椿荘日記

椿荘日記

アウトドアとマリ③


何時もの癖でもあるのですけれど、雨のような、木の葉や、何かさらさらとした粒上のもの(実際にこれは雨ではなく、後にその正体に気が付いて驚愕致しました)がテントに落ちてくる物音と、テントで休むときには付き物の、体の下の小石の感触に、目が開いてしまったようです。
大きいものは設営時に取り除け、取りきれない小石は、ウレタン製のマットを敷いてカバーしたつもりなのですが、アンデルセン作の物語「えんどう豆の上に眠ったお姫様」ではありませんけれど、マリは子供の頃から神経質でしたので、少々の傾斜や、体の下の異物で、直ぐ眠れなくなってしまうのです。
昨夜は、お風呂上りに、夫と赤ワインを強か飲んでいい気分で酔った後、直ぐ眠ってしまったらしく、就寝時は気が付かなかったのですけれど、朝が近づくのに従って、テントの下の小石で背中が痛くなり、未だ暗い戸外の様子に躊躇っていたのですが、とうとう我慢できずに外に出て、タープの下に座って休むことに致しました。

空は薄っすら明けかけているとは言え未だ暗く、星は空の上で震えているようです。
やはりマリと同じく早起き組のキャンプ客のテントに、ランタンの灯りが点るのが見え、高原特有の薄寒さに、思わず胸の上まで防寒用の膝掛け掛け毛布を引き上げ、お茶を沸かして飲むとやっと一息つきました。
それにしても、冷たく澄んだ空気に、体の芯まで凍えるようで、寒さの所為で咳が止めどなく出ましたけれど、体格の良い夫と息子が占拠し、絶え間なく押し寄せてくる、暑苦しいテントの中(二人の希望~?~でマリは真ん中で寝ていました。本当は端の方が良かったのですけれど)よりも余程快適で、思わず愛飲しているシガリロ(細巻の葉巻)を取り出して火を点じ、薄紫の煙を、澄んだ空気と共に胸いっぱい吸い込むと、久し振りに、本当に美味しいと思いました。
マリは煙草の類は、本当は、室内で吸うのが余り好きではなく、お酒を飲んでいる時は気にせず沢山吸ってしまいますが、やはり戸外で、それも空気の良い所での喫煙は比べ物にならないほど美味しく感じ(理由がちゃんとあるのだそうですけれど、失念してしまいました)、禁煙中の方や嫌煙家(?)には申し訳ないのですが、本当に生きていて良かった(笑)と、大袈裟ながら思ってしまうほどです。

ランタンの灯りの下で、目に負担にならない程度、雑誌をぱらぱらと捲っているうちに、次第に明るくなり、やがて完全に夜が明けますと、炊事や洗面の為に、目の前を人が行き来し出し、湖畔の朝は早くも活気を見せ始めます。
背の高い、町役場のスピーカーから、六時を知らせるチャイムの音が鳴り響き、マリも夫と息子を朝食の支度の為に起こしました。
夫の手による目玉焼きとサラダの朝食が終わると、早速息子は湖に(桟橋からの飛び込みと、潜水が面白くて堪らない様です)走って行き、夫も「きつくなった(○○太りでしょうか~苦笑)」とこぼしながらウエットスーツを着込んで、大きなセイルを担いで出掛けて行きます。

残ったマリは、テーブルと椅子を柳の木の下に引っ張り出して、昨日の続きの読書と、忘れないように日記の為の覚書を認め始めますと、昨日ほぼ同じ時刻にチェックインした、斜め前のカップルが帰る用意をしていました。やはりテントにタープと、しっかりした装備だったのですが、一泊ほどの短い滞在では、他人事ながら、さぞのんびりは出来なかったことでしょうね。週の中であるこの水曜日は、入れ替わりの日でもあると見え、あちらこちらでテントを畳む姿が見受けられます。
午後にはまた新しい家族連れや、グループが姿を見せ、空いた思った箇所に再びテントが立てられ、新しくやってきてはしゃぐ子供達の歓声も聞かれます。

