発達障がいな息子たちとの日常

発達障がいな息子たちとの日常

私と音楽

【ルーツ】
母方の祖父は 能楽の謡 の師匠、母は を叩いていた。

【始まり】
3歳の頃、母の意向で ヤ○ハ音楽教室 へ。
喜んで通い出したものの、病弱だった私は度々欠席することがあった。
欠席する度に一歩一歩皆から遅れてゆくことを、自分で感じていた。
わずか数ヶ月で退学(?)。

【ピアノ】
小学3年生。
母の勧めで 個人教室 へ。
ピアノは母がへそくりを貯めて購入してくれた。
無理強いをしない先生と、こじんまりとした雰囲気が私には合ったので、中学2年生まで続く。
小学6年生。
発表会で歌の伴奏を務めるが、本番では緊張でボロボロ演奏。
短大1年。音楽の授業。
楽器でも歌でもいいから自分の得意な音楽で好きな曲を披露するという課題が与えられる。
お嬢様学校だったので、フルートやバイオリンなど自分の地元では見ない楽器を間近で見て驚く。
ピアノはやめてからほとんど弾いていなかったが、人前で歌うのも嫌で必死に練習する。
しかしまともに弾ける曲がなく結果は散々。
しかも教師が嫌いなタイプだったため授業も嫌いになり、一時ピアノから遠のく。
アルバイト先で知り合った彼氏に 「ジョージ・ウィンストン」 のコンサートに連れて行ってもらい、
ジーンズに裸足で弾くジョージのとりこになる。

【部活】
小学4年生。 鼓笛。
4年生のうちはピアニカしかやらせてもらえず不服に思っていた。
小学5年生。
憧れの バトン部 に転部。
しかしこの頃デブ街道まっしぐらだったためユニフォームがきつく、運動会での自分の写真を見て愕然とし、退部。

【アイドル】
小学校低学年時代。
もちろん ピンク・レディ。 地声も低く地味だったのでケイ派。
小学校高学年時代。
西条秀樹 。でもローラぁ~は嫌いだった。
中学時代。
近藤真彦 。たのきん旋風の真っ只中。
高校1年。
稲垣潤一 。ドラムを叩きながら歌う姿に惚れた。
2年。
好きな男の子に顔が似ているという理由から惚れた 大沢誉志幸
ファンクラブにまで入会し、一人大阪のコンサートにまで一泊で出掛けたことも。

【洋楽】
高校3年生。
音楽の教師が気に入っていた 「ケイト・ブッシュ」 を授業で聞き衝撃を受ける。
以降、洋楽の世界に惹かれる。
短大時代。
アルバイト仲間の洋楽一辺倒の男の子の影響で、ありとあらゆる洋楽を聴く。
旦那と知り合い、サーフィンを始めた旦那の影響で レゲエ にのめり込む。
結婚式。
BGMはすべて自分で選曲、式場はレゲエのライブ場と化す。

【歌】
平成14年。
子供を通じて知り合った友人が歌っていたサークル 「warm hearts」 に入会。
地声とは正反対のソプラノパートに。

【和太鼓】
平成14年。
市の生涯学習講座の和太鼓講座に申し込み、約半年で講座終了。
和太鼓を続けたくなり、講座のお手伝いをしていたサークル 「どんど鼓座」 に入会。

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