている様で動けなくなっていました。
       そしたらそこへ女の人が現れて・・・、女の人が男の人を抱
      き上げたら2人の姿が消えて、淡い水色と、薄紅に光る2羽の
      鳥が現れて・・・、“アジ・ダハーカ”に向かって行ったんで
      す。       
       で、あの核融合みたいな大爆発があって・・・、あとは覚え
      ていません。
       ・・・あ!そうそう、こんな物が落ちていました!

 そう言ってラスタバンが差し出したのは「水輪宝珠の指輪」と「火焔宝珠の首飾り」でした。

つづく


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