日本人移民そして。

日本人移民。

日本人移民を必要としたのは、当時、ハワイ経済の屋台骨を支えていた砂糖きび農場の労働力が必要だったからだ。
捕鯨船の補給基地としての繁栄は、１８５９年にペンシルヴァニアで石油が発見されたのを境に終焉しようとしていた。一方、１８６１年の南北戦争勃発は、それまで砂糖の供給元だった南部を疲弊させ、ハワイの砂糖きび産業がにわかに、注目されたのである。
しかも、ハワイの人口は、急激に、減少しつづけていた。
キャプテン・クックが、１７７８年にはわいを発見するまで、太平洋の封鎖された島国で暮らしていた人々は、病原菌に抵抗力が無かったのである。
人口の減少は、国力の低下に直結する。
カラカウアには、移民によって単に労働力を補給するだけではなく、ハワイ人と混血することで、人口を盛り返したいという意思があったようだ。
人口が激減していた状況は、たとえばハワイ王朝の歴代王たちの短命ぶりにもうかがう事が出来る。
ハワイの統一王朝は、１７９５年のカメハメハ１世の即位に始まるが、２代目以降は、カメハメハ２世が２５歳、３世が４１歳、４世が２９歳、５世が４２歳、初めて選挙によって王位に就いたルナリロが３９歳と、ことごとく早世している。
カラカウアは、７代目の王になるが彼の即位は、カメハメハ１世即位のわずか７９年後でしかない。

王朝の創始者。

王朝の創始者であるカメハメハ１世はハワイ島に生まれたが、その名前には、「孤独の人」「淋しい人」といういみがあるという。
今度生まれる子はほかの王様を殺してしまう人間になると予言者に言われ、人里はなれた島の北端、ノースコハラの地で幼少時を過ごした。
そして、予言道り、幾多の戦いに勝利して、カメハメハは、ハワイを統一するのである。
ハワイには、名前は、マナ（霊力）を運んでくるという言い伝えがある。
「孤独の人」「淋しい人」という名前は、孤高の王という意味だったのだろうが、あるいは、王朝の行く末をも暗示していたのかもしれない。
１８８３年カラカウアは、イオラニ宮殿で華やかな戴冠式を拳行する。
１８７６年に結んだ米布互恵条約により、米国に輸出する砂糖の関税が免除され、砂糖産業の繁栄は、ハワイに莫大な富をもたらしていた。
それを惜しげも無くつぎ込んだのが王権の象徴ともいうべきイオラニ宮殿であり、そこで行われた戴冠式だった。
しかし、富をもたらした条約の存在がやがてアメリカのハワイ併合を促すことになる。
電気や電話といった時代の先端設備まで備えていたイオラニ宮殿の贅沢さは、崩壊への序曲だったのである。
そして、１８９１年、病気療養中のサンフランシスコでカラカウアが客死すると、時代は、ハワイ王朝最後の女王リリウオカラニに引き継がれることになる。
リリウオカラニは、音楽に秀でた才能を持つ聡明な女性だった。
縁組のあったカラカウアの妹になる。
彼女自身に子供がなかったため、即位したリリウオカラニは、姪のカイウラニを後継者に指名する。
美貌のお姫様は、多感な１６歳になっていた。
このころ、リリウオカラニは、立ち消えになったはずの日本との縁組をおよび考えていたらしい。
イギリス留学中のカイウラニに縁組を打診する手紙を何度となく送っているのだ。
それだけ、王国の存在が危機的状況にあったということなのだろう。
カイウラニは、
「愛していない方と結婚することは、間違ったことで私は、決して、幸福になれません。」
と返信に心のうちを書き綴っている。
対抗する白人勢力は、御しやすい女王が即位したことで、一気に王権を剥奪しようとしたのだが、リリウオカラニは、簡単に彼らの意図に屈しようとはしなかった。
そして、運命の１８９３年１月１４日を迎える。
この日、女王は、自ら草案した新憲法を発布しようとしていた。
ハワイ人の復権を盛り込んだ憲法だった。
しかし、官僚は、憲法発布に合意のサインをしなかった。
さらに、「アメリカ人の生命を保護し財産を守る。」名目で、ホノルルに停泊中のアメリカ巡洋艦の兵隊を上陸させたのである。
憲法改正を図った女王の行為をクーデターとみなしたのだ。
１月１７日の午後、ついに臨時政府が樹立。
リリウオカラニは、退位を勧告された。
それでも、ハワイ人を中心とする王党派は、王政復古を諦めてはいなかった。
１８９５年、ついにクーデターが勃発する。
１０日間にわたって市街戦が続いたが、やがて、鎮圧され、約２００人が逮捕された。
暴動の主謀者として汚名を着せられたのがリリウオカラニだった。

