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2006年01月11日
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カテゴリ: カテゴリ未分類


オウムとか 宮崎とかの判決が出るらしいですね。
これらの事件に共通するのは、重大事件であることと、弁護側が精神鑑定を求めているということです。

オウム事件での精神鑑定は、本日の記事とは無関係のものでした。お詫びして訂正いたします。


そうなるとよく聞かれるのが、「何で精神鑑定するの?弁護側ですら殺人を認めているんだからさっさと判決すべきではないの?」ということです。
もっともな意見だと思いますし、個人的には賛成です。
ですが、日本の刑事訴訟はそういう考えに立っていないのです。

そもそも、犯罪とは何でしょうか?
一般的には、特にひどい悪事を働くこと全般を指しているような気がします。
「犯罪的」とか、「それは犯罪でしょ」とか日常的にもよく使われます。
しかし、刑事訴訟はそうは考えていません。
犯罪とは、刑務所に送るべき行為に過ぎないのです。
(本当は、死刑にすべき犯罪とか、罰金にすべき犯罪とかもあるのですが、それはちょっと話からはずしましょう)

では、刑務所はどのような働きをするのでしょうか。
刑務所とは、受刑者を反省させ、教育改善する場所に過ぎません。
それ以上でもそれ以下でもないのです。
ということは、反省させ、教育改善することが無意味な人を刑務所に送るのは意味が無いということなのです。税金の無駄です。

では、反省させ、教育改善することが無意味な人とはどんな人なのでしょうか。
それは、自分のやったことをよく理解していない人であり、たとえば精神を病んでいる人を言います。
ですから、刑務所に送って意味があるかどうか判断するために精神鑑定をします。
このような考えのもとで、精神鑑定は必要なことだと考えられています。
たとえば、「自分は世界中の人から命を狙われている。だから、先手を打って手当たり次第に人を殺してもいい」という極端な被害妄想に取り付かれている人を刑務所に入れても何も解決しません。
出所した途端に人を殺すでしょう。ですから、刑務所には入れず、治療を受けさせることになります。

では、死刑とはどんな場合に下されるのでしょうか。
よくあるのは「更正の余地が無い」という場合です。
被害妄想などがあるわけでもないが、刑務所に入れても反省しないだろうし、教育改善のしようが無い場合を言います。
逆にいうと、治療で治るのなら死刑にはしません。
ということは、一見死刑に値しそうな場合でも、精神鑑定は必要なのです。

つまり大雑把に言うと、刑事訴訟はまず、被告人を刑務所に送るか治療させるか検討し、それでもだめなら死刑という発想に立っています。
ですから、精神鑑定は必要なことなのです。

以上が刑事訴訟の考えているところだと思います。

ですが、私個人としては完全に納得しているわけではありませんし、皆さんも異論がおありと思います。
数年後には裁判員制度も始まりますので、嫌でも刑事訴訟に触れることがあると思います。その前提として精神鑑定の意義について考えてみるのもいいのではないでしょうか。

*「風の精ルーラ」さんのご指摘を受け、「刑事訴訟法」という部分を「刑事訴訟」に訂正いたしました。(1月17日)。





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最終更新日  2006年01月21日 14時06分04秒


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