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 ベルリンの少し西の方にブランデンブルクという町があって、ブランデンブルクに通じる門ということらしい。

 ということで、この門ができた1791年当時、このあたりは、ベルリンの西の端であったらしい。

 ホーエンツォレルン家は、もともと、ドイツ南西部のホーエンツォレルン城があるところが発祥の地で、ブランデンブルク選帝侯として、ベルリンあたりを治めるようになったらしい。

 現在、ベルリンの周りは、ブランデンブルク州ですが、ベルリンは、ブランデンブルク州から除かれているようで、ブランデンブルク州の州都は、ベルリンの隣の小さな町であるポツダムということになっています。

 19世紀の地図などでは、ベルリンあたりを含めて、プロイセンということになっているが、現在、ロシアの飛び地になっている、カリーニングラードを中心とするあたりが、東プロイセンということらしいから、本来のプロイセンは、そのロシアの飛び地とその西の現在のポーランド領あたりを指すのでしょう。

 私の持っている現行の地図には、プロイセンという地名は出ていないようです。


 ブランデンブルクのホーエンツォレルン家は、相続によってプロイセンを手に入れるのですが、当初は、ブランデンブルク選帝侯領と地続きではなく、地続きになるのは、フリードリヒ大王の時代らしい。




 冷戦時代が、唯一静かな時期だったのかもしれません。






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最終更新日  2009年07月21日 08時34分03秒 コメントを書く
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