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今日は、平年並みまで気温が戻ってきてくれました。とても過ごし易い、いい秋の日になりました。
さて、昨日の続きです。
いよいよ、縄文の家、竪穴式住居に入ってみましょう。![]()

屋上緑化もされていて、夏涼しく、冬暖かい感じがします。どうして切妻屋根と推測したのかと言うと、当日、年発掘調査の現地説明会がありまして、

この住居跡もそうなのですが、入り口(釜戸のある所)とその対角の部分に、円ではなく直線になっているからだそうです。

釜戸の跡です。かなり大きな石で組まれています。この場所から1kmほど離れた名取川から運んで来たのではないかとの仮説です。釜戸の奥に埋設土器と言うのが見えます。これは、釜戸の灰を貯めたものらしいです。昨日の縄文クッキーにも入っていたドングリなどのあく抜きに使ったらしいとのこと。
史学科出身の雨読おやじは、こう言う話が大好きです。家族をそっちのけで説明に聞き入ってしまいました。![]()
さて、竪穴式住居の中を見てみましょう。

入り口付近に釜戸があります。実際にここでは、屋根材の虫よけのために、釜戸に火を入れています。

煙に燻されて、柱も良い色になっていますね。広さを想像していただくために、能天気息子(小5)を置いてみます。彼の身長は155cmです。

勿論一間ですが、当時の人たちは7~8人暮らしていたのではないでしょうか。
この形の住居は日本では、奈良時代くらいまで続いたようです。もちろん幾らかの改良や規模の拡大はあったでしょうが、日本式の家屋の原型がこれです。
実は、子ども時代に、秘密基地と称して、小さな竪穴式住居を作ったことがあります。![]()
屋根はかなりスカスカしてましたが。。。。
博物館、美術館なGW 2019年05月05日 コメント(3)
広瀬川で、白鳥タチと戯れる 2018年01月30日 コメント(2)
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