椿荘日記

椿荘日記

五島美術館探訪記


本当は昨日のうちに続きを書きたかったのですけれど、久し振りの遠出に疲れてしまったのか、夕食後、軽くお酒を飲みましたら、眠くなってしまいまして、今朝の更新となってしまいました。

五島美術館は、東京は世田谷区、上野毛の、閑静な住宅地にあります。
開設は昭和35年、東急グループの創設者、故五島慶太氏が個人で収集した美術品から成り、名物茶器や国宝「源氏物語絵巻」、「紫式部日記絵巻」でその名を知られています。
(先に、「源氏物語絵巻」と書いてしまいましたけれど、今回の展示は「紫式部日記絵巻」の方でした。ご免なさいね)

広い敷地、鬱蒼と茂る背の高い木々に囲まれて、豪壮なお屋敷といった趣きの建物は、昨日のような小雨の日には、風情が増すようで、木々や下草が濡れて、醸し出される湿った匂いに包まれながら、門に足を踏み入れたとたん、懐かしさが湧き上がって来ます。
そう、ここは、マリが中学生時代、毎週のように訪れ、時間を過ごした、思い出の場所でもあるのです。

館内に入りますと、天井の高いロビーは、空焚きの香の匂いも全く変わらず、眼に懐かしい、鎌倉時代の作である「愛染明王像」も、安置される場所こそ違え全く変わりなく、マリは急速に少女時代に戻された気持ちになってしまいまして、同行者である先生に「懐かしくて・・」と洩らしながら、嬉しいような、不思議な感慨に浸っておりますと、「僕も学生時代に、来たことがある」と仰います。

伺えば、大学の授業の中で、特別に閉館時間に開放してもらい(先生のお出になられた大学の故なのでしょうか、修復中の奈良の「東大寺・大仏殿」や、京都の「金閣寺」の立ち入り禁止区域も、入って調査、写生などお出来になられたそうです)、同じ専門のお友達と、収蔵品を見学したり、お庭で遊んだり(?)、かの「愛染明王像」をスケッチされたりと(先生の、以前お描きになられた仏画の大作「愛染明王」のお顔は、この仏様が元と、この時初めて伺い、ああ、それもあってマリの目には、尚更美しく、親しく映ったのだと納得致しました)過ごされたそうで、昔話に小声で興じながら、展示室に向かいます。

金曜日の雨の午前中らしく、人影もまばらですけれど、絵巻や、李朝の陶器、墨蹟など、数々の名品が展示されているとあって、ガラスケースの前には、年配らしい方々がわだかまっており、それらもやはり変わらない眺めです。
変わり者であった(今も?)中学時代のマリは、毎週教会で礼拝(クリスチャンでしたので)を終えた後、大好きなこの美術館に一人でやって来ては、判らないまでもガラスケースの中の茶器を愛で、輝く刀剣に感心し、美しい絵巻に目を見張った後、森といった風情の野趣に富んだお庭を散策したり、本を読んだりと過ごしたのでした。
他のお友達が活動的に過ごしていた時代を、どうしてたった一人で人から離れ、読書と音楽に埋没していたのかは、折に触れお話致しておりますので、ここでは省かせて頂きますけれど、兎も角、昔の記憶を辿りながら、見学することに。

先生とこうして、機会を得るごとに日本画や内外の美術品の展覧会に伺いますと、本当に学ぶことや発見が多く、今回も描法や、絵の具の種類や扱い、保存の方法(古い絵巻の断簡をお軸の様に縦方向に丸めると、縦と横の繊維の太さの違いで負担が掛かってしまうそうです)、絵巻の人物の配置にも意味があると色々と教えて頂き、目の前の絵巻が、急に生命を得て、息づき、動きを帯びて見えた時には成る程と感心致しました。

中学時代にお知り合いになっていれば、その頃から、きっと色々教えて頂けたかもしれませんね(笑)。
先生は丁度大学院位でしょうから、マリの、以前家庭教師だった方とほぼ同年代ですし、不可能な想像ではありませんね。きっと、家庭教師だった方と同じく、マリはお慕いしたことでしょう。
そんなことを思い浮かべてしまうのは、この美術館の持つ懐かしさと、昔と変わらぬ不思議な魅力にあるのかもしれません。

振りが強くなった雨に、お庭の散策は諦め、ロビーでお抹茶を楽しむ静かな見学者の姿を眺めつつ、辞去するマリの心も、とても静かでした。

平成13年11月2日(土) 記



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