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2009年07月06日
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「ちい姫ぇ~~~♪」

 とろけそうな笑顔で迎えられたのが自分でなくちい姫だったのが、友雅には少し不満だった。

「私をお呼びだと聞いたがねえ、奥方様。」
「だって、奥向きのお仕事がいっぱいあって、今日はまだちい姫に会ってなかったんだもの。」

 京の街中に居を移してから、あかねの身の回りも格段に忙しくなった。召し使う家人も増えたから、少納言や家司が取り仕切るとはいうもののそれぞれの決済はあかねが目を通さねばならず、見てもよくわからないものだから当然時間もかかる。重要な行事が立て続けにあるときなどは、友雅が宿直で留守にしていたりすると寝る間も惜しんで見ているほどだったから、心配した少納言と乳母の勧めで、あかねの仕事だった授乳も、ちい姫の離乳食が始まると共に止めてしまったほどだった。寂しかったが、北の方たる者は邸を支えていく家刀自の役目の方に重きを置くのが京の貴族の常識だと言われればそれに従わざるを得ない。
 水無月に入ったから、家人の夏の衣料の支給や晦日の祓えの支度がある。もちろん、友雅の夏の料も整えなくてはならない。それだけでも目が回りそうなのに、今日は土御門から公式の文が来た。藤姫の私信ではなく、本邸の……中宮様から。

「お里下がりをしておられるのですって。親王様をお連れになって。」

 そういえば、と、友雅も思い出した。中宮様のお里下がりは友雅の役目ではなく、左大臣家が取り仕切ることになっているから、お召しはなかった。しかし、内々で守り役を仰せつかった親王様もご一緒だから、ご機嫌伺いをして帝にご報告申し上げる役目がある。面倒だとつい忘れがちになっていたが、お文が来たとあれば知らぬ顔もできない。

「では、お伺いしなければならないねえ。いつ、行くんだい?」


 ちい姫も連れてとのご注文があったのだという。

「お任せ下さいませ。」

 乳母の君がぽんと胸を叩いた。

「ちい姫様のご衣装の心配なら遊ばしますな。すぐにでもご用意いたしますよ。」
「ありがとう。じゃあ、すぐにお返事を書くわ。友雅さんはいつでもいいの?」

 微笑んで頷く友雅に、じゃあ、明日にでも伺いますと書くわねと、あかねは料紙を選びに奥へ向かった。ちい姫を抱きしめて頬ずりするのは忘れなかったが、ちい姫を抱く友雅には軽く手を振っただけだった。

(まったく……)

 寂しいような嬉しいような、複雑な気分が友雅を支配する。崩された文字に途方に暮れていた顔、ましてやその文字を書くなど思いもよらず、しかしこの世界に残ったからにはと友雅の書いた手本で思い詰めたように手習いをしていた大堰の日々が甦る。早く慣れるようにと乳母子の少納言を傍付きに頼み、彼女の訓育であかねは友雅の望むとおりの京の北の方になった。そしてその結果が、これだ。
 つれないねという言葉を珍しく友雅は飲み込んだ。激情が穏やかな愛に変わっていく。
 友雅はちい姫を抱きなおした。嬉しげな笑い声が上がった。





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最終更新日  2009年07月06日 21時08分41秒
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