01.『ユウヤの過去』


組織で養成していた『ロキの仔計画』の一体
被検回数:0
覚醒段階:Lv5
総合戦闘能力:LankA
マシン操作:LankA
プログラミング・ハッキング能力:LankSS
学力:LankD
XXXX/XX/XX.組織の第十三養成研究所より脱走
現在の詳細・・・Missing

これよりデータバンクに保存されていた意識データの再生を行います

――――――――――――――――――――――――――――

「・・・・・・せいッ!はッ!てぃッ!」

AM4:30・・・・・・朝の基礎訓練の時間
僕は他の仔達と共に訓練を行う
最初に大人達が戦い方の基礎を何度も教えて、後は全部自分なりにやらせるのが組織の流儀らしい
だから、皆やり方がバラバラだ
僕はいつも回避や防御が苦手で、一通りの攻撃が攻守一体になる中国拳法というのを練習している

組織の事はその名前すら知らないが、僕が見る分に身寄りの無い仔供達を引き取り
戦闘マシンとして大量に製造し、頂点に立とうとしているらしい
殆どの仔が自我を持つする前に引き取られているから、そんな事を考えても仕方がないが・・・・・・

約600立方メートルの巨大な空間、そこが僕等の訓練場だ
僕等の服と同じ、全てが灰色混じりのくすんだ水色をした無機質な光景
普通の人間ならとうに見飽きているだろう

「・・・・・・終了だ、各自部屋へ戻り休憩しろ」

2時間後、全身を真っ黒な軍人みたいな制服を着た教官が号令をかける
最初の2時間の基礎訓練は終わった
だが、これが1日に3回・・・・・・計6時間は基礎訓練だ

通常の基礎訓練に加え、それぞれの特性に合わせた訓練も用意されている
プログラミング、マシン訓練、銃撃訓練、学力訓練、語学訓練、etc・・・
実技訓練などは本物を使用するからたまに排除される仔が出るくらいだ
だが、そんなものより更に過酷で危険な訓練がある・・・・・・『薬物耐性訓練』

大人達が話す会話の内容によると、数々の薬物・・・・・・例えば自白剤などに対する耐性を施す訓練だ
だがそれはでっち上げた内容で、その実体は薬物・催眠療法による覚醒促進・戦闘能力向上が目的だという事を僕は知っている
ランクの低い仔達に施す事が多く、組織が開発した新薬の人体実験にもしているらしい
勿論この『訓練』を受けた仔が全員無事でいる訳ではない
発狂したり排他された仔が出ているのが実の所だ、生きていたとしても自我すらろくに保てない奴の数は少なくない
・・・・・・普通に見れば非人道的だと思うかもしれないが、僕等にとって、これが何よりも『普通』の生活なのだ・・・・・・

それ以前に僕はランクだけなら高い方に位置しているから関係のない話だ
先日もトップランクにいた一人を一撃で伸している
しかし、その後その仔を見た覚えが僕にはない・・・・・・

「お疲れ様っ!お互い、今日も生き残ってるみたいだねっ」
「・・・・・・あぁ」

透明感のあるコバルトグリーンのショート・・・
いや、後ろはロングの髪が綺麗な・・・・・・『綺麗』?

「・・・・・・なにを人の顔を見てるのよ?」
「・・・・・・なんでもない」
自分でも無意識の内に彼女、試験NO.00870823、コード『リナス・フィール』の顔を見ていたらしい
同年代、同時期にここへ入所されたらしく、現在の同居人だ
ここで養成されている子の中でも飛び切りの変種、喜怒哀楽を露呈し精神的に不安定に思える
だがランクはそれなりに高く、特に近接戦闘の実力では僕より上である
それなのに、彼女は訓練が終了した時、少し悲しげな顔をすることがある
・・・・・・まったく、本当に良く分からない娘だ・・・・・・

「・・・・・・?今日のライル、なんか変・・・・・・」
「五月蝿い、変と言うならリナスこそその長髪は訓練の邪魔になるだけだ」
「ひっどぉ~い!これでもちゃんと手入れしてるのよ?って、ライルはその頃にはいっつも訓練の準備してたね・・・・・・」

彼女は相当頭にきたのか精神が高揚している、というよりこれは・・・・・・怒っている?
・・・・・・僕が原因、なのか・・・・・・?

