Nonsense Story

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ある日の出来事 3


 世の中には、運の悪い人間というのがいるものだ。
 昨日、友人の赤松がそれであるというぼくの予感は確信に変わった。
 後で聞いた話だが、ぼくが警備員だと思っていた足の主こそ、あの銀行強盗犯だったのだ。つまり、彼女はぼくと一緒に銀行の中に入ってさえいれば、人質なんかにならなくて済んだのだった。暑い思いをした上にナイフを突き付けられ、挙句の果てにキンチョールの臭いをしたたかに嗅がされて頭からすっ転び、犯人の下敷きになる。これで運が悪いと言わずして、なんと言おう。
 まぁ、彼女が転ぶように仕組んだのは、他ならぬぼくなんだけど。
 それにしても、あそこまで期待通りの展開を見せてくれるとは思わなかった。赤松がドジにかけては期待を裏切らない人間であってくれて助かった。
 しかし、その赤松よりも、もっと運の悪い人間がいる。
 昨日の犯人もそう見えるが、彼は違う。あれは単なる無計画人間に過ぎない。果物ナイフ一つで、強盗が成功すると思っているほうがどうかしている。
 それよりもあの象男だ。彼はやはり隣の市で起きた銀行強盗の犯人グループの一人だった。
 あの男は去年リストラされ、そのことを家族に言えないまま今まで過ごしてきた。新しい職も見付からず、給料日だった日には自分の貯金を少しずつ下ろして家に入れていた。やがてそれも底が見えてきて、あの犯行に加担する気になったものらしい。どうやらあの事件の犯人達は、皆彼と同じような境遇のリストラ中年達だったようだ。
 しかし彼は、犯行を手伝ったにもかかわらず、主犯格の三人にほとんど金を持ち逃げされてしまう。ため息を吐きつつ、また貯金を突き崩しているところへ昨日の事件に巻き込まれ、あえなくお縄になったのだった。
 ただ一つの救いは、象男の家族が彼を赦し、その帰りを待つと言っていることだ。きっと彼らには想像もできないような苦難が待ち受けているだろうが、支え合える人間がいれば、乗り切ることも可能になるかもしれない。
 隣の市の強盗事件はかなり大規模なものだったこともあり、今日の新聞には象男の悲劇がでかでかと報道されていた。
「残念だったな。あの場にあの男がいなけりゃ、今頃赤松は有名人になってたのに」
「いいよ。有名人になんかならなくて」
 夏休みの一日目である今日。ぼくと赤松はウォークマンを買うべく、昨日下ろしたお金を握りしめて、電気屋へ向かっていた。
 昨日は取調べやら何やらで、あの後もなかなか開放してもらえず、結局ウォークマンを買いに行くことはできなかったのだ。
 象男の供述により前の強盗事件が大きく取り扱われているため、昨日の事件は新聞でもテレビでも、そのオマケみたいな扱いでしかない。人質だった赤松の名前は、いくつかの地元紙にチラッと載っただけだった。
「俺は楽しみにしてたのに。『人質女子高生、お手柄! スッテンコロリで犯人逮捕!』なんて見出し」
「そんな見出しが新聞に出たら、街を歩けなくなっちゃうよ」
 この街でベストスリーに入るくらい運の悪い人間である赤松が、肩を落としてうなだれる。
 ぼくは笑って空を仰いだ。夏の空はひたすら高く青い。その空に、ソフトクリームのような入道雲がもくもくと湧いている。
 目指すは新しいMDウォークマン。隣には彼女ではないけれど、誰よりも大事な人間。そして今日から夏休み。
 あの象男のような悲劇的な人生なんてぼく達には無縁で、ひたすら楽しいことが待ち受けていそうな、そんな気にさせてくれる空だった。
「ソフトクリームが食べたいなぁ」
 いつの間にか顔を上げていた赤松が、ぽつりと言った。
「太るぞ」
 ぼくはそう返したが、足はすでにすぐ横にあったコンビニに向かっていた。
 コンビニでソフトクリームを買い、会計を済ませた時だった。
「みんな動くな!」
 ぼくの背後から声がして、目の前にいる店員の顔が凍りついた。
 ぼくは嫌な予感に眉をひそめながら、おそるおそる後ろを振り向いた。そこには、ストッキングを頭に被り「自分は変態です」と宣伝しているような男に首根っこを押さえつけられている、赤松の姿があった。
「動くなと言っただろう」
 男がサバイバルナイフの切っ先をこちらに向けて凄む。
「おい、そこの店員、レジの金を全部寄越せ。それとどこかに金庫があるだろう。そこからも出して来い。客はみんな両手を頭の後ろに当てて、うつ伏せになるんだ」
「ごめんなさいぃぃぃ」
 赤松が片手を顔の前に立て、情けない顔でぼくに謝っている。
 世の中どうなってるんだ。真っ昼間から強盗なんて、暑さで頭が沸騰しちゃってるとしか思えない。コンビニを襲うなら夜中にするのが礼儀というものだろう。銀行と違って深夜も営業しているのだから。皆してぼくの邪魔をしているのだろうか。
 今日もウォークマンを買うのは無理そうだ。
 レジにいた店員は、奥のバックルームへ消えていった。店内では、このコンビニチェーン独自の有線放送が、場違いに明るく夏の新商品を紹介している。
 ぼくはストッキング男の言うとおりにうつ伏せになりながら、赤松を安全に転ばせるにはどうしたらいいかと考えていた。

 やっぱり赤松の運の悪さはこの街で、いや、日本中でダントツだろう。しかし、そんな彼女から離れられないぼくは、もっと運のない人間かもしれないと思う、今日この頃である。


-終わり-



あとがき



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