ようこそ!ラボ桜井パーティへ

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はだかのダルシン関係


C・W・ニコル氏のこの本は、ニコルさんの大事にしていることがたくさん詰まっています。自然への敬意の念、自然を大事にすること、自然から学ぶものがとても多いこと、自然の厳しさ、優しさ、人間は自然と共存していること、自然から学ぶことの多さ、平和を愛する心、強いからだと強い精神力、忍耐、許す心、本当の優しさ、厳しさ、ことばの大切さ、、、、
本の中の太字になっている言葉がとてもいい。
「ほかの生きものを理解することにより、彼らの目から自分を見つめることができるようになりました。動物、鳥、虫たちは、尊い兄弟であり、木々、川、海、風、太陽の子どもなのです。すべてはつながり、すべてはひとつなのです。」P209
「われわれがもとめたものは、平和だ!みなが安心して生活ができる、小さな幸せのことだ。にくしみの向こうにはなにがあるのか?にくしみは、にくしみしか生まないのだ。この悪夢のくさりをたち切らねば、われわれには永遠に平和は来ないだろう。」P257
「戦争のために国の宝であるはずの多くの命と資源をうしない、そのひきかえに得たものが、にくしみだけでいいのか?みなはそれをのぞんでいるのか?敵と敵とのあいだに平和をきずくのは、おたがいの理解と信頼だ」P258
全世界へ向けてのメッセージですね!
このおはなしが今度のライブラリーになる。とても楽しみです。
ネイチャーファンタジー(ちなみに私はファンタジーものが大好きです。)挿絵もすべてニコルさんの作品です。アファンの森のホームページにまさにこの本のマザーツリーの挿絵が載っていますよ!

フォークソングとの関連 3月1日の日記より
「はだかのダルシン」を読みながら、頭に浮かんだフォークソングといえば…
Famine Song 飢餓の歌(アイルランドの人々の主食はジャガイモだとか)
Jesse James アイルランド人は歌と反逆者を愛する心を持ってアメリカに移住したんですね!
Waltzing Matilda オーストラリアに渡ったアイルランド人の歌ですがこれはまさにダルシンが放浪する・さまよい歩くシーンそのものです。
The Croppy Boy アイルランドの百姓一揆を歌った歌。自由と革命の精神に満ちた一人の若者は、大気の中に自由を感じ、鳥のさえずりを自由に聞くことができるんです。まさにダルシンそのもののような…
そしてスコットランドの曲ですが
Cambric Shirt 亜麻色のシャツ パセリ・セージ・ローズマリー・タイムまさにブリジットおばさんを連想させる
Green Sleeves グリーンスリーブス ヘンリー8世がつくった?恋の歌
Henry Martin ヘンリー・マーチン 本当はアンドリュー・バートンが海賊になった歌ですが、これらも「はだかのダルシン」から聞こえてきそうな曲ですね!

ケルト・アイルランドについて 3月4日の日記より
「はだかのダルシン」の物語の中では、ケルトイと呼ばれている国(ギリシャ語読み)ケルト・アイルランドって不思議な国のイメージがあります。でも私にとっては大学時代からかかわりを持っていました。アイリッシュハープを習っていましたから。アイルランドの楽器や音楽は哀愁があって、素朴で、どことなく日本に似ているところがあるような、、とても好きなんです。グランドハープも弾きましたが、アイリッシュハープのほうが断然人間的。素朴で、自然にマッチする音色です。変調するときグランドハープは足でしますが、アイリッシュハープは弾きながら手でホックを上にあげる作業をするんです。忙しいですよ。ハープはもともと変ホ長調の楽器ですが、ミ・ラ・シを半音あげるとハ長調になりますね!弾く前にセットしておき、途中で変わる場合は自分で変調させる。物語に出てくるハープはもっと小さいタイプの楽器ですが、音が聞こえてくるようです。
さて、アイルランドといえば、まず思い出すのがノーベル賞受賞作家のW・B・イエーツ。オスカー・ワイルド、バーナード・ショー。妖精伝説、巨人の卓と呼ばれるドルメン、(ストーン・サークル)立石・メンヒル、渦巻き模様などが頭に浮かびます。でもあまりはっきりしたイメージが浮かばない。イギリスやフランスといった強烈なイメージはありません。それが余計に妖精伝説と重なって不思議な国のイメージを作り上げているのかもしれません。

