趣味の漢詩と日本文学

趣味の漢詩と日本文学

August 15, 2016
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カテゴリ: 学習・教育
【本文】水の尾の帝の御時、左代弁のむすめ、弁の宮すん所とていますかりけるを、帝御ぐしおろしたまうて後にひとりいますかりけるを、在中将しのびてかよひけり。
【訳】水の尾天皇の御治世に、左代弁のむすめで、弁の御息所という方がいらっしゃったが、天皇が出家なさってのちに、ひとり身でいらっしゃったのに対し、在原中将が人目を避けてかよっていたとさ。
【注】
「水の尾の帝」=清和天皇。三十八段に既出。
「左代弁」=太政官に属する「弁」の長官。中務省・式部省・治部省・民部省の公文書を担当する。従四位下相当官。
「みやすむどころ」=天皇の寵愛を受け、御寝所に使える女御・更衣などの女官。皇子・皇女を生んだ女御・更衣をさすことが多い。
「みぐしおろす」=貴人が剃髪して仏門に入る。『伊勢物語』八十五段等にも見える。
「いますかり」=おいでになる。いらっしゃる。「あり」「をり」の尊敬語。
「かよふ」=男が同居していない妻・愛人の家に泊まりに行く。


【訳】中将が病にかかり症状がとても重かったが、もとの妻などもいたので、弁の御息所と中将の仲はひた隠しに内密にしていたことなので、公然と行ってお見舞いになるわけにもいかず、こっそり人目を避けてのお見舞いが日々行われた。
【注】
「もとの妻」=前から婚姻状態にある夫人。

【本文】さるにとはぬ日なむありける。病もいと重りて、その日になりにけり。
【訳】けれども、お見舞いにならない日があった。病状も重体化している状況で、その日を迎えたのだった。
【注】
「さるに」=それなのに。そうであるのに。しかるに。

【本文】中将のもとより、
つれづれといとど心のわびしきに今日はとはずてくらしてむとや
とておこせたり。
【訳】中将のところから、

と手紙に歌を書いてよこした。
【注】
「つれづれと」=しんみりともの思いにふけって。
「わびし」=せつない。つらい。やるせない。
「おこす」=言ってよこす。書いてよこす。


【訳】あの人もずいぶん気弱になってしまったというので、とてもひどく泣き騒いで、返事の歌なども作って贈ろうと思っているうちに、「中将が死んでしまった。」と聞いて、とてもひどく悲しんだ。

【本文】死なむとすること今々となりてよみたりける、

つひにゆくみちとはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを
とよみてなむ絶えはてにける。
【訳】死ぬということがいよいよというときになって作った歌、
人間だれもが最終的には行く死出の旅路だとは聞いていたが、きのう今日といったこんな近い日にやってくるとは思わなかったのになあ。
と作って息絶えて死んでしまった。
【注】この話は『伊勢物語』百二十五段に見える。
「今々」=たった今。まさに今というとき。
「つひにゆくみち」=死の世界へ行く道。





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Last updated  August 15, 2016 02:14:25 PM
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