見たまま、感じたまま、思ったまま

鬼畜



昭和53年(1978年)に公開された松本清張原作のこの作品、知っている方も多いが、若い人のために(爆)ちょっとだけ解説しておく。

しがない零細印刷屋の親父(緒方拳)は妻(岩下志麻)に頭が上がらない風采の無い奴である。二人の間に子供は居ない。その親父が、ちょっと羽振りの良かった頃に、料亭の仲居(小川真由美)に言い寄って、子供を3人も産ませてしまう。ところが不況になり妾と子供を養えなくなり、起こった妾は子供3人を親父に押しつけて消えてしまう。

困ったのは親父。鬼のような妻に睨まれながらも、子供にはそれなりの愛情を示し、何とか世話をしようとするが、それがかえって妻の怒りに火を付ける。妻は一番下の子供が病気の時に、事故のフリをして、ビニールシートを子供の上に落として殺してしまう。そして妻はあとの2人も始末するんだよと、親父を責めてけしかける。

まだ自分の名前も住所も言えない2番目の妹を東京タワーに置き去りして来た親父は、一番上の子供を殺すために二人で旅行に出かけて彷徨う。そして最後に長男を海辺の崖から放り投げてしまうのだ。
奇跡的に助けられた長男だが、頑として自分の名前も親父の名前も住所も言わない。親のことを思って黙秘しているのである。しかし、少年の持っていた石版から親父の印刷所が判明し、親父は逮捕される。
面どおしで少年の前に連れて行かれる父親。手錠を掛けられた親父を差して、「これがお前の父親だな、お前を崖から放り投げたのはこの男だな」と言う刑事に「違うよ。この人お父ちゃんじゃない、知らない人だよ。こんな人お父ちゃんじゃないよ」と叫ぶ少年・・。そして少年の前に泣き崩れる父親・・。施設に引き取られていく少年を婦人警官(大竹しのぶ)が励まして、少年を乗せた車が遠くなっていくところでフェードアウトして映画は終わる。

この映画の岩下志麻は本当に怖い。マジで般若のような顔をしている。彼女は、この映画の撮影中、ずっとこの般若の顔をしていたそうである。それで自分の娘が「お母さん怖い」と言って寄ってこなくなったそうだ。
緒方拳は、子供に愛情を持っていながらも、気の強い妻に押されて鬼畜に変身していく気の弱い男を演じている。
夕暮れの東京タワーから出ていく時、自分が置き去りにした子供のことを思い、そっと後ろを振り返る。その途端、東京タワーにパッとイルミネーションが点灯するのである。その灯りに腰を糠さんばかりに驚く親父。このイルミネーションの灯りは小心な男の最後の良心だったのだろうか?この演出は見事であった。

同じ頃、彼の代表作の一つ「復讐するは我にあり」では、対照的に唯我独尊の殺人鬼を演じていた。この頃の緒方拳は、怖い物無しの絶頂期では無かっただろうか?他にも「陽暉楼」や「魚影の群れ」など彼の代表作がこの時期多い。
今は入れ歯になって配偶者曰く「緒方拳も、高倉健も、入れ歯になった男優はみな歯抜け(腑抜け)」という感じになってしまっているが、この頃の演技は鬼気迫る物があった。

この最後の少年のセリフ。「違うよ。この人お父ちゃんじゃない、知らない人だよ。こんな人お父ちゃんじゃないよ」には、殺されかけても尚、父親を庇って「知らない」と言っている少年に、(こんな子供を捨てる奴は父親じゃないよ!)と言う作者の声が被さっているのだと思う。

この名作。一度は見ておきたいものだ。


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