リナスの話を聞き流しながら部屋に戻る廊下をひたすら歩き続ける
ここも全体が灰色混じりの水色をして、一定の間隔で天井に電灯が仕込んである、いかにも無機質な廊下だ
通常の神経なら見飽きる風景を、それをも通り越して既に順応している

「・・・・・・・・・・・・ぃさん」

遠くから・・・・・・いや、背後でまた聞き覚えのある小さな声がする
そう、コイ・・・ツ・・・・・・・・・は・・・・・・・・・・・・

――――――――――――――――――――――――――――

・該当データは表示できませんでした
抹消【デリート】された可能性があります

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僕等は【削除】と別れ、部屋へと戻った
リナスは即座に発汗作用を抑えにシャワールームへ入っていく
そして休む間もなくプログラミングの練習を開始する
教官には休めと言われているが、そんな間に他の仔に追い抜かれ、いつ自分が排除されるか分からない・・・・・・
・・・・・・僕は『死ぬ』ことに恐怖している・・・?

ポカッ

「また練習?ほんっと熱心なのは良いけど、まずはその汗臭いのをどうにかしてよねっ」
後頭部に多少の痛覚反応を感じる、どうやらリナスに殴られたらしい

「・・・・・・入浴に入れということか?」
「分かってるんなら入りなさいっ」

何故かリナスの言う事には逆らえない・・・・・・
仕方なく手を休め、シャワールームに入る事にした

・・・・・・シャワールームにはリナスが使っていたらしいリンスの匂いが漂っている
一瞬そんな事を思いつつ、汗の匂いを落としにかかる・・・・・・

シャワーから上がり、二つあるベッドの方を見ると既にリナスは仮眠を取っている
僕もこれ以上練習をする気になれず、仮眠を取ろうとベッドに乗る

・・・・・・なんだ?この気分は・・・・・・
リナスが次の同居人となった最初の日から日に日に増していったこの感覚・・・・・・
リナスの方を向くと彼女は静かに寝息を立てて寝ていた

「・・・・・・・・・・・・すうっ・・・・・・すうっ・・・・・・・・・」

・・・・・・つい自然とリナスの髪に手が伸びる
触れた瞬間、指からすり抜ける様に流れる彼女の髪に正直驚く
その時、自分の頬の筋肉が勝手に緩む感覚に気付いた・・・・・・

「・・・・・・・・・んんっ・・・・・・ライ・・・ル・・・・・・?」
「・・・・・・・・・!?」

ドタッ

突然起きた彼女に思わず驚き、髪に伸ばしていた手をさげた勢いでベッドから転げ落ちる
いきなり転げ落ちた僕にリナスも驚いた様で、小さく開けた口に手を当てたまま暫く呆然と見つめていた

「な、何やってるの・・・・・・?」
「・・・・・・なんでもない、気にするな・・・・・・」
「・・・ほら、もうすぐ次の訓練の時間なんだからさっさと着替えた方が良いよ?」

部屋の隅にある時計が表示している時間は次の訓練の時刻の十数分前を示している
僕とリナスは互いに背を向けている間に急いで着替え、訓練の準備を済ませ部屋を後にした

――――――――――――――――――――――――――――

今回の訓練は月に一度行う査定訓練だ
下手をすれば下克上を味わい、排除の道へと進む可能性もありうる
幸いにも今回の査定は一対一での近接戦、得意分野ではある
ある一人を除いては恐らくそう負ける事は無いだろう

目の前で次々と行われ、勝敗が決まっていく
大人達が2、3人で相談し何人か連れて行かれる子もいる
行き先は恐らく廃棄処分室か・・・薬物耐性訓練を行う研究室だろう

そのまま怠惰に過ぎる数分間、僕の思考は停止していたも同然だった

「次、NO.00870614、NO.00870823」
「・・・・・・!?」
僕は心の中で一瞬驚きの声を上げる・・・
試験NO.で呼ばれるのはいつもの事だ、だが相手は誰であろうあのリナスだ
少なくとも格闘戦では彼女に勝てる見込みは低い
それ以前に、どちらかが負けた方が薬物耐性実験へ連れて行かれる可能性もあるのだ

僕は不可解にも気乗りしないまま前へ立ち、構えを取り
同じく眼前に向かい合ったリナスを見つめる
彼女は格闘技の総称でもあるマーシャルアーツの使い手、手の内を読まれているのも同然である
だがそれ以上に、彼女の見つめる瞳は真剣そのものであった・・・・・・