かつて女王として。

君臨したイオラニ宮殿に、彼女は、囚人として霊閉された。ゲストルームだった２階の一室に、当時の様子が再現してある。
宮殿の豪華さと不釣合いに簡素な家具が、彼女の数奇な運名を象徴しているようで哀しい。
ぽつんと置いてあった鳥かごは、唯一の話し相手だったカナリアを飼っていたものだという。
リリウオカラニが自邸のワシントンプレイスに戻ったのは、それから８ヶ月後のことである。
現在、ハワイ州知事公邸として使われているワシントンプレイスは、彼女の夫ジョン・ドミニスの父が建てた家だ。
貿易商だった彼は、旅の帰途、行方を絶ち、未亡人は、故郷を思い出すような名前を自宅につけようと思い立つ。
ワシントンプレイスとは、初代大統領ジョージ・ワシントンにちなんだ命名なのだ。
ハワイ最後の女王の夫の母は、ボストン出身のアメリカ人だった。
アメリカに王位を追われ、罪の汚名など着せられたリリウオカラニの自宅がワシントンプレイスとは、考えてみれば皮肉な話だ。
そして、ハワイ王国が最後に希望を託そうとした国、日本の血をひくもと州知事、ジョージ・アリヨン夫婦が、ここに住んだというのも、また、不思議な廻り合わせである。
３期１２年にわたった州知事の人気は、絶大だった。
旅の後半、王国破壊後のリリウオカラニと、カイウラニの足跡を辿るべく、ハワイ島にとんだ。
１８９８年１２月、カイウラニは、パーカー家の娘、エバァの結婚式に参列する為ハワイ島に旅立っている。
個人所有の牧場としては、世界最大の規模を誇るパーカー牧場は、ハワイ王室と姻戚関係にあった。
結婚式の後、彼女は、年末年始をここで過ごしたが、１月中旬のある日、乗馬に出掛けたことが悲運の引き金になる。
突然の冷たい雨に打たれ、体調を壊してしまったのだ。
そのまま寝付いたカイウラニは、１８９９年３月６日、ホノルルの自宅で２３歳の短い生涯を閉じた。

最も美貌が輝く。

もっとも美貌が輝くはずの年齢なのに、亡くなる直前の彼女の写真には、晩年という言葉が似合うほど老成した印象がある。
ハワイ王国と運命を共にして、生き急いだということなのか。王国の破壊が決定的になった１８９５年、２０歳の彼女は、最後の望みをかけてワシントンまで行っている。
以降の人生は、すでに余生だったのかもしれない。
一方、リリウオカラニは、１９１７年１１月１１日、７９歳という歴代王の中でも異例の長寿を全うして亡くなった。
ハワイ島のヒロにあるシップマン家は、パーカー家と同様、ハワイ王室と姻戚関係にあたる名門だが、小高い丘の上に建てられた瀟洒な洋館は、現在Ｂ＆Ｂとして使われている。１８９８年というから、合衆国のハワイ合併の年に立てられた邸宅には、退位後のリリウオカラニがしばしば訪れていた。
いつも彼女が座っていたという、ダイニングテーブルの椅子から見た風景が忘れられない。
むせ返るような熱帯の緑は、太古の昔から変わらないのだろう、楽園ハワイの原風景だった。
その美しさに、彼女は何を思ったのか。
国を失った女王にとって、失った国の美しさは、むしろ哀しみを深めるものでしかなかった気がする。
私には、どうしても長生きしたリリウオカラニが、早世したカイウラニに比べて幸福だとは、思えなかった。