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ある病院にひとりの女の赤ちゃんがバスタオルに包まれ、搬送されてきた。 弱々しく泣くその命は、デパートのトイレで生まれた。 閉店後のデパートのトイレ、従業員が最後の点検をした時、その赤ちゃんは発見された。 へその緒と胎盤はついたままだったが、へその緒はきちんとハンカチでしばられていた。 通常、赤ちゃんが生まれるとすぐにへその緒からの血流を遮断する。多血症になるのを防ぐためである。 母親は出産経験者なのか? 少なくともそんな知識のある人なのだろう。 赤ちゃんは低体温を起こしていた。35.5度。新生児の正常体温は37度前後。 すぐに保育器に収容され、体にサランラップを巻き、保温がはかられた。 呼吸状態も不安定であったため、酸素投与が行われた。 生まれてからそれほど時間がたたずに発見されたためなのか、多血症や低血糖などは起こしておらず、その他に特に問題はなかった。 翌日には呼吸状態も安定し、元気に泣くようになった。 ミルクを飲むことも可能と判断された。 赤ちゃんは『ななちゃん』と呼ばれていた。 誕生した時間は分からないけど、間違いなく7日に生まれたのだから。 お母さんもこの日付けを忘れるはずはない。 必ず迎えに来てくれるから・・・。 と、婦長さんがつけてくれた。 助産婦が哺乳瓶でミルクをやろうとだっこした時、ななちゃんが笑った。 そうだよね、こうやってママにだっこされたかったよね。 ママに抱きしめてもらいたかったよね。 この笑顔を見たら、ママもきっとあなたをぎゅっと抱きしめるのにね。 ごめんね、私はあなたのママじゃないんだよ。 助産婦は、ななちゃんをぎゅっと抱きしめた。 ななちゃんが笑ったのは、感情的なものではない。『新生児微笑』と言われるいわば反射のようなものである。 でも、この笑顔を見て喜ぶお母さんは多い。 ななちゃんのママにもこの笑顔を見てもらいたかった。 思いとどまってくれたかもしれない。 でもね、ななちゃん、あなたのママはあなたを捨てたくて捨てたわけじゃないよ。 だって、ちゃんとへその緒をしばってたんだよ。 産んで、そのままにしておくことだって、できたんだよ。 ママは、ななちゃんに生きてほしかったんだよ。 頑張ろうね、頑張ろうね。 助産婦は泣いた。 1週間の入院後、ななちゃんは退院となったが、ママは迎えに来てくれなかった。 ななちゃんは乳児院に預けられることになった。 いつかママが迎えに来てくれると信じて、病院スタッフは、ななちゃんを見送った。 「助産婦になって一番つらい経験だった。」と先輩助産婦さんが話してくれた。 この世に生まれた瞬間から試練を背負ったななちゃん。 ママが迎えにきてくれるといいね。 たくさんの人に愛される人になってね。 力強く生きてくれることをメモルは願ってます。 |