2004年01月24日
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カテゴリ: 読んだ本のこと
高木俊朗『特攻基地 知覧』(角川文庫)を、読んだ。今回が、三回目。
最初は、高校生のとき。
二回目は、約七年前、鹿児島に旅行する前に、やはり読み直しておくべきであろうと思い、再読。

高木俊朗という作家の、事実というものを自分の足と目で確認しつつ、丹念に文章を記す、その真摯な姿勢には、誠に感嘆するし、頭が下がる思いがする。

ここで、本来であれば厳密を期するべく、「事実」とは何か、という議論も、なされなくてはならない。それは承知しているが、本日、ここでは、そちらには触れない。「事実」というものに関して、小生が、もっとも賛同できる考え方は、本多勝一氏のものであり、『事実とは何か』(朝日文庫)に氏が記している通りである、とだけ書いておく。

高木氏は、陸軍の報道班員として、太平洋戦争の時期に知覧にいらして、特攻隊として出撃した多くの若者たちを直接知っていたという。まず、その事実がある。しかし、そのことだけが、この本にまとめられた文章を、高木氏に書かせたのではないということを、今回、改めて認識した。

つまり、『特攻基地 知覧』の文章が週刊朝日に書かれた昭和39年から40年までの時期に世にあった特攻隊に関する「記録」は、美談に終始し、現実を伝えていなかったという。その、世の流れに対する、作家としての(ひとりの人間としての、と言うべきかも知れぬが)強い使命感が原動力としてあった由。あとがきに、明記されている。

他のかたのことを、その、他のかたを主語にして書いている箇所は多く、臨場感に富む。その場合にも、他のかたの身におこったことを、悲劇として読者に訴えようとして、無理に細工をしたような嫌味な部分は、まったく無い。できごとの当事者である、他のかたの立場になって書いていても冷静さを失わない(もちろん、著者は、冷たい傍観者として本の背後に隠れているわけでも無く、逆に、正義の味方の如き姿勢で、正面に存在しているわけでも無い)。

ルポ、と称しながら、視点すら定まっていなかったり、対象に貼り付いて記録しているだけであったり、あるいは、自分を正義の味方と勘違いしているような本なども、世の中には見られる。






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最終更新日  2005年05月18日 23時14分48秒
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