趣味の漢詩と日本文学

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June 10, 2017
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カテゴリ: 学習・教育

第八十四段

【本文】

 むかし、男ありけり。身はいやしながら、母なむ宮なりける。その母、長岡といふ所に住み給ひけり。子は京に宮仕へしければ、まうづとしけれど、しばしばえまうでず。一つ子にさへありければ、いとかなしうし給ひけり。さるに、師走ばかりに、とみのこととて御文あり。おどろきて見れば、歌あり。

 老いぬれば さらぬ別れの ありといへば いよいよ見まく ほしき君かな

かの子、いたううち泣きてよめる、

世の中に さらぬ別れの なくもがな 千代もと祈る 人の子のため

【注】

〇身=身分。身の上。

〇いやし=身分が低い。

〇ながら=逆接条件を示す接続助詞。~けれども。~ものの。

〇宮=皇族。

〇長岡=山城国乙訓郡の地名。平安京の南西にあたり、平安遷都まえの十年間、桓武天皇の都があった。

〇宮仕へ=宮中に仕えること。

〇まうづ=参上する。

〇しばしば=しきりに。

〇え~ず=~することができない。

〇一つ子=一人っ子。

〇かなしうす=かわいがる。いとおしむ。

〇さるに=ところが。そうしているところに。『伊勢物語』七十八段「さるに、かの大将、いでてたばかりたまふやう」。

〇師走=陰暦十二月。

〇ばかり=くらい。ほど。

〇とみのこと=急な用事。

〇御文あり=お手紙がきた。

〇おどろきて=はっとして。

〇老いぬれば=年を取ってしまうと。

〇さらぬ別れ=死別。

〇いよいよ=ますます。ふだんよりもいっそう。

〇見まくほしき君かな=お目にかかりたいあなただなあ。『万葉集』一〇一四番「あすさへ見まくほしき君かも」。

〇いたう=ひどく。はなはだしく。

〇もがな=願望の終助詞「もが」に感動の間投助詞「な」がついたもの。~だといいなあ。

〇千代=千年。極めて長い年月。

〇祈る=神仏に願いをかける。

【訳】

むかし、男がいた。身分は低かったが、母は皇族であった。その母が、長岡という所に暮しておられた。子は京で宮中へ出仕していたので、母の所に伺おうとは思っていたのだけれど、ひんぱんに伺うということはできなかった。親にとっては一人っ子でもあったので、とてもかわいがっていらっしゃった。そうしていたところが、十二月ごろに、急な用事ということで御手紙がきた。はっとして目を通したところ、歌が書かれていた。

 年を取ってしまうと死別というものがあるというので、ふだんよりもいっそう会いたいあなたですよ。

例の子が、ひどく泣いて作った歌、

世の中に死別が無ければいいのになあ、親が千年も長生きしてほしいと神仏に願う子どものために。






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Last updated  June 10, 2017 05:41:08 PMコメント(0) | コメントを書く
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