Nonsense Story

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旧校舎の幽霊 4


 赤松は昼休憩以外も多目的教室に行っているようだった。
 ぼくは、能島が余計なことを彼女に吹き込むんじゃないかと気が気ではなかった。しかし、嬉しそうな赤松を止めるわけにもいかず、結果、ぼくも多目的教室に行く回数が増えるハメになった。
 その日の朝も、始業のチャイムが鳴るまでと、ぼく達は多目的教室に集まっていた。能島は幽霊らしく(?)朝に弱いようで、この時間にはいないことも多かったが、その日はぼく達より先に姿を現していた。
 幽霊は何か探し物をしているようだったが、ぼく達が教室に入ると、うろうろするのを止めて地球儀のそばの机に腰掛けた。
「あ、この指輪、川野先生の指輪と似てる」
 赤松が能島の胸元を覗き込むようにして言った。
「これ?」
 能島は、首にかけていた鎖を取り出した。鎖にはシルバーの指輪が通してある。中央に線が入っているだけの、シンプルなものだ。
「うん。この前、日直で川野先生の手伝いをした時に、よく見えたんだ。たしかこんなデザインだった」
 あの日、結局赤松は来なかった。どうやら彼女も日直で、前日のぼくと同じく英語教師の手伝いをしていたらしい。ただし、手伝う相手は閻魔様と仏様ほども違う。
 自分の首にぶら下がった指輪をじっと見ている能島に、ぼくは冷めた目を向けた。
「そんなもん付けてると、大橋に没収されるぞ」
 大橋はスパルタというだけでなく、風紀に厳しい教師としても有名だった。アクセサリー類が見付かれば即没収。髪の毛を染めていたら、白髪染めで黒に戻されるという。
 能島なんて、大橋が見たらすぐに生活指導室に連れて行かれるだろう。彼女は明らかに髪を茶色に染めており、耳にはピアス、首には指輪を通したネックレスをしている。そして、薄っすら化粧もしていた。
 彼女は結構な美人でもあったので、こんな生徒がいたらさぞや目立つだろうと思うのだが、一向に噂がない。やはり幽霊なのだろうか。いや、それよりもこの学校の生徒でないという方が正しいような気もした。でもそうすると、何故こんなところにいるのだろう。
 能島のことを考えると、ぼくの頭はいつもこの堂々巡りを繰り返すのだった。
 その日の昼休憩。ぼくが赤松よりも先に多目的教室を訪れると、能島の表情がパッと明るくなった。
「きみが先に来てくれることを祈ってたのよ」
 幽霊の猫なで声に、ぼくの中の警戒信号が反応した。思わず一歩後ずさる。
「なんだよ。気持ち悪いな」
「ちょっとお願いがあるの」
 後ろにハートマークが付きそうな言い方をして、能島はしなをつくった。不気味だ。
「そんなに遠ざからなくてもいいでしょ。これをある人に渡してほしいだけよ」
「手紙?」
 能島がぼくに預けようとしたのは、白い封筒だった。ごく普通の定型封筒だ。それには、差出人名も記されていなければ、宛名も書かれていない。
「まぁ、そんなところ。これを川野先生に渡してほしいの。あ、中身は見ないでね。これエチケット」
 幽霊はふんぞり返って言った。どっちが頼み事してるんだか分かりゃしない。
 封筒には封もされていなかった。
「なんで俺が? そういうことなら赤松の方が適任なんじゃないの?」
 ぼくが中を見ないとは限らないではないか。そういうことに関して、自分があまり信用されない人間であろうことは、よく分かっている。
「きみは見ないし、ちゃんと届けてくれるわ」
「何それ。その自信、どっから来るんだ?」
「二枝ちゃんにお墨付きをもらったから」
 なんでそこで赤松が出てくるんだ? と思ったが、能島の次の言葉でその謎は解決した。
「きみ、全然知らない人の手紙をなんの義理もないのにポストに投函してあげたんでしょ? 中を見たりしないで。二枝ちゃん、きみは信用できるって言ってたよ」
 幽霊はにやにや笑いながら、ぼくの顔を覗き込んでくる。ぼくは顔が熱くなるのを感じて、能島から逸らせた。
「あの手紙には、ちゃんと封がしてあったよ」
 ぼくが赤松と知り合ったきっかけは、一通の手紙だった。
 彼女のお姉さんが生前に書いて本に挟んでいた手紙を、たまたまぼくが発見して投函したのだ。
 赤松は宛先不明で返ってきたその手紙を見て仰天した。なにせ四年も前に死んだ姉が書いたものだったのだから。彼女は誰かの嫌がらせかとびくびくしていたのだが、後にぼくが投函したことを知り、ほっとしていた。
 もう半年近くも前の話だ。
 それにしても赤松の奴、こいつに何を話してるんだか。
「ま、どっちにしても、きみはあたしの言うことを聞かないわけにはいかないのよ。あたしはきみの弱味を握ってるんだもんね」
 勝ち誇ったように言い放つ幽霊に、ぼくは返す言葉があるはずもなく、封筒を握り締めていた。


つづく



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