椿荘日記

椿荘日記

アマ・オケコンサート(運命、春の祭典)


大分前の日記にも書きました通り、夫は余りクラシック、特に正統派のオーケストラ音楽は、余り得意ではないようで、それでもイギリス滞在時代は、しばしばロンドンのロイヤルオペラ座に、オペラやバレエを見に行っておりましたけれど、視覚的な楽しみがありながらも、大概桟敷席の奥の椅子で、気持ち良さそうに寝ておりました(苦笑)。
そんな様子ですので、ここ一二年は、余程のことが無い限り(!)、コンサートに夫を誘うことは無く、楽しみにしている、ベルティーニ率いる都響の、「マーラーティクルス」にも、姉やマリの日本画の先生をお誘いしての鑑賞となり、今年は、楽天でお知り合いになった素敵な方々のお陰で、何回もオーケストラの音に触れる機会を待たせて頂きまして、その時も一瞬迷った挙句、夫には声を掛けないで置きました。

この日曜日のコンサートは、勿論夫の知人が参加しているということもありますけれど、珍しくそんな夫が切符を手配し、行こうと誘ってくれまして、マリのお誕生日の前の日でもありますので、一日早いお祝いも兼ねてということで、出掛けました。
やはりとても暑い日で、折角の外出着が直ぐに汗で台無しになるのではと危惧されるほどでしたけれど、久し振りの夫との改まったお出掛けですので、お気に入りの、ドレープが特徴の藤色の麻のワンピースを選び、何時もは、「黒尽くめ」か「白尽くめ」ですので(笑)、自分にしては珍しい華やかな色合いに、気分が浮き立ちます。
親切な母屋の義母に駅まで送ってもらい、東海道線に乗り込んで、溜池にある「サントリーホール」へと向かいます。
車中で、嬉しそうに頻りと話しかけるのは、勿論お喋りな(?)マリの方で、どちらかと言えば口の重い夫は、何時もの生返事ですので、意地悪半分で(笑)「私とお出かけするのはつまらないかしら?」と聞きますと、聊か慌てて否定しますけれど、やはり苦手なのでしょうね。マリが思いつくまま話題を差し向けても、嬉しそうに笑ってはくれるのですけれど、やはり会話としては滞りがちです(苦笑)。
可哀想なので、暫くして開放してあげ、夫は持参した「日経ビジネス」を、マリは急に思い立って読み返している川端康成の「山の音(川端の作品では一番好きです)」を読んでいると、新橋駅に到着です。

まだサントリーホールがオープンしたての頃は、渋谷からタクシーで向かっていましたけれど、今は銀座線に「山王溜池」駅が出来たお陰でアクセスはすっかり楽になり、アークヒルズに向かう長い通路を、夫が差し出す腕を借りて歩いていますと、不意に「僕らは夫婦に見えるかしら」と言い出します(笑)。
確かに今日のマリの出で立ちは、何時もより華やかですし、きっと日頃より若やいで見えるのでしょう。
実際に、マリと夫は年齢も離れていますし、体格も良くどちらかといえば落ち着いた雰囲気の人ですので、昔から実際の年齢よりも上に見られがちで、急にそんなことを思ったのでしょうね。
マリは「あらいいじゃない。もしそう見えなかったら、年下の彼女を連れている「幸せな小父さん」とでも、思われるなら嬉しいでしょう?」と言いますと、笑っています。
元々性格は明朗ですけれど、感情表現が苦手な、不器用とも言える夫の、精一杯の嬉しい気持ちの表れなのでしょうね。
マリが全日空ホテルの中のお花屋さん、「日比谷花壇」で贈り物のお花を選っている間、間が悪そうに、手持ちぶたさな様子で、ショウウィンドウの外で立ち往生している姿は、母親を待つ子供といった風で、年上の夫ながらつい可愛らしく思ったり致します(笑)。
花束を調えるのに時間が掛かってしまい、開演前の一杯はお預けということになり、受付にお花を預け、少々急いで二階の指定の席に座りますと、調度舞台の真横上という、オペラハウスで言えばお馴染みの三階桟敷の位置に、思わず興が盛り上がります。

そう、この日のオーケストラのご紹介を、まだしておりませんでしたね。
この、指揮者大友直人氏率いる「プロジェクト2002オーケストラ」は、この演奏会の為に組織された団体だそうで、メンバーがまだ学生さんだった頃に、大友氏の指揮の下、共に演奏していたお仲間が、二十年を経て再び集い、新たなメンバーを加えて九十九年から始まった、文字通り大「プロジェクト」です。

曲目も、ロッシーニ作曲「セヴィリアの理髪師」序曲、ベートーベン作曲「交響曲第五番~運命」、ストラヴィンスキー作曲「春の祭典」という名曲中の名曲揃いで、選曲にもこのオーケストラの並々ならぬ意気込みと自信を感じ、実際に、最初に演奏されたロッシーニは軽やかで優雅で卒無く、続くベートーベンは、端正で良くこなれており、この曲の持つ重厚さを思い出させて、聴くものの耳を楽しませ、心を打ちます。
良い演奏を聴いた時の、幕間の一杯は美味しく嬉しいもので、「ベートーベンは苦手」と生欠伸を噛み殺していた(苦笑)夫を促して、階下のバーコーナーに向かいます。
シャンパンで一日早い誕生日を祝ってもらい、話しをしながら、周りを眺めますと、ロビーは人でごった返していて、この広い大ホールを、アマ・オケにしては珍しく(?!)聴衆で七割近く埋めるほどの状況を、縁故だけでない、オーケストラ自体の力と見ても良いのではとふと思いました。

メインプログラムである「春の祭典」は、複雑に絡み合う木管、底流を蠢く様に鳴り響く弦、複雑な変拍子で荒々しく吼える金管やテインパ二などの打楽器が、初演当時の聴衆(バレエ音楽ですので観客?でしょうか)を驚倒せしめた、ストラヴィンスキーの代表作で、マリも小学生の時分に始めて聞き、迫力と不思議さに驚いたものでした。
大友氏の指揮は、丹念に音を引き出しつつも、力とリズム感を損なわず、大胆さと慎重さで巧みに、この難曲を引っ張っていきます。
メンバーもこれによく答え、アマ・オケに散見する、どうしても弱くなりがちの金管のパートも、音に狂いや歪みなく、聞く側の期待に答えてくれ、スリリングとも良い得る演奏の間、マリも夫も身を乗り出して、演奏者と指揮者が織り成すパフォーマンスに目を見張りながら、聴き入っていました。

素晴らしい演奏にすっかり満足し、珍しく興が乗ってしまったらしく、この後どこかで食事をと、言い始めた夫に、「お忘れのようだけれど、残念ながら用事があって、茅ヶ崎にこれから向かわなくてはならないの」と答えると、あっと思い出して、がっかりした様ですけれど、夫も夜から、友人と約束がありますので、食事とプレゼントはまた次にゆっくりということで、また、差し出された夫の腕に寄りかかって、久し振りに二人で満足したコンサートの余韻を楽しみながら、会場を後に致しました。








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