椿荘日記

椿荘日記

『狩野探幽展』と上野散策


独身時代、やはり終電で帰って、ひっそりしている家の玄関を抜け、家人に気付かれずに、こっそりと二階にある自室に忍び込むのは得意でしたので、昨夜も終電とは言わなくとも、午前0時は大分廻っておりましたし、やはり家人に気付かれたくはありませんので、同様の様子で(笑)、音をたてずに玄関を抜け、廊下を通って、厨房からダイニングに入ろうとしたところで、夫に気が付かれてしまいました(苦笑)。
夫は心配性ですし、マリが迎えも呼ばず、タクシーも使わないで帰ってきたことを心配して、寝ずに待っていた模様です。
それゆえのお小言なのでしょうけれど、何時ものように昨夜は余り叱られず、夫の気が変わらぬうちに(笑)、直ぐに着替えて簡単な洗面だけで(お酒を飲んだ後は、なるべくお風呂に入らないようにしていますので)床に入ったのですが、一日歩き続けた疲れもありまして、今朝は寝過ごしてしまった様です。

そう、昨日は、ずっと楽しみにしていた、東京都美術館で開催されている『狩野探幽』の展覧会に行って参りました。
探幽は永徳から始まる、徳川家の御用絵師「狩野派」の絶頂期を築き上げた人ですし、先生が何時ぞや、探幽から数えて何代目かの絵師が描いた、襖絵を修復したこともあって、今回はその参考とした襖絵も展示ということでしたので、興味津々で参りました。
上野のお山は、あちらこちらの美術館で開催中の、大掛かりな引越し展覧会も多く、好天も手伝ってかなりの人出です。
今回の同行者は勿論先生で、日本画や仏像の見方を教えて下さる、鑑賞についても素晴らしい「先生」ですので、この『探幽展』でも多くのことをご教授して下さいました。

場内に入りますと、作品保護の為か照明はかなり暗く、しかも上からの灯りですので、金箔や砂子を多用した華麗な画面も、岩絵の具の色彩と共に沈みがちで、それでも何とか観ようと、マリが顔を近づけて、一生懸命目を凝らしておりますと、先生が「少し暗すぎだね」と仰いながら、腰を屈めてしゃがみこんで、下からご覧になっています。
マリも早速まねをして下から見上げると、思わずあっと言う声が出そうになってしまいました。
先程まで、すっかりくすんで、ぼんやりしていた画面がにわかに黄金の光を帯び、巧みに描かれた人物や、風景、草木が生き生きと浮かび上がってきたではありませんか。
もともと襖絵は、座った状態で見られるものですし、当時の照明は障子などを通した横からの光や、灯明など下からのものですので、そのように計算されて描かれているそうです。
何時でしたか、やはり琳派の展覧会に同行させて頂いた時は、屏風の見方をお教え頂いて、随分驚嘆したことを覚えております。

それからは、会場にある大型の襖絵や屏風の前で、逐一しゃがみこむ奇妙な二人連れとなり、周りのお客様はさぞかし奇異な面持ちだったでしょうね(笑)。
他の洋画の会場と違い、お年寄りが多く、混んではいたものの皆さんゆったりとご覧になってお出でで、人込みが大の苦手のマリと先生ですが、じっくりと堪能することが出来ました。
流石に大家の作品ですので、どれも素晴らしく、お武家の為の襖絵らしい豪壮な松の様子など、目を見張るものがありますけれど、初期の作品なのか、巧みに表現されている岩の直ぐ傍の、流水の筆の運びが、意外なくらいよろけて(?)おり、思わず「下手ですね」と洩らしたところ、先生がくすくす笑って、「最初の頃か、お弟子に描かせたのかもしれないよ」と弁護されてお出ででした(笑)。

一時間以上立っていた所為か、足が棒のようになってしまいましたけれど、文化会館上の精養軒で、休憩がてら遅いお昼を頂いた後、先生にとって懐かしい、母校のある上野のお山の周りを、散歩しながら、思い出話を沢山聞かせて頂きました。
小鯛焼きで知られたお菓子屋さんや、古い喫茶店、変わった筆屋さんなど、懐かしいお店を覗いたり、上野を舞台の、学生時代の武勇伝など、面白いお話は尽きません。

そう言えば、久し振りに来た上野公園も随分様子が変わっておりまして、以前は目を遣れば、否が応でも目に付いたブルーシートがすっかり無くなっています。大分前に大々的に撤去されたそうで、その代わりに、自転車を傍らにベンチに座る人々の姿が目立ちます。
「皆、他所から自転車で、ここに通ってくるようだね」と先生が教えて下さるまで、かつてのブルーシートの住人とは気が付きませんでした。余程、上野公園が気に入っているのでしょう。
彼らは、公園のお掃除をし、時には交番のお巡りさんのお手伝い(?)もして、芸大の学生さんや、その他の住人の方との関係は、然程悪くなかったそうです。そう伺いますと、馴染んだ住処を追われ、気の毒な気がして参りました。

二人して、夢中でお話をしながら散々歩き回り、草臥れたことに気が付きますと、上野にも夕暮れが近づき、街灯に灯りが点り始めています。
快い疲れを感じながら、馴染んだ茅ヶ崎へ戻る足取りは軽く、何時ものように東海道線の特別車両に乗り込んで、マダムの待つ『女王様のお店』へと向かいました。

平成13年12月6日(金)記




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