「やるからには・・・、本気でかかってきてね・・・・・・」
「・・・・・・あぁ」

「・・・・・・始めっ」

教官の合図と共に、互いの間合いを取る為に跳躍する
そう・・・何も自分だけが圧倒的不利と言う訳でもない
それなりに高いランクに位置し、偶然相部屋と言うこともあってか自主訓練などから彼女の動きも大抵は知っている
後は格闘戦には似つかわしくなくとも重要な心理戦・・・思考の読み合い・先の読み合いとなる

先に動いたのは・・・リナスの方だ
「・・・はっ!」
彼女の鋭い左拳が僕の頬を掠めた、掠った箇所が切れて出血しているが支障は無い
初弾は恐らく陽動・・・二撃目が来る前に仕掛ける・・・!

「はぁーッ!」
「・・・・・・・・・・・・ッ」

彼女の二打目・・・叩き付けるように右膝の一撃が飛んでくる
少ない動きで受け流し、勢いを利用し左肘での最大の一撃を放つ・・・・・・!

「(馬蹄炮拳ッ!)」
「・・・・・・ッ!」

僕が繰り出す一撃をリナスはまるで踊る様に回り、いとも容易く避ける
そしてその勢いを殺さぬまま遠心力を生かした掌底を放ってくる

「・・・・・・くッ・・・!」
彼女の掌底は僕の右肩を捉え、止むを得ず反射的に右腕で外側へと受け流す
だがその衝撃までは流し切れず、腕には内出血の症状と痛覚神経への刺激が伝わる
その速度は予想以上に速く、直撃を免れたのは生物的本能からにも思える

互いに決定打を与えられないまま、数分が経過しようとしている
だが、矢張り彼女は強い・・・・・・僕の攻撃は悉く見切られている
中国拳法の真骨頂ともいえるカウンター技ですら彼女には見透かされていた
体力ばかりが浪費され、最早僕に勝ち目は・・・・・・

「・・・・・・てぇーいッ!」
「・・・ッ!?」

思考の最中、リナスが不用意な右ストレートを仕掛けてくる
僕は疑問に思う前に反射的にその攻撃を受け流し、カウンターに左肘を繰り出す
彼女の鳩尾に喰い込み、声を上げてはいないが苦痛の表情をしているが見て取れる
その刹那、彼女の軽量な体はいとも簡単に数メートルの間、宙を浮き・・・・・・地に伏せた

「そこまでだ」

教官の終了合図と共に倒れたリナスの元に駆け寄り、彼女に手を差し伸べた

「・・・・・・すまなかった」
「・・・馬鹿っ、なんで謝ってるの?」

リナスは僕の手を取り、それを確認し引っ張り、起き上げようとした

その時、予想以上にリナスが飛びついてきて・・・・・・
―――互いの唇が触れ合った―――

「・・・・・・・・・!?」
「・・・おめでとうっ、じゃあね・・・・・・」
僕が困惑している中・・・彼女は手を振って、だが淋しげに笑いながら去っていった・・・・・・

もしかしたら・・・リナスは分かっていたのかもしれない
今回の訓練で負けた者がどうなるのかを・・・
だから隙をみせる様な単調な攻撃をしたり、わざとあんな事をしたり・・・

勝手に思い込んでいるだけだが、僕は不意にそう心の奥で感じてしまったらしい

――――――――――――――――――――――――――――

リナスと別れた後、僕は部屋に戻ったが彼女は戻ってくる事は無く、次の訓練にも姿を見る事はなかった
――薬物耐性訓練の被験者――
僕は一瞬最悪の事態を想像するが、直ぐにその考えをかき消す
そんな事はありえないと思いたい様だ・・・何故だか自分でも分からないが・・・・・・


翌日の早朝、定刻通りに起きると数人の白衣を纏った研究員が部屋へ入って来ていた
研究員達はリナスの備品を手に取り確かめ、それを部屋の前に止めた処理物入れの中へ次々放り込んでいく

「何を・・・・・・しているんです?」
「試験NO.00870823の備品の処理作業だ、何を今更・・・・・・何度も見ているはずだろう」

そう・・・確かに僕はこの光景を見慣れていた
何度も何度もこの部屋で・・・同居人が『排除』された時に不要となった備品も・・・・・・

リナスの備品を処理し終わった研究員達が去った部屋には僕の備品しか残っていない
僕の物と言っても、大して物がある訳でもなく
元々無機質な部屋が更に無機質な状態となり、他人が見れば人が住んでいるとは思えないだろう
この部屋をリナスがいない僕の心に似ている、そう思った時・・・その瞬間、僕ははっきりと自覚した