3月9日の日記より ドゥルソイ、ドルイド(聖人)の存在

「はだかのダルシン」のお話の中にドゥルソイと呼ばれる聖人が登場する。あとがきにも書いてあったが、ドルイドのことだという。何年も前から家にあった、深谷哲夫・リチャード・ホートン・舟川和雄著「アイルランドへ行きたい」新潮社によると、昔ドルイドと呼ばれる神官・僧侶がいて、絶大な権力をふるっていた。部族間の司法権を握っていた。ドルイドを養成する教育機関があり、韻文になった教義を暗唱することが主体だったという。ダルシンがドゥルソイに追放を解かれ、修行するシーンがあるが、それがこのドルイドの韻文暗唱だ。聖人とは、かたりべのことだ!
最初の文に儀式の場面が出ていたが、「カシの木」の森を選んで生贄の儀式を行うとその本に書かれてあった。ダルシンのほうは「ナラの木」。落葉樹だ。アイルランドでは、古木の幹は、太陽や月や星の光などの天と、風や鳥といったような地上の世界を語り、目に見えない根っこは、水と大地を守り生と死の世界につながっていると信じられてきました。
「はだかのダルシン」の本の中には実にたくさんの木・鳥や魚、動物・植物の名前が登場する。
「はだかのダルシン」に登場する木
ナラ、ヤドリギ、シマナラ、アカニレ、オオマツ、モミ、イチイ、クリ、ブナ、クルミ、ハシバミ、ドングリ、ヤナギ、トウヒ、ハンノキ、ヤマブドウ、ツタ、リンボク、エリカ、シラカバ、ヒイラギ、トリネコ、サンザシ、ハリエニシダ、リンゴ、ナナカマド、マツ、ドロール、エニシダ、ヤマナラシ、ヤマザクラ、ヤマリンゴ、ニワトコ、ほか
木はケルト独特の暗号にもあるそうだ!ドゥルソイは木のかたりべとも言われている。

ヨタカ、フクロウ、ミサゴ、カモメ、ウミガラス、ワシ、ライチョウ、ガク、カモ、ガン、バン、ウ、ウミスズメ、ハヤブサ、ミソサザイ、スズメ、ノビタキ、ツバメ、クロツグミ、ミカコドリ、タゲリ、ムクドリ、チドリ、シギ、アジサシ、エトピリカ、ハヤブサ、ケワタガモ、アイサ、アビ、ハイタカ、ノスリ、ほか
魚介類
サケ、ニシン、タラ、ソウダガツオ、オヒョウ、マス、ヨメガササ、カメノテ、カキ、ムール、ハマグリ、コンブ、ノリ、わかめ、ほか
動物・昆虫
クマ、イノシシ、オオツノジカ、ハチ、ウマ、オオカミ、ウサギ、ミツバチ、イヌ、アザラシ、トナカイ、セイウチ、クジラ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、キツネ、シカ、モグラ、シロクマ、アナクマほか
植物
ガマ、アシ、コムギ、オオムギ、コチ、キノコ、ハシバミ、ニンニク、ホコリタケ、ヤマエンドウ、トリカブト、ジギタリス、ベラドンナ、エニシダ、ワラビ、ナツメ、イチジク、ノコギリソウ、ブルーベリー、ヤブイチゴほか


2月6日 静岡 国分さとみさんの日記から
カラスといえばは、そう日本のサッカーナショナルチームのシャツのデザインにもなっている。(足3本のやたがらす)
先日、ビデオの整理をしていたら、面白いビデオがいくつか出てきた。
中でも、掘り出し物は、
C・W二コルさんプロデュース&出演の『C・W二コルとワタリガラス=自然・物語』 という特別番組を、7~8年前に録画したもの。

