*mypace*

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2007.05.17
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炎天下の中、黄色い声援と共にバッターボックスに立つアイツ。一塁側のフェンス越しから覗き見えた奴の顔はいつになく真剣だった。

別にその姿から目が離せなくなったとか、そんなんじゃねぇ。ただ偶然通りかかったから、ついでにあの野球バカの失敗して恥掻くとこでも拝んでやろうと思っただけだ、そう自分に言い聞かせて、その場で歩を休める。


(あちぃ…)


グラウンド全体を眩しく照らす光は、夏が近づいていることを感じさせた。日本はイタリアよりも気温が高く、太陽はじりじりと容赦なく照り付けてくる。まだこちらの天候に慣れていない為、これからの時期はオレにとってはかなり辛い。

そんな中で、走り回って汗を流して、土の泥でユニフォームを汚す少年達。一つ球がバットに当たれば、ガッツポーズと満面の笑みではしゃぎ合う。そこに何の意味があるのか、オレには分からない。
でも、オレにとってマフィアの世界が絶対的であるように、アイツにとっての“野球”はそれくらい価値のあるもんなんだろう。




山本が大きくバットを振ったと同時に高く響いた効果音。
足を切って走り出した山本が、一塁を踏む寸前一度こちらを振り向いて笑った。

何故かその場に居たたまれなくなったオレは、山本がホームまで戻ってくるのすら見送らずに甲高い声援に包まれたグラウンドに背を向けてゆっくりと歩き始めた。






なのにそれからすぐさま、グラウンドから数十メートル離れたオレに一番に声を掛けたのは、たった今までその場所で活躍していたあの野球バカで。


「獄寺ぁ~待っててくれたんじゃなかったのかよ」


はぁはぁと息を切らせて走ってきた山本が、オレの肩を掴んで引き止める。


「ハァ?誰がお前なんか待つかよ」
「ははっ、ひでぇなぁ」


左手で汗を拭った山本は、さっきのと似た笑顔でオレに笑いかけた。
この笑顔を見るとオレはいつも苛々して、身体が勝手に火照ってくる。ったく、それでなくてもクソ暑いってのに…

目線をそらして、無視して歩き出そうとしたオレに、山本が猫撫で声で甘えるように言った。


「なぁ獄寺、着替えてくっからもうちょっと待っててくんねぇ?」
「だから何でオレが……ッ」
「だって、獄寺はオレの恋人だろ?」
「だっ、」


誰が恋人だ、といつものように否定の言葉を投げかけようとしたが、何を言い返そうと叫んでも、コイツには無駄だということに気付き口を噤む。今は体力を消耗するだけだ、と呆れたようにため息を吐いた。


「あのなぁ…お前なら一緒に帰ってくれる奴大勢いんだろ。つーか一緒に帰って欲しいと思ってる奴ばっかだぜ、あそこにいた女ども…」


ふと、フェンス越しに山本を応援する女達の顔が脳裏に散らついた。
頬を染めながら山本をひたすら見続けてる奴もいれば、友達同士でカッコイイなどと叫び合ったしてる奴もいる――――そしてそんな山本に笑顔を向けられれば、誰もが興奮してキャーキャーと高い声で喜んで、笑い合って…。

太陽の光と羨望と憧れの眼差しに照らされながら、彼女達に笑いかける山本を思い浮かべて、身体のどこかがチクリと痛んだことに少し驚く。


「さっきだって…マジうるせぇったらねーよ。こんな男のどこがいいんだか…」


その感情の意味もよく分からないまま、勝手に口から発せられる言葉。
訳が分からない。そんな自分の感情に苛立ったオレは、チッと舌打ちをして「じゃーな」とひらひら手を振って歩き出したが、後ろから飛んできた思いがけない言葉にもう一度振り返ってしまう。




「獄寺、それって……、 ……ヤキモチなのな!」




それまで黙っていた男が急に発したその言葉は、オレの足を再び止めるのには充分なもので。一瞬、山本の言った事がよく分からずに、ここから去る筈だった身体も言葉を発する筈の唇も固まった。
ヤキモチって、アレか?好きな奴が他の誰かと話してるの見てムカついて八つ当たりしたりする……


「なっ、バッ、何言ってやがんだテメェ!!」
「照れんなよっ!」
「照れてねーーーッ!んな訳ねぇだろアホ!!」


何を言っても嬉しそうに「うんうん、そうなのなー」と相槌を打つ山本に愛想を尽かし、オレは今度こそその場を立ち去ろうと早足で歩き出した。
山本と関わるといつも疑問符ばかりが頭の中を浮かび巡る。コイツは何でいつもオレにばっか絡んでくんだ?どうしてそんないい笑顔で笑うんだ?優しく…するんだ?

