04.『ツキノサカズキ』




霞掛かった月が浮かぶ深夜。
誰もが寝静まっている中、一人月下に青年が立っていた。

整った顔付き、碧の瞳、煌めくブロンドの髪、胸元で少し緩められたネクタイ。
月の淡い光に包まれたその姿は、研ぎ澄まされた刀剣そのもののような雰囲気を見せている。

青年は右手に握る一本の刀を翳し、その碧の瞳で刀を見つめていた。
月の光に照らされた刃は一切の澱みの無い澄んだ輝きを放ち、青年の顔を写している。

刃に写る瞳は視線の先にある刀ではなく、別の何処か遠くを見ているようで、
青年の表情からは今にもその姿が消え入りそうにも思える程であった。


刀を見続けて数分が経った頃、ふと青年は我に返り、刃に写る自分の顔に目をやった。
未だ先程までの表情が残った姿を見て、青年は自嘲の表情を浮かべる。


 「・・情けないな、これではまるで――」
 「心此処に在らず、って奴?」
 「なんだ、こんな時間まで起きていたのか? ――相棒」


背後から一人の男が青年に声をかけた。
だが青年は″相棒″と呼ばれる彼には目もくれず、翳していた刀を鞘に納める。
その様子に彼は月下の青年の隣に立ち、不機嫌そうな顔で口を開く。

背丈こそ青年と左程変わらないが、外見は多少若く、跳ね上がった前髪のある少しボサついた深緑色の髪に青い瞳、
紅いタンクトップの上に羽織る右腕の袖が肩からごっそり失くなった黒の革ロングコート、
正に彼とは真逆と言うべき野生児めいた姿であった。


 「それは相棒もおんなじだろうが、つーかちゃんと人の顔見て話しやがれ!」
 「・・・そうだな、俺は夜空と月見と言った所だ」
 「だったら、俺様もそういう事だ」
 「ふっ、なんだそれは」
 「うっせぇ!」


尚も笑みを浮かべ続ける青年に彼はますます不機嫌そうに頬を膨らませ、顔を背ける。

ふと青年は口元に笑みを浮かべたまま口を開く。
口からは自嘲じみた吐息が漏れ、それと同時に周辺の空気は寒気が一層増した様に変化する。
その変化に気付いた彼は寒気に当てられたように身震いする。
青年の瞳はまたも何処か遠くも見る様に、夜空に浮かぶ月を見つめていた。


 「・・・なぁ相棒、あの月の本当の姿を知ってるか」
 「な、何だよいきなり・・・本当の姿?」
 「あぁ・・・あの輝く月は此処からは判らないが、実際は砂と岩だけの荒れた昏く冷たい姿だけだ・・・。」
 「へ、へぇ・・・。」


話の意味と内容がいまいち理解出来ない彼は困惑しながら生返事を返す。
青年はまるでそれをも聞いていない様に淡々と話を続けた。


 「・・・俺はどうだ?外見をどう装っても所詮は殺戮を愉しんだ殺人鬼、
  何時俺がアレに戻るかも分からない・・いや、そもそも何が本当の俺なのかすら――」


青年が話し終えるよりも先に彼の手が青年の胸倉を掴み寄せる。
掴んだ手は怒りに震わせ、彼の眼は青年の瞳を真っ直ぐ睨み付けていた。


 「おい、本気で言ってんのか・・・。」
 「長年付き添った仲なのにつれないな・・・俺が本気かどうか、分かってるだろ?」
 「てめぇなァ・・・!」
 「・・もし俺がまた変わって、戻れなくなったら・・・相棒、お前が俺を止めてくれ・・・俺からの頼みだ」


青年は懇願を込めた眼差しで彼の瞳を真っ直ぐに見つめる。
その眼と言葉にはただ、ひたすらまでに真剣で、迷いの無い信頼を示していた。

『青年のもう一つの人格を止める』
それは青年自身の死を意味している。

青年と共に居続けていた彼にはその心の内を理解し切れていないなりにも感じ取っていた。
それ故に青年の懇願に一瞬でも迷った彼は自身に苛立ち、唇を強く噛み締める。


 「ッ・・それじゃあてめぇの、彼女さんはどうすんだよ!?」
 「・・・あいつ、か・・・・・。」
 「あぁそうだ!彼女さんだけ残しててめぇ一人楽になろうなんて、んな事考えるてめぇは大馬鹿野郎だッ!!」


その一言に青年はそれまでの涼しい顔から一転して真剣な面持ちへと変えた。
そのまま二人は共に押し黙り、一分、一秒、それが酷く長く感じられる中で刻が経過する。


 「・・確かに俺は大馬鹿だな、でも俺は・・・俺がアイツを傷付けるのが一番怖い。アイツに俺を止めさせるのも・・・。」
 「じゃあ何か?俺様は彼女さんの代わりかよ?」
 「そういう事だな・・・悪いな、相棒」
 「ざけんナ!本当にッ大馬鹿野郎だなてめぇは!!」


彼は尚も強い剣幕で怒号を発する。
気付けば何時の間にか彼の眼は大粒の涙を滲ませており、今にも溢れ出しそうになっていた。


 「・・相棒、泣いてるのか・・・。」
 「なっ・・!?そ、そんな訳ねぇだろうが・・・っ」


思わず空いた手を伸ばし、自分の濡れた目尻に指が触れて、彼はそこで初めて自分が泣いていた事に気付く。
どうやら無我夢中で気付かない内に泣いていた様だ。
彼はかぁっと顔を赤らめ、慌てて青年を掴んでいた手を離し、必死に両腕で涙を拭う。


 「ち、違ぇぞ!俺様がこんなんで泣く訳・・ねぇんだからな!?」
 「・・・あぁ、そうだな」


涙を拭った彼が見たのは、あの笑みを浮かべた顔に戻った青年だった。
先程までの昏い影の無い、素直に笑う青年の姿に彼も一息付けるように口元を緩める。


 「・・・何だよ、その眼は」
 「いいや、何でもない・・・今日は俺が悪かった、すまないな」
 「わ、分かりゃあいーんだよ、分かりゃあ・・・。」


感謝を素直に受け取れない彼はまたも頬を膨らませて顔を背けた。
徐に青年は彼の頭に手を乗せて撫で始める。
背丈が左程変わらない二人である為、端から見ればその格好は酷く不釣り合いな状態である。
不意に頭を撫でられ、一拍の間を開けて彼は青年の手を慌てて払い除けた。


 「なっ・・!?何すんだ馬鹿!!」
 「いや、何となく・・・かな?」
 「何となく、ですんじゃねぇよ!もう戻るからなッ!」
 「あぁ、おやすみ・・・相棒」


調子を狂わされ、機嫌を悪そうに彼は自分の部屋へと戻っていく。
彼が戻るのを見送り、青年はその場に座り込み、再び夜空を眺める。


 「・・・今日は、良い月だな・・・。」


夜空には霞の晴れた月が煌々と輝いていた。


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