―――彼女が死んだ事を―――


その時、何故か目頭が熱くなり涙腺から何かが溢れ出すのを感じた・・・・・・
・・・・・・これは・・・涙・・・・・・?
それだけではなく、何か胸を締め付けられる様な・・・途轍もなく苦しい、嫌な感覚に襲われ・・・・・・

―――僕は今まで上げた事も無い慟哭の声を吐き出した―――

――――――――――――――――――――――――――――

リナスを失った喪失感は、僕の心を粉々に砕いた・・・・・・
今を思えば、僕はリナスの事を『好き』だったのかもしれない
それも、今となっては気付くまでに時間がかかり過ぎて、既に遅い事のだ・・・・・・

そして、彼女を『排除した』この組織に留まる事に嫌気を覚えた
一刻も早くここを抜け出したい・・・・・・昔なら微塵にも思わなかった事だったろう
それだけ、彼女の死は僕に影響を及ぼしていた

だが、仮にもここは国家を相手に戦争を仕掛け掌握しようとしているであろう組織の一角だ
今まで育てられた一人である自分が一番理解している事だ
それなりの準備は必要だが、その前にやらねばならない事がある・・・

僕の今まで思い、考えていた事は全て他者に把握されている・・・
それは僕の頭の中、脳内にある生体チップによるものだ

脳の表面に設置され、脳神経と接続された生体チップによって
常に微弱な電気となった意識信号をチップが解析・送信しており、研究所内のAIによって監視されている
まずそれをどうにかしないと脱走以前に方法を考える事も、ましてや自殺する事すら不可能だ
幸い、意識データの回覧はたとえA級AIでも研究所内の数十万という膨大な子供の数から一人を探すのにはそれなりに時間はかかる
その間にハッキングしてAIとシステムの接続を停止させれば・・・・・・

僕は部屋の端末から素早く研究所内のAIにハッキングを行う
内部からのハックなら外部からよりも容易な筈だ・・・
今までここで学ばされていた事が役立つとは・・・・・・何とも皮肉な話だろう

――――――――――――――――――――――――――――

・AIから監視システムの停止を確認しました
以降は意識データの保存のみを継続します

・内部からのハッキングログの存在を確認、逆探知を開始します

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これで誰かが保存されたデータを見たところで、その頃には既に僕は『ここには』いない
だが、これも多少の時間稼ぎ程度にしかならない、早くこの部屋から出ないと直ぐに逆探知される・・・
そしてこれだけでは脱出は困難だ、他に必要なのは武器と…できれば食料と言ったところか・・・・・・

――――――――――――――――――――――――――――

この先の角を曲がった先に武器貯蔵庫への唯一の出入り口がある・・・・・・
ドアの前には小銃を装備した警備兵が一人、もっとも小銃を身に着けているだけで構えてはいない
今のところは脱走が気付かれている訳でもない・・・出るなら出来るだけ早い方が良い
僕は警備兵の前へ出る決意を固め、警備兵の前へ踏み出した

「なんだ貴様、ここは貴様が来る様な・・・・・・」
警備兵の言葉を無視し、素早く懐へ入り込み、鳩尾に拳の一撃を入れる
警備兵は一瞬悶絶の声を上げたが、そのままその場に伏せた

僕は気絶した警備兵の懐を探り、個人IDキーを奪う
矢張り・・・この養成研究所はただ武器を所有した大人がいる程度・・・・・・
『ロキの仔』として造られた子供以外に大した戦力は無いようだ

手榴弾、サブマシンガン、マチェット、予備の弾丸、etc・・・・・・
所有に支障の無い程度の武器を装備し、・・・脱走の準備を完了させる
既に後戻りをする事は出来ない・・・もう前に進むしかないのだ・・・・・・

――――――――――――――――――――――――――――

意外と研究所のセキュリティは甘く、気絶させた警備兵のIDキー一つだけで施設から抜け出す事に成功できた
多少なりとも不信感を抱きながらも、僕は更に足を進める・・・・・・

目の前に地平線の様に延々と続く長い柵がそびえている
この柵は所謂電流柵。高圧電流を流しており、一度触れれば人間は勿論大概の生物は感電死してしまう
だが、手持ちの手榴弾の一つさえあればこの柵は容易に破壊できる
今の僕にこの柵は何の障害にもならないのだ・・・

