「強さ」の根っこ
「理屈では分かるがどうしても弱気が治せない」という人もいるだろう。
そういう人は
・自分は弱い人間だと認めてしまうことで、かえって気が軽くなる。
言い換えれば、
・一人で強い人間などはそもそもいない
からだ。前に言ったように気の強そうに見える人も実はさびしがり屋で人一倍弱い人間なのである。
困ったことに職場の人とは「付き合わない」わけにはいかない。一番良いのは苦手の人間の本質を見抜いてスバッと切り込むことである。そうすると相手は意表を突かれてかえってこちらに敬意を表するようになる。それは面白いほどである。要するに、職場の人間を観察して楽しむくらいの余裕を持つことである。
それができない人は、自分の得意技を磨いて、「こいつは役に立つ」と思わせること。例えばあなたが苦手な上司がパソコンには弱い、とか文章には弱いとしよう。あなたがパソコンに強く、文章に強ければ、このパソコンと文章の両面でこの上司を「サポート」してあげることである。私はこの手で、みんなが敬遠していた先輩の心をつかむことができた。もっとも私の場合は、まだパソコンは普及していなかったので、文書と文字でこの先輩をサポートしてあげて、信頼関係を築いた経験がある。
私が勤めた最初の会社で、転勤命令が出た。新しい職場のY先輩は、一般には「怖くて厳しい人」と定評があった。私が新しい職場へ転勤しYさんと一緒に仕事をすることを知った人たちは一様に「気の毒に」という顔をした。事実、そのY先輩が厳しいことに耐え切れず、何人も前任者が会社を辞めていることを私も知っていた。
私は戦々恐々、覚悟を決めて、新しい職場でそのY先輩と仕事を始めた。
ところが、噂とは異なり、そのY先輩は決して理不尽に厳しさを求める人ではなく、きちんとした仕事をする人でこちらが、真面目に仕事をすれば,決して意地悪な人ではないことが分かった。それどころか、東大出のYさんは、頭の切れる人で私にとって、いろいろ参考になることも教えてくれたのである。さらに、そんな、Yさんにも、「弱み」があることが分かった。その「弱み」とはー字を書くこと、文章を書くことだった。実は、それは、私が「得意」とすることだった。だから私はYさんに代わってYさんの求められた仕事を代行しYさんは、彼の上司である会社のトップや幹部からほめられることが多かった。
つまり、私が代行することで、Yさんの上司からの評価は、さらに上がったのだった。Yさんは私を重宝がって、よく私の出番を作ってくれた。Yさんと私は、当初の大方の予想に反し、助け合って楽しく、仕事の実績を上げることができたのである。
こうして考えると人間すべてに「強い人」などは存在しない。
要は「相手も人の子」であることを知ることである。そうすれば相手の弱いところが見えてくるばかりか実は欠点だらけ弱点だらけの人間だったということもわかるかもしれないのだ。ここまでくれば、もはやあなたは「弱い人間」ではないことに気づくだろう。
クールに見れば、強い人間なんてどこにもいない。人間は一人で裸で生まれ、一人で裸で死んでいくのだ。そう考えれば怖いものなんかいないのである。こういう気持ちになることが強い人間になる第一歩、根っこなのだ。
・人間をよりよく知ること
・職場でも家庭でも人間を観察し、より深く理解すること
を心がけよう。そうすると、生きるのが楽しくなる。
あなたは「弱くて自信のない人間」と自分のことを思い込み、ずぶとくて(反面無神経な人間を強いと思っていたかもしれないが、そういう人は、繊細であなたが気が付いている、繊細な人心の機微や自然の微妙な変化、現実的な側面などは理解できないかわいそうな野暮天かもしれないのだ。
人間「長所は欠点」「欠点も長所」ということになる
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