そしてオレは――――  オレはどうしてこんなにもドキドキしてんだ?



(ガラにもねぇ…)




「何怒ってんだよー獄寺ぁー」
「別に怒ってねーよ!ついてくんなッ!」


「嘘、怒ってんじゃん」



山本のいつもより低い声を背中で聞くと、足早に前進していたオレはパシリと腕を掴まれ、身体を翻させられた。あと数センチのところまでそっと顔を近づけられる。唇を重ねるには充分な距離――――その距離は少しずつ縮まって……




「…んぅ……っ、」



唇に当てられた生温い感触に、オレは不本意にも反応してしまう。
一瞬のキスだったけれど、それは結構濃厚なもので。目を細めてたった今自分から離れた唇の端を上げる相手の顔を、オレは複雑な気持ちで睨みつけた。山本はますます嬉しそうに笑って言葉を続ける。



「あのな、獄寺。オレは獄寺がいいんだけど」
「………?」

「一緒に帰りたいって思うのも獄寺だし、こうしてキスしたいって思うのも……他の誰でもない、お前なんだ」


表情はいつものようにヘラヘラ笑っているようなのにその瞳だけはやけに真剣で――――無意識に頬が真っ赤に染まっていくのを抑えきれない。


「だからさ、今日は一緒に帰って下さい」


そう言った山本の顔は気のせいか少しだけ赤に染まっていて、思わず目を見開いてしまった。そして、突然使われた彼には似合わない敬語に違和感を感じて、オレは思わず噴き出した。


「……ぷっ、何でそこで下手に回んだよ」


折角カッコつけた台詞が台無しじゃねーか。バッカじゃね?



…でも


「…~~~あ~もう!しょーがねーな!今日だけだぞッ!」

その顔に免じて、今回は甘く見てやろう。



「早く着替えて来いよ。2分以内に着替えてこねーなら先帰っからな!」
「2分?!もうちょっとゆっくりさせてくんねーの?!」
「いーや、2分!」
「疲れてんのに…」
「テメェの都合なんて知るかよ!とっとと行かねーと時間は過ぎていくぜー!……いーち、にー、」
「わ、分ーったよ!!すぐ戻ってくっから待ってろよ!」




絶対だかんな!なんて念押ししながら走り出した山本の後ろ姿に、少し優越感を感じながら――――オレは呟いた。


「ったく、お前には……」


そこまで言ってから、慌てて一瞬心の中で思った言葉を訂正し、今度は山本にも聞こえるような大声で叫んでやる。


「お前にはぜってー負けねぇー!」


オレの声に振り返って立ち止まり微笑んだ山本は、左手を上げてオレの心を詠んだかのような台詞で叫び返す。


「そこは『お前には勝てねぇな』って可愛く笑って言ってくれるもんなんじゃね??つーか今そう言いかけたよなぁ、獄寺??!」
「っ、誰が言うかよ、バーカ! あと1分ー!」
「あっ、ひでぇ!!!まだ1分経ってねーだろーー!!」








眩しくオレ達を照らす太陽と、爽やかな空の青――――その下で交わす会話は、いつもと同じなのにどこか違う。
暦上での夏まであと少し。




確かにお前のその馬鹿が付く程の素直さには、いつまで経っても勝てる気はしねーよ。
けどぜってー負けてもやんねぇ。お前とは同等の強さで、隣…いや、それより前をオレは歩いてやる。

でも、やれるもんならやってみな。
お前のその強い心で、オレを焼き焦がしてみろよ……




もちろん、真夏の太陽が活躍し始めるより先に――――だぜ?





***




ダークなのも好きだけど、あえて萌えと言ったらバカップル!





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xxx那由xxx @ wave&riverさんへお返事 お久しぶりです~~~!!! コメントあ…
wave&river @ お久しぶりです! お元気そうで何よりです~(^^) あち…
xxx那由xxx @ masashi25さんへお返事 訪問&書き込みありがとうございました(…
xxx那由xxx @ のんのんさんへお返事 そうなんですよ~! や、通路側じゃなか…
xxx那由xxx @ のんのんさんへお返事 でこ出し確かに可愛かった…!!(^◇^) …

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