第百八段
【本文】
むかし、女、人の心を恨みて、
風吹けば とはに浪こす 岩なれや わが衣手の かわく時なき
と常の言ぐさに言ひけるを、聞き負ひける男、
宵ごとに かはづのあまた 鳴く田には 水こそまされ 雨は降らねど
【注】
〇なれや=断定の助動詞「なり」の已然形+疑問の係助詞「や」。~だからだろうか。
〇言ぐさ=よく言う言葉。口癖。
〇聞き負ふ=聞いて自分のこととして受け止める。
〇宵ごと=毎夕。毎晩。
〇かはづ=カジカガエル。初夏、谷川などの清流で澄みきった声で鳴き、風流なものとされている。
【訳】
むかし、女が、男の冷淡な心を恨んで、
風が吹くと永久に浪がその上を越す岩なのだろうか、わたしの着物の袖の乾く時がいのは。
と常日頃の口癖として言っていたが、それを聞いて自分のせいだと思った男が、次のような歌を作った。
毎晩毎晩カエルが数多く鳴く田には、水量がまさることだ、雨は降らないけれど。