熊野古道の火の祭り、アイヌの祭り、アラスカ土着民の祭り、北方民族先住民の自然観、これらの地域に流れている土着の自然観に共通しているのは、

     ワタリガラス=この世を創った鳥=神の語り部 

という思想。それを後世に伝える手段は、物語である、という。

(余談:二コルさんにとって、カラスは愛着のある動物で、少年の頃からペットして、友達として飼っていたそうで、その辺の話は、二コルさんの幼少期~青春期をつづった本『ぼくのワイルドライフ』に書いてある。なんと、そのカラスはしゃべることもできた、そんじょそこらのカラスとは訳が違っていたらしい。教会に連れて行って、牧師さんの頭にのっかり、言ってはならない言葉を吐いたくだりは笑ってしまう。)

"ワタリガラス”をキーワードに探っていくと、二コルさんにとってのワタリガラスの意味が少し理解できると思う。

お蔵入りになったビデオを、なんとか、DVDにだんだんとコピーしなおしておかないと、カビが生えてきてしまって大変~!著作権に関わらないのならば、何枚かコピーして人に貸してあげたいほどの内容だ!!
うんうん、キーワードは"ワタリガラス”

<以下、秘密のページ載せるべく私の独り言・・・>

せっかく、40周年記念にC・W二コルさんにお願いして、新刊ライブラリーをつくるのだから、テーマ活動で何を子供達にこのライブラリーを通して伝えたいか、というそのあたりの共通のコンセンサスがなく、下々の方まで伝わってこないんだよね~。
祭り祭りと騒ぐ前に、本当の祭りのルーツを知らないとね~。

やたらお祭り的な子供広場で盛り上げようとしても、ラボがラボたるゆえん=テーマ活動を柱に語っていかなくては、あのポスターやらチラシだけでは、アグネスちゃんコマーシャルの某子供英語教室のチラシとなんら、変わらないし、語るべき中身がなくてプレゼンの練習しても仕方がないしね~。
30年前に大きな旗をもって、行進して各駅でエールをかけて、ラボ会員10万人倍増プロジェクトとに担ぎ出されたラボっ子としての経験がある私としては、静観したくなる部分もありまして。。。今となっては、良い思い出って言えば思い出だけどね~。

2月22日 静岡 国分さんの日記から

<<ワタリガラスは、地球上の多くで世界の創世主として語り継がれている。間近で見れば、この鳥は私たちのカラスという認識を遥かに超えていることに気が付く。
最近このワタリガラスがよく登場する。サッカーの日本代表の胸に付けられたヤタガラスは、日本神話に登場するワタリガラスと言われているし、「ガイアシンフォニー第3」という映画は写真家の星野道夫さんとワタリガラスの物語だ。
環境破壊が深刻なこの時代に、再び姿を現した創世主ワタリガラス・・・・。
神話と科学の世界を行き来しながら、その意味を探っていきたい。>>

↑C.W.Nicolさんのホームページ"TALK IN NATURE”の冒頭より抜粋(このHPの右
下のbookmarkより二コルさんのHPを開けま~す。)

新刊ライブラリーC.W.Nicolさん著『裸のダルシン』発刊を待ちつつ、
1999年2月放送の民族の足跡とワタリガラスが創世主として語られる各地の神話を二コルさんが追う番組のダビングを頼まれて、再度じっくりと観た。

『北極ガラスの物語』の作者二コルさんが、アラスカ先住民に伝わる創世主としてのワタリガラスの神話を紹介。

ー命と魂のつながりを物語る語り部ワタリガラスが私達の未来を語ります。 

神話の中では、この世界を創った後、ワタリガラスは太陽を連れてきたとされている。その象徴とされるグリンギット族のトーテムポールの一番上に位置するワタリガラスは、人間がどう自然と他の動物と付き合う方法を伝える役目をしてきたとされる。
また、日本の熊野那智大社に今でも伝わる古代日本書記にのっとった7月14日に行われる火祭りでは、ヤタガラスは神の使いとしての役割を果たし、カラスの帽子を着けた神主さんが神聖な水を汲むことから始まる。

