Nonsense Story

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奇妙な隣人 2-2



曰く (2)
奇妙な隣人 2

 もし先輩の言うとおりだとするなら、あまりにひどい話だ。気の毒すぎる。
「それに、ストーカーが女子高生で、十代の女の子が男を刺したと考えるよりも、その反対の方が現実的に思えるしね」
 現にきみも信じられないんだろうと言われると、黙って頷くしかない。そんな俺を見て、先輩は少し寂しそうに微笑んだ。ように見えた。
「先輩は行方不明の人と知り合いだったんですね」
「まぁな」
「その人って、やっぱりこの部屋に?」
「ああ」
「すみません」
「なんで謝る?」
「だって、友達だったんでしょう?」
 先輩はその人を信じているのだろう。でも、証拠がないから、無実を証明してやることができない。せめてその人が帰ってきた時のために部屋だけでも守ってやろうと、ここに住んでいるのではないか。そんな相手を、ストーカーやら殺人未遂犯やら言われて、気分がいいはずがない。
 俺は畳の眼に視線を落とした。刃傷沙汰があったせいか、畳はまだ青々としていて、藺草の匂いが立ちのぼっている。
「俺、ストーカー呼ばわりなんかしちゃって・・・・・・」
 俺は、激しい後悔に襲われていた。仮にも同じアパートに住んでいた同年代の人に、軽々しくしていい話ではなかったのだ。いくら昨今は学生同士の近所づきあいも希薄になっているといっても、親密でなかったという確証などどこにもなかったのだから。
 ところが、俯いていた俺の頭に、鼻で笑うような声が降ってきた。
「何か勘違いしてない?」
「勘違いって?」
 顔を上げると、先輩が立て膝に頬杖をついて俺を眺めていた。ごつい黒縁眼鏡の奥の瞳が嗤笑(ししょう)しているように見えて、俺はちょっとムッとした。太くはないが大きな腕が伸びてきて、青いねぇと頭をくしゃくしゃ混ぜくられる。
「子供扱いしないでください」
 俺は先輩の手を払って睨んだ。けれど、相手は一向に堪えない。飄々とした口調で、俺の『勘違い』を正した。
「別に俺はそいつとそれほど親しかったわけじゃない」
「それなら、どうしてこんな殺人があったかもしれない部屋に住んでるんですか? あ、まさか、家賃が安くなったから?」
 この人なら、そういうことも考えるかもしれない。ふとそう思って、満足に食器もない部屋を見渡す。
「いくら表沙汰になってないとはいえ、血が流れたって噂はすぐ広まりますよね。そうなると、あの部屋の借り手はなかなかつかないでしょう。なんなら俺が移ってもいいですよ。その代わり・・・・・・」
 口調は丁寧だが、満面の笑みを浮かべて脅しをかけんばかりに大家に詰め寄る彼の姿が容易に浮かんだ。先輩のことなんて、まだ良く知りもしないのに、やたらと鮮明に。
 会って間もない人に対して、いくらなんでもこの想像は失礼だ。
 俺は頭を振って、口の左端だけを上げて笑っている先輩の姿を脳裏から追い出した。当の先輩は、そんな俺に構わずビールを飲み干すと、空き缶を流しに置いて戻ってくる。
「まぁ、それもあるけど・・・・・・」
 やっぱりあるのか。
「でも、もしこの部屋にいた人が生きていたら、ここに帰って来るかもしれませんよね?」
 その人は、部屋を引き払われているなんて知らないかもしれないのだ。
先輩は畳の上に、どっこいせと胡坐をかいた。自分も時々口に出してしまうけど、人が言ってるのを見るとオヤジ臭く見えるもんだ。
「まず有り得んけど、可能性としてはなくはないだろうな」
 あまりこの話に気が無いのか、先輩の返事はどこか矛盾している。それでも俺は、不思議でならなかった。
「そんなに親しくもない人が、自分の部屋だと思って帰って来るかもしれない所にどうして・・・・・・」
「どうしてだか、知りたい?」
 俺が訊くともなく口にしていると、急に話す気になったのか、そんなことを言う。子供っぽく小首を傾げられて、俺はこくりと頷いた。
 すると眼前に、先程の映像のままの光景が広がって、俺は瞬く間に後悔した。
 先輩は口の左端だけを上げ底意地の悪そうな笑顔を近づけてくると、アルコール臭い息でこう言った。
「面白そうだから」


2.曰く 終 '07.6.22
先輩後輩で10のお題 10.『子供扱いしないでください。』   xxx-titles 様より



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