もう少し・・・この電流柵の向こうは意識データの受信範囲外だ
僕もこの先何処へ向かえば良いのか、そんな事を考えていない
ただ・・・ここから逃げ出せればいい、後はどうにでもなると思っている
珍しく心音が高鳴りながら、僕は手榴弾の安全装置に手を掛ける・・・
あと、もう少しで・・・・・・

「おっと、待った・・・」
「ッ!?」

聞き慣れない男の仔の声に僕は一瞬驚き手榴弾から手を離すも、咄嗟にサブマシンガンに手を掛ける
そして声のした方向を恐る恐る振り向いた・・・・・・

その男は外灯に照らされ、暗闇に慣れていた僕の目には多少目を細めた
徐々に目が慣れていき、その姿も鮮明に見えてくる・・・
身長180cm前後、細身ながらも体格は良く、闇に紛れるような漆黒のコートで身を覆いながらも明るい茶髪と左耳にピアスのような物が街頭の光に反射している

僕はリナスと【削除】以外のロキの仔の事など覚える事は基本的に無い
だがその姿は、そんな僕にも多少なりとも見覚えのある男だった・・・・・・

「NO.00970283、『レノス・アーディッド』・・・・・・!?」

『ロキの仔』でトップ3の実力を持つ者が渡される称号の一つ『ヘル』を持ち、第十三研究所で最強の男・・・・・・
正直・・・今の実力で勝てる相手とは思えない
だが、彼を倒さねばどの道組織によって排除されるしかない・・・・・・

「脱走者は排他、組織に殉ずるのが『ロキの仔』の宿命だぜ?」
「僕は『ロキの仔』じゃない、僕は僕だ・・・・・・!」
「何であろうとオマエの行為は組織に筒抜けだ・・・っても、オマエは本気みたいだけどな」

レノスはホルスターのハンドガンに軽く手を当てる
視認できる部分の形状からしてコルト・ガバメントといったところか・・・・・・

そうか・・・どうやら組織は僕をわざと逃がしたらしい
『ヘル』であるレノスと実戦を行わせる事でデータ採取の道具としている、そんなところだろう

「NO.00870823・・・リナスは組織にその身を捧げた、ロキの仔として最高の結末だろ?」
「彼女は・・・リナスは・・・そんな事の為だけに死んで良い筈が無かったんだ・・・・・・」
「ふぅ、俺はオマエに期待してたんだけどなぁ、俺と同じレベルになれるかもしれないって思ってたんだけど」

レノスは軽く溜息をつき、コイツもロキの仔らしからぬラフな口調で喋りかけてきた
不意にリナスの事を思い出され、僕の心に苛立ちが湧き始める・・・・・・

「まっ、これも仕事だし…殺るしかないか」
レノスが口を閉じた瞬間、その手には既にハンドガンを構えこちらに銃口を向けていた
それに気付いた刹那、銃口は二度火を吹き、僕の右肩に激痛が走る

「・・・・・・ッ!?」

右肩を見ると弾痕と大量の出血で赤く染まり始めている
一発は右肩を・・・そしてもう一発はベルトのサイドに付けていた予備の弾倉を貫いていた
自覚したと同時に徐々に撃たれた右腕が痺れ始め、右手に持っていた手榴弾を落としてしまう

「おいおい、こんなモン?」
レノスは両手を大袈裟に広げ、呆れたようなジェスチャーを示す

一瞬にして僕の戦力を半減させられたのだ、狙おうと思えばさっきの一撃で死んでいただろう
僕は実力差を感じざるを得なかった・・・・・・

ココには遮蔽物が一つも無い、その上背後には高圧電流の流れる柵が続いている
そして彼の尋常なる精密射撃・・・、今のこの状況を切り抜ける方法が見つからない・・・
だが僕は、ここで死ぬ訳にはいかない・・・・・・ッ!

