ナラティヴ ひとり語り

ナラティヴ ひとり語り

・・・「柏葉幸子の本1」


      『かくれ家は空の上』    (  〃  )

 柏葉幸子さんの作品を紹介しよう。この人のお話には必ずと言って良い程、自分の思いをちよっとがまんして周りの人の為に行動する男の子や女の子が出て来る。そういった主人公を見ると、山本周五郎の『さぶ』の中の女性や、斉藤隆介の『花さき山』の少女を思い浮かべる。けれども、柏葉幸子さんの描くお話はどれも痛快で、悲し気な雰囲気はみじんも漂っていない。そして、自分の気持ちをちょっと押さえて人の為に行動するといった事が、お説教じみていたり鼻につく感じがしたりしないのだ。お話の中にさりげなく忍ばせているという具合。けれど、この人の作品を色々と読んでいくと、そういう男の子や女の子を大切に描いている事が良く分かる。その中でも、それが際立っているのは『天井うらのふしぎな友だち』だと思う。
 又、『かくれ家は空の上』や『ドードー鳥の小間使い』を読んでいると、私は『星の王子さま』を思い浮かべてしまう。けれど、『星の王子さま』のように悲しくはない。
 『ドードー鳥の小間使い』では、小学5年の男の子タカがわがままなドードー鳥に振り回される。『かくれ家は空の上』では主人公のあゆみが、臭くて、汚くて、口の悪い魔女の世話をする羽目になる。けれど、これらのお話に悲愴感が全く感じられないのは、この作者が人間の限界というものをわきまえているからなのだと思う。主人公達はぶつぶつ文句を言いながらも厄介な者達と関わっていく。けれど、それは人間の出来る範囲内でのことだ。人間をどこまでも人間として描いている。ファンタジーを描きながらリアリティーに貫かれているように思えるのはそのためかもしれない。
 『星の王子さま』は自分の星に置き去りにしてきたバラの花の所へ帰ろうとしてヘビに咬まれて死ぬ。体が重すぎて持っていけなかったからだ。(「ぼく、とてもこのからだ、持ってけないの。重すぎるんだもの」『星の王子さま』より引用)『星の王子さま』には愛そうとして愛しきれない人間の悲しさが描かれているようで、胸が塞がれる。けれども柏葉幸子さんのお話の中では、主人公達は、他人(ひと)のためにちょっとだけ自分の思いを我慢すればいいのだ。友だちの為に命を捨てるような事までしなくても良い。
 「誰かの為に自分の思いをちょっとだけ我慢する」、お話の最後に約束されているハッピーエンドは,そんな男の子や女の子への作者からのご褒美のようだ。

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