また、アイヌ民族のカラスの踊り、カムチャッカ半島に住む北方民族に伝わる歌、これら全ての神話の共通点を探る。先祖から大切なことを伝えるシャーマンが、大地の歌や物語のなかで語る、、、「魂の再生を司るワタリガラスは全てを知っている。」「すべての命はつながっている。この地球はひとつにつながっていることを忘れてはいけない。」

彼女の言葉を聞いて、「ひとつの地球」とは、「地球上の魂=命は全てひとつにつながっている。」という意味であることに、はっとした。
「ひとつしかない地球だから、大切にしよう!」という言い方には、人間が上で、他の動物より優位にいて、なんだか傲慢さが感じられる。シャーマンが語る「地球はひとつ」とは、植物、動物、人間、全ての命はつながっている、ということなのだ。時という縦軸と空間という横軸を行き来しながら、語り伝えていかなくはならない大切なこと
が、人間が人間のことしか考えなくなってからは、途切れてしまい悪循環に陥り抜け出せないでいる。

これから二コル作品を子供達と取り組みながら、私達人間に託された未来への課題を、心から感じ取って一緒に考えいきたいと思う。


3月3日 静岡 国分さんの日記から

新刊『裸のダルシン』を読んで発見!!今、頭を悩ましている40周年シンポジウム「ラボにおける言語習得」のプロセスと、この物語の中でダルシンが体験していく言語習得体験が重なるのだ~!

ダルシンは王子なのに、訳あって追放される。いくつかある追放の条件に、「人間の言葉を話してはならない。」ことを課せられる。
人間の言葉=自分の身近な言葉 を使えなくなったダルシンは、カラスの言葉(鳴き声)、オオカミやアザラシとのコミュニケイション法を身につける。
その後、追放がとかれ、人間の言葉を話すことが許されると、ダルシンは、美しい詩を詠んだり、歌を歌う。その歌に聞き惚れるように、色々な動物がダルシンのまわりに集まってくるのだ。
自分の身近な言葉を使えない状況におかれることは、ラボっ子たちの国際交流体験と同じだ。勿論、ダルシンがおかれた状況は、もっともっとワイルドでハードな体験だったが、言葉の面では共通の体験だと思う。
全身を耳にして相手のことを聞き、全身に目をつけ相手の一挙手一動をおって、分かろうとしたことだろう。そして、真似てみる。それを繰り返す。
一度違う言語体験をした後で、自分の言葉に戻れた時は、ことさらに、母語がありがたく、いとおしく、美しく感じたことだろう。赤ちゃんの頃からずっと語りかけられた母親の愛がつめこめられた母語。自分の言葉を使って、布をつむぐように言葉をつむいで、詩を作り、歌を歌い、物語を人に語りたくなったことだろう。すると、ダルシンが人間の言葉に戻っても、動物達が集まってくる、まるで、その美しさ、ダルシンの心がわかるかのように。

ラボっ子達が、様々な物語を通して体験していく異言語体験の過程をどう説明するかは、本当に頭をかかえるほど容易なことではない。その体験をしたことがある人しか、本当には、わからないだろうから。
しかし、こうして、ダルシンの物語として、言葉と成長を著してあると、なんだか、とっても理解しやすい。物語とは、人が想像する力を使い、疑似体験ができる要素をもっているからだろう。

長年にわたってラボの活動に関わってきてくれたC・W二コルさんが、ラボっ子のためにこの物語を作ったわけではないだろうが、成長と言語とは、きってもきりはなせないものだということは真理なのだろう。


