17. Saar Riesling Sommer
その週末はザールのワイン祭りだった。ザール地区はエリアとしては比較的こぢんまりとしており、川沿いにまっすぐ走れば多分 20
分かそこらで通り抜けてしまう。そこに点在する 10
の醸造所が門戸を開放し、あちこちハシゴして試飲出来るイヴェントだ。
最初にファン・フォルクセン醸造所から車で 5 分ほどの、オックフェン村の Dr. フィッシャー醸造所に向かった。ひとしきり村の中で迷ったあげく、ようやく Dr. フィッシャー醸造所にたどり着いたが人の気配がない。裏庭はそのままボックシュタインの葡萄畑につながっていて、真っ青に晴れ上がった空をパラグライダーがゆっくりと旋回していた。しばらく眺めていると中から人が出てきた。フィッシャー家の跡取り兄弟の一人だという男によれば、会場は村の公民館に変更されたのだという。村長の鶴の一声で決まったとかで、あんな狭いところでやるより、ここでやった方がずっと気分が良いのに。暑ければ天幕を張ってさ、去年みたいに。と、少し残念そうに言った。
村の入り口付近で公民館を見つけ、 35Euro 支払って腕輪をつけてもらう。これがあれば祭りの会期中、参加醸造所を好きなだけまわることができる。幼稚園のような公民館は確かに狭く、天井もやや低く、村人が集会を開くには十分な広さかもしれないが、 Dr. フィッシャーの他にも著名醸造所が 3 軒出展していることもあって大勢の人がいて、しかも空調は無く、全開にした窓から吹き抜ける乾いた風が救いだった。

個人的に注目していた
Dr.
フィッシャーは、
2013
年産からモーゼルのザンクト・ウルバンスホーフと南ティロルの
J.
ホーフシュテッター醸造所のオーナー達が資本参加して、共同経営という形で新たなスタートを切っている。色々と設備投資を行ったそうで、春にマインツで開催された
VDP
の新酒試飲会では好印象を受けたのだが、今回はそれを裏付けるまでには至らなかった。
Dr.
フィッシャーだけでなく、その会場にあった他のワインも心を浮き立たせるまでに至らなかったのは、会場が暑すぎたのか、ワインが暑さにさらされてから急冷されたせいなのか、あるいは朝からずっと試飲を続けて、感覚が鈍っていたからなのかもしれなかった。
オックフェン村の公民館の次は、シャルツホーフベルクのビショフリッヒェ・ヴァインギューターに移動した。ここはエゴン・ミュラーの館の裏手にある醸造施設で、もともと修道院だった地所が、ナポレオンによる教会財産の世俗化政策で競売にかけられ、それを落札したのがエゴン・ミュラーの祖先だった。その後、競売は無効とする訴えを大司教側が起こした結果、館の前半分はミュラー家に、後ろ半分は大司教の所有となったと聞いている。
照りつける午後の日差しを逃れ、タイル張りの建物の中に入るとやはり涼しかった。そこにゲストとして出展していた 3 醸造所の一つがヴァインホーフ・ヘレンベルクで、ご主人のマンフレッド・ロッホ氏と会うことが、今回の旅の一つの目的でもあった。
1992 年に副業として醸造所を設立したマンフレッドのワインに出会ったのは、トリーアの、今はもうないワインバーだった。凝縮した果実味と明瞭なオレンジのヒントという記憶からすると、 1999 年産だったかもしれない。一杯飲んでとてもおいしかったので、醸造所に電話して、訪問していいかどうか聞いた。電話に出たのは奥さんのクラウディアさんで、そうなの、そんなに気に入ったのなら来ても良いわよ、と言ってくれたのを覚えている。
醸造所はショーデン村にある普通の一軒家だった。どこにも醸造所と書いて無くて、周囲にそれらしい建物もなく、 Loch という表札があったので呼び鈴を押した。中から出てきたのは快活な、どこかしら喜劇俳優を思わせる-ドイツの子供向け番組で、なんでも自作してしまう眼鏡の叔父さんがいるが、彼に少し似ていた-男で、それがマンフレッドだった。
あの時、我々はごく普通の家の居間で、ワインを飲みながら話をした。ワインバーで飲んだ以外のワインも、それまでに飲んだどんなモーゼルやザールのリースリングよりも濃厚で味わい深く、ミュラー・トゥルガウまでもが信じられないほどパワフルだった。
我々が居間で話している間、隣の部屋では明かりを消してテレビを見ている家族がいた。ロッホ氏の母と男の子達で、番組は "Wetten, das...?" という人気番組だったと思う。普通の家庭に土足で上がり込んでしまったような、申し訳ない気持ちがした。
あの時、薄暗い今でテレビを見ていた男の子が、目の前のマンフレッドの隣にいる青年だと知ったときは驚いた。まさかこれほど立派になっていようとは!

考えてみればあれから
10
年以上経っている。小学生くらいだった子供も、
10
年あれば立派な大人になるのだ。醸造所を継ぐつもりで、確か今年からだったか、醸造学校に通うそうだ。なんてこった!
時の経過のなんと早いことか。その間に流れた歳月を思ったとき、なんともいえない感情が胸の底から一気にこみあげてきて、あやうく慟哭しそうになった。昨年 4 月に 3 年ぶりにモーゼルを訪れた時、トロッセンの後ろをついてマドンナの畑の小道を上っている時も、声を上げて泣きそうになるのを抑えるのに苦労した。
こういう時、何故泣きたくなるのだろう。長い間会いたかった者に再会したときに味わう感情なのだろうか。切ないような、うれしいような、そして突き上げるような激しい情動で、試飲に訪れた大勢の人々の手前、それをなんとか押さえ込むことに成功してほっとした。そしておもむろに試飲を続け、写真を撮った。彼らに会えてよかった。

(つづく)
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