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2015.01.12
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テーマ: 鉄道(27257)
カテゴリ: 鉄道フリートーク
皆様、おはようございます。3連休も最終日になりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

今日は先日の北陸の旅で行ってきた、加越能鉄道加越線井波駅 (富山県南砺市) を訪ねてきました。

この加越能鉄道加越線は、1912年 (大正元年) 、庄川で輸送していた材木を鉄道輸送にしたいと地元の有力者により 「砺波鉄道」 として設立されました。そして1916年 (大正4年) に福野~青島 (後の庄川町) 間が開通しました。

後にこの鉄道を金沢まで延長したいという構想から 「加越鉄道」 (いするぎ) ~福野間が開通して、石動~庄川町間が全通したのです。富山県では初の高架線やガソリンカーの導入など、当時としては先を行っていた鉄道でした。

1943年 (昭和18年) には戦時中の企業集中合併で 「富山地方鉄道加越線」 となり、1950年 (昭和25年) には 「加越能鉄道加越線」 となりました。

戦前は小牧ダムの建設の資材輸送や、戦後の材木輸送などで賑わった加越線も、材木輸送がトラックに切り替えられた昭和40年代になってくると赤字路線となり、存続が取りざたされてきました。しかし地元にとっては、貴重な足。廃止は絶対に避けたい事態で 「加越線廃止反対期成同盟会」 まで設立され、反対運動が起こりました。

しかしその活動も空しく、1972年 (昭和47年) 9月15日に 「加越能鉄道加越線」 は廃止され、その歴史の幕を閉じたのでした。


(昭和9年) に井波の宮大工の手によって造られたものだそうです。加越線廃止後、東側へ移築されたものだとか。

館内には、井波の欄間彫刻や特産品が展示紹介されている他、加越線の懐かしい写真も展示してありました。

福野駅に貼られた 「加越線廃止のお知らせ」 です。他にも、加越線を走るキハの懐かしい写真などがありましたが、著作権の関係により、紹介は控えさせていただきます。

駅舎裏側に回ってみましょう。ふと見ると、その近くの小屋に何やら鉄道車両のレリーフが貼ってあったので行ってみることにしました!



加越線開業当初に走っていた蒸気機関車のレリーフです。


ディーゼル機関車DL101のレリーフです。1952年 (昭和27年) 、汽車会社製のロッド式機関車で、1日1往復の貨物列車をけん引していました。


キハ187です。1964年 (昭和39年) 富士重工製で、加越線では最後の新車でした。廃止後は、関東鉄道常総線に移籍し同線のキハ721となりました。


次にキハ162です。1937年 (昭和12年) に国鉄キハ42000形として川崎車輌で製造され、戦後キハ0724と改番されて1964年 (昭和39年) に滋賀県の江若鉄道 (昭和44年全線廃止) に移籍して、同鉄道キハ24に。翌年、前面の貫通化などの大改造を受けてキハ5124となり、江若鉄道が廃止された1969年 (昭和44年) に加越線にやってきました。加越線では唯一のセミクロスシート車でしたが、座席のピッチが狭く 「お猿の電車」 という有難くないあだ名がついていたとか。廃止後は、関東鉄道常総線に移籍し同線のキハ551となりました。この時、座席のロングシート化や中ドアの両扉化等が行われています。


キハ173です。1952年 (昭和27年) に新潟鉄工所で製造された国鉄キハ07106で、加越線には1968年 (昭和43年) に入線しました。同じ国鉄キハ07出身のキハ162が大改造をされていたのに対して、このキハ173は座席がロングシート化されていた以外は外観も原型をとどめていました。廃止後は、関東鉄道常総線に移籍し同線のキハ611となりました。この時、片運転台化や前面の貫通化が行われています。


キハ126です。2度の車庫火災で失われた車両を補てんするために急きょ製造されたキハで、1957年 (昭和32年) 東急車輌製。東武鉄道熊谷線キハ2000形とは同形で兄弟車に当たります。自社発注車としては初の液体式変速機を有していました。キハ125と126の2両が製造され、廃止後は、キハ125が関東鉄道鉾田線のキハ431、キハ126が関東鉄道鉾田線のキハ432となりました。


ちなみにこちらが、東武鉄道熊谷線 (昭和59年全線廃止) のキハ2002です。加越線キハ125・126と違うのは、ヘッドライトの形や車内が東武がセミクロスなのに対して、加越線のはロングである事です。

キハ187、キハ162、キハ173の3両は、常総線での活躍を終え既に廃車されましたが、キハ125と126は関東鉄道鉾田線が1979年 (昭和54年) に鹿島鉄道として分社化された後も主力車として残り、2007年(平成19年)3月31日の同線廃止の日まで走り続けました。


石岡駅での鹿島鉄道キハ431 (元・加越線キハ125) です。その塗り分けから 「金太郎」 のあだ名がありました。


鹿島鉄道キハ432 (旧・加越線キハ126) の車内です。ロングシートが一直線に続いているのが分かります。

鹿島鉄道廃止後、キハ431 (元・加越線キハ125) はしばらく鉾田駅跡で保管されていた後移動し、現在では鹿島鉄道記念館 (通常は非公開) にて静態保存されています。


鉾田駅跡で保管されていた時の鹿島鉄道キハ431 (元・加越線キハ125)


キハ432 (旧・加越線キハ126) は、茨城県小美玉市の小川南病院に引き取られ、現在では同病院の老人福祉施設になっています。




小川南病院の鹿島鉄道キハ432 (旧・加越線キハ126) [許可を得て撮影]


いずれもレリーフも、さすが欄間彫刻の町・井波だけあって素晴らしい出来栄えでした。目を閉じると、今でもディーゼルエンジンの音を響かせて、加越線のキハ達が走ってくるかのようでした。

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最終更新日  2015.01.12 09:48:35
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