セント・パトリックディのパレード (3月19日のクロッキーさんの日記より)
今日は、表参道で行われた、アイルランドのお祭り「セントパトリック
デー」のパレードに参加してきました!ものすごい強風でしたが、幸い
お天気もよく、日差しも温かい一日でした。お昼ごろに看護協会という
美しいビルへ行くと、すでにアイルランドの国旗(どんなのかご存知で
すか?緑、白、オレンジの三色です)やら、マフラーやらのお土産品が
ずらっと並んでいました。私達親子はそこで緑色のウィンドブレーカー
をもらい、シャムロック(三つ葉のクローバーにそっくりの)小さいス
テッカーを幾つかもらって、顔や洋服に貼りました。連れ合いがアイル
ランドの会社に勤めており、今年からアイルランドと日本の間の協会の
メンバーの1人になったため、私達は「アイルランド省庁関係」のグル
ープで行進しました。近くの小学校からスタートです。その前から、
表参道~原宿に続く道は、封鎖されて歩行者天国になっており、沿道に
もたくさんの人がパレードを待っています。見ている人たちも、アイル
ランドゆかりの方がたくさんいらっしゃるようでした。緑色がアイルラ
ンドの国民カラーなので、何かしら緑色のものを身につけて(或いは
緑のカツラをかぶったりして!)見ています。とにかく陽気なパレード
です。セントパトリックとは、アイルランドの守護聖人の1人で、伝説
では、432年にアイルランドへわたってきた宣教師のことで、布教の
時に邪悪の象徴とされていた蛇を追い払った、と言われています。その
際に三位一体説の説明にこの「シャムロック」の三つの葉を使ったとも
言われており、それ以来「シャムロック」と緑色とセントパトリックと
いうのはアイルランド人にとって国の「象徴」とも言うべきものになっ
たのだそうです。もちろん緑はアイルランドのいたるところで見られる
美しい木々の色でもあります。歴史は深く、キリスト教以前、紀元前
3千年からの歴史的なモニュメントが残されています。しかし、2度に
わたる国民的な大飢饉と、それに伴う国民の大移動により、ここ数百年
アイルランドは過疎化が進み、余り豊かな国とはいえなかったのです
が、近年は大分様子が違うようです。たくさんの人が知っている「タイ
タニック号」には、アイルランドからの貧しい移民が、船の最下層に
たくさん載っていたのです。ディカプリオ演じた主人公もその1人です
そんな暗い歴史もありますが、彼らは本当に陽気。最近流行ったリバー
ダンスというアイリッシュダンスも古い民族芸能ですが、途切れること
の無いメロディー、激しいタップ(タップダンスのルーツとも言われて
います)に、踊りや音楽の好きな国民性が現れていると思います。
今日のパレードには、そのアイリッシュダンス同好会の方たちや、ケル
トリコーダー(小さく細い笛。パーティのみんなには見せたよね)のサ
ークルの方、観光局の方、ギネスビールの人たち(頭にビールグラスを
かたどった帽子をかぶっていましたよ!忘れちゃいけない、アイルラン
ドビール!)、バグパイプを、おそろいの民族衣装で吹いている人たち
大学のチアリーダー、可愛いバトントワラーたち、フットボールチーム
なぜかキャンプ座間の軍楽隊、旗を掲げているグループ、大道芸人、
オレンジや緑のカツラの人たち、アイリッシュ犬(ものすごく大きい
アイリッシュウルフハウンドや、アイリッシュセッター等)を飼ってい
る同好会の方たち、大勢のイヌも緑の服を着て一緒に参加、アンバサダ
ー、などなどとにかく雑多な(めちゃくちゃともいう)集団の集まりで
それらが互いにピューピューとはやしたりしながら、パレードを楽しん
でいるのでした。(軍楽隊だけは別ですよ)私達もすっかりなりきって
緑の風船を息子が持ちながら、沿道の人たちに手を振ったり、道路のセ
ンターグリーンごしにお互いのグループに拍手をしたりしながら、一時
間弱かけて道路を行ったりきたりしました。初体験でしたが、なかなか
おもしろいものでした。来年うちのパーティーのラボっ子も参加できる
かも?!めったに無い経験ができると思います。

© Rakuten Group, Inc.
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