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October 1, 2007
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「伊勢の旅」とびとびですが…(^^;

序幕「旅立ちの朝日」はこちら
第1幕「みちひらきの猿田彦神社」はこちら

第2幕、などと気負っていますが(^^;、そんな長く続けるつもりはありません。
写真を交えながら、さらっと、5幕くらいで、終われればと思っています。

前回、猿田彦神社について、書きましたが、そのあとは、伊雑宮(いざわのみや)へ行きました。

2007年9月23日(2)0044.JPG

伊雑宮(いざわのみや)は、三重県志摩市磯部町上之郷にありますので、内宮や外宮からは、少し離れた場所にあります。

「いぞうぐう」「磯部の宮」「磯部の大神宮さん」と呼ばれることもあるそうです。

天照大神の御魂を祀っています。

伊勢神宮へ行くときは、ここ3回くらいは、内宮、外宮とともに、この伊雑宮にも参拝するようにしています。

あくまで、別宮のひとつなのですが、しかし、かなり重要な神社であることは、間違いないようです。


今回はあまり詳しく触れる機会はありませんが、興味があればこちらの本がおすすめです。



伊雑宮が、いかに重要な神社かわかると思いますし、この本を読んだからこそ、伊勢に行ったときは、この神社もセットで訪れるようにしています。

そして、この本には、伊勢神宮がいかなる神社か、神道とは、いったい何であるのかということが、書かれています。

まず、常識的な方たちからは、とんでも説と片付けられること間違いなしの展開です。

ただ、古代イスラエルと日本の関係を見ていけば、そして、『天照大神の謎』でも触れた、天照大神の正体をみれば、すべて筋は通ってきます…。

2007年9月23日(2)0045.JPG

参道は木々が生い茂っていて、すばらしい気に満ちています。

内宮・外宮に比べると、広さは比べるべくもなく小さな敷地ですが、とても癒されます。



かつて、この伊雑宮は、「伊勢三宮説」で物議をかもしました。

この伊雑宮こそが、本伊勢であると・・・!!

果たして、そんなことが、ありうるのか…。

2007年9月23日(2)0046.JPG

インターネットより、その問題となった部分を引用してみます。



こうなると内宮外宮も無視するわけにはいかず、深刻で醜い本家争いが展開され、最後は朝廷の裁決によって「伊雑宮は内宮の別宮。祭神は伊射波富美命。」と定められた。
しかしこれに不満な伊雑宮磯部神人たちは四代将軍徳川家綱に直訴。結果としては最悪で神人たち47人が伊勢志摩両国から追放となった。
これが寛文三年(1633)のことであった。

騷ぎは終息したようにみえた。
しかし延宝七年(1679)に伊雑宮を本宮とする伊勢二社三宮説を唱える「旧事大成経40巻」が版行される。
これは伊雑宮磯部神人たちが三千両を著名な神道家や儒者や僧侶に贈って伊雑宮の優位性を偽作させた書物で、これが活字を通して世間の知識階級に広まり、学者の中にはこの書を信奉するものが多数いた(偽書とはいえ当時の著名な学者が執筆)ために幕府も事態を重くみて、天和三年(1683)に版行書と版木の破却を命じ、関係者は流刑、追放。
この事件を「大成経事件」という。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

伊勢三宮説は、結局、封殺されてしまいますが、しかし、だからといって、間違いとは言い切れません。

神道の根幹は、古事記、日本書紀の冒頭に見られるように、「造化三神」であり、これは、聖書の「絶対三神」と同じことであることが、飛鳥氏&三神氏によって指摘されています。

神道では、「三」という数字が、いたるところに付きまとうといってもよく、出雲大社の「心の御柱」も、三本の柱からなっていることが、判明しています。

そして、伊勢神宮は内宮・外宮の二宮ですが、「三」という重要性を考えたとき、あながち、「伊勢三宮説」を荒唐無稽だとも言い切れないものがあります。



しかし、それだからこそ、今は封印されていると、先の本ではいいます。

いずれ時がくれば、表に出てくると。

果たして、三宮ならび立つときが来るのでしょうか…。

いずれにしても、真偽はこれからの時代が証明してくれるのでしょう。








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Last updated  October 4, 2007 02:29:09 AM
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