そういちの平庵∞ceeport∞

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昭和


スーツを着てた
スーツ姿で北大の学会で発表したそうな
専攻は構造建築学だそうだ
野球ゲームをしてると教授からよびだしの電話が来て
すぐに帰る明日またくるそうだ
僕の方は体調不良でその後すぐ寝る
夕方起き祖父の日記をパラパラめくる
日米対抗大学野球の入場券や新聞の切り抜き
昭和六年のもの・・・水原の名がある
当時の大相撲の星取表・・・羽黒山の名がある
映画ターザンのパンフ
演劇や歌舞伎、映画、音楽コンサートの感想などが書いてある
この辺りの趣味が僕に似てると祖母は生前僕に良く言ってた
仕事の事も部下の勤務評定や日銀に帝国ホテルに僕の知らぬ企業や個人と言った当時の取引先とのやり取り
激動の昭和を生きた一人の男の物語祖父はこの後徴兵で1度戦争に行った後、志願してフィリピンに行く何故志願したか?祖国や家族を守る為
行かなくとも三越の重役として悠々と暮らせたはずなのだ
・・・古き良き時代って奴だ・・・ONLY YESTERDAYS
祖父母が結婚したのは昭和3年
札幌に居たのは昭和6年から9年
父が生まれたのが昭和13年
僕が生まれたのが昭和41年
遠き時代に思いをはせる
日記の前書きに
「今年で結婚して3回目の正月を迎えるそろそろ余も落ち着かねば書籍漁りと食べ歩きの浪費癖をやめたい」と書いてある
余だもんなあ・・・スゲエ
昭和も遠くなりにけり
思えば遠くに来たもんだ

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