僕は左手にマチェットを構え、レノスの懐へ飛び込む
そしてその勢いを殺さず、レノスに刃を向け袈裟斬りする
だが、僕の渾身の一振りをレノスは避ける気配も焦る様子も無く、ハンドガンの銃身で受け止められてしまう

「おぉ、さっきとは段違いの動きだな」
「五月蝿い・・・・・・ッ!」

痺れる右手を押してサブマシンガンを握り直し、互いに体を密着させたまま銃口を顔面に向ける
レノスの緊張と高揚に満ちた空気を肌に直接感じる・・・恐らく彼も僕の空気を感じているだろう

「「・・・・・・・・・ッ!!」」

互いに銃を振り払い、また銃口を向け合う
だが、コンマ数秒の反応速度の差でレノスが先に発砲する

「くッ・・・・・・!」
「ほらほら、どうしたんだ!」

レノスの正確無比な射撃に僕は反撃する間もなく、ただ避けるので精一杯だ
だが何時までもそんな事を続けていられる訳も無い・・・それはレノスも同じだ

僕はサブマシンガンを左手に持ち替え、レノスの足元に向けて乱射する
当たらなくても良い、土煙で視界を妨げ少しでも五分五分の状況を作り出せれば・・・・・・
「・・・ッ!?」

多少薄かったが、それでも狙い通りの土煙がレノスの体が隠れるほどに立ち込める
互いに視界が遮られ、相手を捉えるには先に気配を感じ取るしかない・・・この一瞬に全てを掛ける・・・
再びサブマシンガンからマチェットに持ち替え、意を決し土煙の中へ飛び込んだ・・・・・・

――――――――――――――――――――――――――――

・【ERROR】

意識データを読み取れません

・【ERROR】

――――――――――――――――――――――――――――

一瞬の手応えの後、土煙が晴れていく・・・・・・
僕とレノスは一拍入れて、その後に互いに後ろへ跳躍する


「・・・・・・ぐッ!!」
僕の足がぐらつく、どうやら弾丸が脇腹を貫通した様だ
後から来る痛覚にバランスを崩した僕は地に膝をつけた

僕の・・・負け・・・か・・・・・・?

「・・・・・・・・・ふっ・・・」
レノスは一瞬、微笑んだ様な表情を見せ、仰向けに倒れこむ
見れば彼の口からは血が垂れ流れていた
致命傷とまでとは言わないが、僕が斬り裂いたその右脇腹からは痛々しいまでに鮮血が迸っている

「レノス・・・僕が、勝ったのか・・・・・・?」
「さぁな・・・けど、今の俺は戦い続ける力はねぇよ・・・・・・」

僕は『ヘル』に勝利したのか、未だにその実感は湧き上がらない
腹部を押さえながら苦痛に顔が歪めるレノスを凝視しながら、その現実味を感じるまで、僕は数秒立ち止まってしまっていた

「・・・ほらっ行けよ、オマエを倒せなかった俺も、既に組織からは必要とされてないから・・・・・・」
「だったら・・・オマエも逃げれば良い」

何故こんな事を言っているんだ、僕は・・・・・・
先程まで殺し合いをしていた奴だと言うのに・・・・・・
だが、少なくとも僕は、彼の事を然程憎んでもいなければ嫌ってもいないのは確かだった

「・・・本気で言ってるのか?いくら逃げたって組織を振り切れると思うかよ・・・?」

レノスは呆れ顔で僕の顔をじっと見つめてくる
僕の気持ちは、脱走を決意した時から既に決まっていた・・・脱走を成功させ、組織の力ではなく自ら更に強くなり・・・・・・
――いずれ組織に復讐してやる――
そう心に強く思っていた時、レノスは溜息を付いて苦笑する

「・・・どうやら本気みたいだな、ホンットに分かりやすい奴だよ・・・・・・」
「心を見せるのは死に繋がる・・・なのに、僕はそんなに分かりやすいか?」
「そーゆー意味じゃないんだが・・・すっごい分かりやすいぞ」

先程まで殺し合いをしていた奴とこうも楽に対話している・・・・・・
正直言って複雑な心境を感じている

「・・・さっ、オマエの勝ちなんだ・・・したい様にしろよ・・・」
「言われなくても・・・分かっている・・・・・・」

僕は最後の一発となった手榴弾を手に取り、安全装置を引き抜いた
そして手榴弾を電流柵へと投げ付け、その半瞬後強烈な爆音を奏でながら爆発する
爆風は地面を抉り、柵はいとも簡単に拉げて、容易に通り抜けられる『道』となった・・・・・・

レノスとの死闘での傷で損傷を負った体を引きずる様に進みながら・・・
僕はその『道』へと進んで行った・・・・・・




――――――――――――――――――――――――――――

・以降は意識データ受信可能範囲から外れた模様
保存されている意識データの内容は以上です

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