Nonsense Story

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旧校舎の幽霊 1


 学校に幽霊の噂はつきものである。ぼくの学校も例外ではない。最近よく耳にするのは、旧校舎の幽霊ってやつだ。
 ぼくは今、旧校舎にいる。でも別に、肝試しをしようとか思ってるわけじゃない。だって、その正体はぼく達なんだから。
 うちの高校は、職員室や事務室のある本館、各学年の教室や生物室、化学室などのある北校舎と南校舎の他に、書道教室や音楽室のある旧校舎がある。その旧校舎の最上階にあるのが、今ぼくのいる多目的教室だ。
 この教室は、もともとスライドなどの視聴覚資料を見る為の部屋だったらしいが、現在は南校舎に新たな視聴覚室ができているので今は物置状態になっている。
 ぼくはいつもの定位置である南端の窓際の席に腰を下ろして、購買で買ったパンをビニール袋から取り出した。隣の机には、地球儀がでんと居座っている。
 一つ目のパンを食べ終わる頃、もう一人の幽霊、赤松がやって来た。
「何で窓開けてないの? ひょっとして花粉症?」
 違うけど、と言うと、赤松はぼくのいる席の横の窓を開けた。春のあたたかな風と共に、昼休みの喧騒が遠くから聞こえてくる。
「赤松もあの噂耳にしてんだろ?」
「噂って? ここに幽霊が出るっていう?」
 彼女はぼくの前の席に座って、弁当の包みを開いた。体をぼくの方によじって、おかしそうな顔をする。
「もしかして信じてんの? 意外とそういうの信じるタイプなんだ?」
「あのな。信じるわけないだろ」
 ぼくはがっくりきた。
 赤松は少々、いや、かなり抜けている。彼女と知り合ってもうすぐ半年。こいつのこういうところに未だ慣れない自分に、情けなさを感じる今日この頃である。
 きょとんとしている赤松に、ぼくは言った。
「幽霊の正体が俺達だってこと、分かってる?」
 赤松はさらにクエスチョンマークを顔に浮かべた。
「え? わたし達死んでないよ」
「もういい」
 ぼくは赤松から視線を逸らした。新たな視線の先は、さっき赤松が開けた窓。後ろから三番目の窓だった。
 噂の概要はこうだ。
 最近、旧校舎最上階の、後ろから三番目の窓が開いていることがある。しかし、あの教室は使われていないので、人が入ることはない。しかも朝はきちんと閉まっている。きっと幽霊の仕業に違いない・・・・。
 もちろん幽霊なんぞいるわけもなく、窓を開けているのはぼくと赤松というれっきとした生身の人間なのだが。
 ぼくと赤松はクラスが違う。そのため昼休みは、ぼくのクラスの奴らはぼくが赤松のクラスへ、赤松のクラスの人間は赤松がぼくのクラスへ行っていると思っているらしい。従って、この教室をぼく達が使っていることを知っている人間はいないようだった。
 最初にこの教室に目を付けて利用していたのは赤松だった。内気な彼女は、この誇りっぽい教室で、一人ぼっちで昼休憩を過ごしていた。
 そこへぼくが乱入した。別に赤松に恋愛感情があったわけでも、彼女を憐れに思ったわけでもない。なんとなく居心地がいいので、ここへ来てしまっていたのだ。
 ここでは、お互い気が向けば話もするが、だいたい別々に好き勝手なことをして過ごしていた。相手に合わせる必要もなく、それでも誰かがいるという空間は、ぼくにとっては安らげる場所だった。
 そんな貴重な空間に、幽霊の噂があるからと土足で踏み込んでくるような人間がいたら、誰だって嫌だろう。
 だからぼくは噂が消えることを願って、窓を開けないようにしていたのだ。
 昼休憩が終わる頃、窓を閉めようとした赤松が、ポンと手をたたいた。
「そっか。あの噂の窓ってこれのことなんだ。それで、幽霊はわたし達のことなんだね」
 遅い。


つづく



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