NO16 ゆうの 25年間の記録

だいすき2


ゆう・・・16歳の春 暖かな日差しの差すピカピカの校舎で、高等部の入学式が行われました。

もちろん、全員 高等部の入試(校長先生と、一緒に遊ぶ事だった・・・のである)も、無事に 終わっていましたが・・・・(∩.∩)

6人のお友達は、4人は寝たきりのお友達だったけど、みんな それぞれに
 個性があって ゆうの大事な クラスメートでした。

担任の先生も、3人(男性1人 女性2人)いらしたので、目が行き届き 毎日を、楽しみながら 通学していました。

その年の夏までは、調子よく 通っていましたが・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その後、また・・・脳圧亢進の為(脳圧が上がり、激しい頭痛と嘔吐が起こる) 苦しむ日が 増えて行きました。

その頃は、これ以上 手術が出来ない! と 言われていましたので、具合が悪くなっても 入退院を 繰り返すだけで 一向に良くならない 状態のまま 1年生の冬を迎えました。

その間の色々な 検査で、ゆうの病名が また 増えました。(NO11に書いている 病名プラス)

・頭蓋低陥入症・・・(頭蓋骨が頚椎に、入り込んでいる病気)

・クルッペルフィル症候群・・・(2たつ またはそれ以上の頚椎{首の骨}の分節障害による奇形・・・ゆうは 普通の人が7本ある頚椎が5本しかなく2本が繋がってしまっていました。)


・それから、一番 難しいのは、頚椎の先が曲がって 脳幹を圧迫していると言う事で、 後何ミリか 動けば、呼吸障害を起こし 助かっても、一生人口呼吸器をつけた状態になるとの事・・・朝起きた時に 息が無い事もあるし それが、いつ起こるかは 誰にも予測がつかないとの事!


・それを、治す為には 首の骨を外して手術するか 口からの手術しか方法が無く・・・その段階では不可能との事!

その事は、本人も知っていた・・・(ゆうが、寝ていると思われて、話されたので・・・(/・_・\) 残酷やね~~)

――――――――――――――――――――――――――――――

それから、間も無くして ゆうの脳圧を下げる為の 減圧術をする事になり入院・・・
また、脳血管造影や、MRI RI などなどの検査 検査・・・

10月の終わりに入院して 1ヶ月以上の検査が続き・・・

「検査の結果、減圧術は 手術の時の 体位が問題で、術中に 呼吸停止になる恐れがあり、今回は 見合わせます。」って・・・

「そんな~~~」と、全身の力が抜けてしまいそうでした。

脳外科のH先生は、ゆうが 生まれた時からのお付き合いだから それは それは、一生懸命 ゆうの事を 考えて頂きました。

入院中も、具合が悪い日が 多かったので、何とか 手術が出来ないものかと、H先生も悩まれて・・・

滋賀県の脳外科の先生が 首の骨を外して手術を成功されていたので、その先生に来て貰って 手術をしよう・・・と、言う事に なりました。

それで、またまた 検査の始まり 始まり~~

睡眠障害を 調べる為に 大学病院に1泊2日の お泊り検査から・・・ありとあらゆる検査を行い その年の暮れ・・・滋賀県に ゆうの検査結果を 送られました。

滋賀県からの、 「手術不可能」 の返事が来たのは・・・新しい年を迎えた1月の終わりでした。

大きなため息をつき

「仕方ないね。ゆう 医学の進歩を 待ちましょう・・・必ず、生きていたら 必ず 手術が出来るようになるからね・・・それまでは、絶対大丈夫だから・・・ね! ゆうは 決して 死なないからね!」

「うん、僕ね どんな手術でも受けるよ 病気が治るんだったらね。」

自分自身にも、言い聞かせながら ゆうを いつまでも抱きしめて いました。


                    明日へつづく


© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: