Nonsense Story

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旧校舎の幽霊 3


 能島愛子という人物は、確かに死んでいた。
 赤松がインターネットで調べてきたのだ。それによると、能島は二年前、つまり今のぼく達と同い年で、旧校舎の屋上から飛び降りていた。いじめを苦にしての自殺だったという。
 彼女の両親は、泣き寝入りはしなかった。学校側に謝罪を求めるべく立ち上がったのだ。学校はいじめの事実には気付かなかったと表明したが、それを見抜けなった非を認めて謝罪。現在は和解が成立している。
 ぼくは能島に言った。
「あんた高2で死んでんだから、俺達と同い年じゃないか。幽霊は歳とらないもんね。先輩扱いする必要なし」
「きみはもとから先輩扱いしてないでしょうが」
 幽霊は呆れた。
 彼女は、この多目的教室を根城にしているようで、あれからも毎日のように姿を現した。
 ぼくの安息の地は彼女の侵入によって壊されたが、赤松は嬉しそうだった。
 友達のなかなかできない赤松にとって、幽霊である能島は話しやすい存在であるらしい。また、いじめが原因で自殺したという話は、人間関係にコンプレックスを持っている赤松にとって共感できる何かがあったようだ。彼女はおおいに同情し、能島に優しくしていた。
 もっとも、ぼくはこんな図々しい奴がいじめを苦にして自殺するなんて、何かの間違いだと思っている。いや、その前に、能島が幽霊ということ自体、嘘に決まっているだろう。ネットに写真は掲載されていなかったのだから、この女生徒が能島愛子本人かどうかなんて、誰にも分からないのだ。
「ちゃんと先輩扱いしてくれる二枝ちゃんは?」
 地球儀の隣に座って昼飯のパンをかじっていたぼくに、能島が訊いてきた。
「赤松? さぁ? 休みでない限り、そのうち来るんじゃない?」
 いつの間に名前で呼ぶようになってたんだか。二枝とは赤松の下の名前だ。
「二日間も会えないなんて寂しいねぇ」
「あんたは昨日会ったんだろ? 赤松と」
 ぼくと赤松は約束してここに来ているわけではないので、来れないことになっても相手に連絡をするということはない。
 昨日の昼休みは、ぼくの方に用事があって、多目的教室に来られなかった。日直だったので午後の授業の準備を手伝わされていたのだ。よりによって大橋の手伝いだった。
「会えなくて寂しいっていうのは、あたしじゃなくて、きみのこと言ってんの。ま、恋人だったら、ここ以外でも会ってるか」
 能島はにやにやして言った。勝手にぼくのパンを一つ取って食べている。幽霊が物を食べるなんて聞いたことがない。
「誰と誰が恋人だって?」
 ぼくはパンを取り返そうと、能島の方に手を伸ばした。彼女はその手に、半分にちぎったパンを返してきた。なんで半分なんだよ。しかも、クリームパンなのに、クリームの部分が残ってない。
「え? 付き合ってるんじゃないの? きみと二枝ちゃんってどういう関係なのよ?」
「きょうだい関係」
「うそ」
「うそに決まってるだろ。ただの友達だよ。友達」
 思わず投げやりな口調になる。
 そう。赤松とぼくの関係。それは、『友達』の一語に尽きる。二言でいうなら、『ただの友達』。
「なぁんだ。てっきりデキてんのかと思ってた」
 能島はつまらなそうに頬を膨らませていたが、またにやにや笑ってこっちを向いた。
「でも、きみは好きなんでしょ。あたしがいるとつまらなそうだもんねー」
 ぼくはむせた。喋れないので、涙目で能島を睨む。鬼教師の耳も福耳だったことを思い出し、能島の広い耳たぶをひっぱってやりたい衝動に駆られる。
「分かりやすい奴だね、きみは」
 能島は大口を開けて笑い転げた。むかつく。
 実は、能島の言うとおりなのだ。最初にここに来るようになった時には、誓ってそんな感情はなかった。気付いたのはつい最近のことだ。いつから赤松のことをそんな風に思うようになったのかは、自分でも分からない。
 あまり赤松のことを鈍感だの抜け作だのとは言えないな、と思う今日この頃である。
「お姉さんが協力してあげようか?」
 またもやにやにや笑いをしながら、能島が顔を寄せてきた。
「丁重にお断りします」
「おやおや、殊勝な言い方するじゃない。いいのよぉ、遠慮しなくても。マジに協力したげるからさ」
「いや、マジにいいから」
「何もその見返りに、先輩扱いしろなんて言わないわよ」
「いや、本当にいいから。正直、俺、あいつと付き合うとかピンとこないんだよね。今以外の関係って、浮かばないっていうか」
 現状に満足していると言えば嘘になるかもしれない。しかし、不満があるわけでもない。きっと、恋人として付き合ったりしたら、その時の方が戸惑ってしまうと思う。その前に、あの鈍感赤松が、ぼくをそんな風に見てくれるとは、到底思えなかった。
「ふーん。つまんないの」
 能島は、本当につまらなそうに頬杖をついた。ぼくは彼女に釘を刺した。
「赤松には絶対言うなよ。言ったら殺すからな」
「あたし、もう死んでんだけど」
 完敗。


つづく



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