どの家族連れのお父様達も、皆手馴れた手つきで、アウトドアの極意を子供達に教授しながらのテント設営で、ふと、もし苦手な人がいるとしたどうするのかしらとそんなことを考えていると、先刻のカップルが去った後に、三人の家族連れがやって来まして、早速設営に取り掛かったところ、先ほどの危惧通り、その家のご主人は、どうも苦手な方らしく、かなり手順に問題がおありのご様子で、お仕舞いには聞いているこちらが辛くなるほどのきつい調子で、不備を奥様に詰られてお出ででした。
家族で楽しむはずのキャンプは、どうやらお父様方、ご主人方の「試される場」ともなっているようで、少々お気の毒な感が拭えません。
それにしましても、日常の平行移動ともいえるキャンプ生活は、普段の生活が周囲に筒抜けと言える「落とし穴」がありまして、家族と共に寛ぐ姿は微笑ましいのですけれど、気が付いているのかいないのかは定かではありませんが、前述の、ご主人を猛然と叱り飛ばす(?!)夫人の怒声や、小さいお子さんを延々と叱り続ける若いお母さんの甲高い声など、付近にいる人間に聞かせんばかりの大音量の故、否が応でも耳に入って参りまして、休憩に帰ってきた夫や息子と思わず顔を見合わせることもしばしばでした。思い当たる節のおありの方は(マリもそうですけれど)、どうぞお気を付け下さいと、老婆心ながら申し上げたく成る程です。

考えましたら実に沢山の、本来なら知らない方々と、薄いテント越しの近接した「生活」を暫定的ながらするわけですから、特に人見知りで、人付き合いの苦手なマリにとっては、奇妙で非日常的なことが目白押し、ということになるのでしょうね。
そう、先程少しながら触れた驚愕の事実、雨のように聞こえる、落下して来た粒上のものとは、テントの後ろにそびえるポプラに大量に着いていた、小さい蛾らしき幼虫のふんで、朝、朝食のためにお湯を沸かしながら、ふと、目の前のタープのネットを見ますと2~3センチくらいの小さい「イモ虫(!!)」が大量にぶら下がっているのに気が付きまして、一時的に恐慌状になったのですけれど、兎に角落ち着いて対処する以外は他になく(サイトは既に混み始めていましたし、設営時の面倒を考えると、場所の移動も億劫でしたので)、その都度、地面に払い落としたりして当座は凌いでおりました。
対人だけでなく、対自然という項目もあり、アウトドアライフはマリにとって、「勉強や経験の場」であると共に、「試練の場」であることはどうやら間違ないようです(嘆)。

滞在中は、読書三昧に麦酒の飲み放題、風に吹かれてのお散歩や温泉と、楽しいことも多かったのですけれど、その反面ストレスとなることも当然あり、来年はホテルで、の言葉を喉の奥に押し込めつつ、それでも毎年やはり観念して連れ出されるのは、家族の喜びの表情の故でしょうか。
きっとどこの家族連れの方々の、思いは皆一緒のことでしょうね。
何時もは、空いた時期を狙って訪れるマリの一家は、今年は事情があってお盆休みの大ピークという、一番の混雑時に始めて出くわし、それが故に今までになく様々なことを見聞きしまして、まだまだ書き足らないこと(キャンプサイトはドッグショー会場??、何故、装備は皆「○○ルマン」??etc・・など)は多くありますけれど、この辺でペンを擱きたいと思います。

最後の夜である、三泊目の宵、西湖の足元にある河口湖湖畔の酒屋さんに、息子と共に買出しに出掛けたところ、偶然花火大会に出くわしまして、歓声を上げて見入る息子と共に、このキャンプ最大の贈り物である、頭上に広がる巨大な花火群を、滞在中の疲れも吹き飛ぶ思いで見上げておりました。

*平成13年9月6日(金)記





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