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その夜は満月だった。 満月の日はお産が多いと言われているが、その日はあの1件しかなかった。 メモルにとっては、初めての経験だった。 奇形のある赤ちゃんが生まれてきたのだ。 産婦さん、Kさんは、6人目の出産だった。 この少子化の時代、めずらしいなぁ、とメモルは思っていた。 Kさんは、お姉さんと10才になる一番上の息子さんとともに、入院してきた。 Kさんの希望する分娩は「お姉さんと息子さんに立ち会ってもらうこと」 「赤ちゃんの生まれてくる瞬間の写真をとりたいこと」「息子さんにへその緒を切ってもらうこと」であった。 できるだけKさんに満足のいくお産をしてもらうため、 先輩助産婦さんと相談して、すべて実行できるよう援助することとなった。 そしてお産ははじまった。 やはり6人目であるため、経過は早かった。 呼吸法や努責のかけ方も慣れたもので、上手だった。 お姉さんはカメラを構えて、赤ちゃんの誕生を今か今かと待っていた。 赤ちゃんの頭が少しずつ見えてきた。 そして顔が出てきた。 お姉さんはカメラを近付けてきた。 メモルははっとした。先輩助産婦さんも気付いた。そして、「すみません。ちょっと離れててもらえますか?」とお姉さんに声をかけた。 『口唇裂』、兎唇とかみつくちと言われることもある。うさぎの様に上の唇が割れているのである。 奇形の中では決してめずらしいものではない。 しかし、妊娠中にエコーで分かることも多く、生まれてくるまで分からないことは少なくなってきている。 急いで、小児科に連絡し、ドクターにもきてもらった。 なるべくKさんやお姉さんに赤ちゃんの顔を見られないよう、処置が続けられた。 観察の結果、口唇裂の他、上顎も割れている口蓋裂も合併していた。 奇形のある赤ちゃんを産んだことにショックを受けるお母さんも多い。 小児科医はKさんとお姉さんに説明をはじめた。 Kさんはショックを受ける様子もなく、「赤ちゃん見せてもらえますか?」と言った。 そして、「かわいい。うさぎのおくちみたいね。」と生まれてきた赤ちゃんをぎゅっと抱きしめた。 その様子をお姉さんはカメラにおさめていた。 そして、息子さんに「落とさないでね。」と赤ちゃんを抱かせた。 スタッフ全員の心配をよそに、Kさん達は新しい家族を優しく迎えいれた。 とても静かに時間が流れているように思えた。 後日、Kさんがメモルに言った。 「実は上の子たちも、みんな奇形があったんです。 私とだんなの相性の問題なのかな。分からないみたいだけど。でもみんな元気なんですよー。 できれば顔の奇形はやだなぁって思ってたんですけど。でもとってもかわいい。 私もしかしたら、うさぎなのかも。」 そう言って、笑った。 結局、Kさんの希望は「お姉さんと息子さんに立ち会ってもらうこと」しか叶えることができなかった。 メモルの中では少し後悔が残っている。 でも、Kさん家族が新しい家族の増えたことを家族全員で喜び、幸せに暮らしていることが想像できるし、それを思うとメモルはついつい微笑んでしまう。 |