Nonsense Story

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夏祭りの夜に 4


 少年が茂みの中に消えた頃、懐中電灯の光と共に、一人の少女が現れた。
 少し猫背気味に転びそうになりながらやって来るその姿は、暗闇で見ても、たしかにあまり男性の気を引く容姿ではなさそうだった。かわいくないわけではないのだがどうにも華がない。貧弱な体つきのせいか、彼女に比べれば、今どきの小学生の方がまだ色気がありそうに思える。ナンパをされる心配がないと言った少年の言葉は、あながち嘘ではなさそうだった。
「こんばんは」
 私が立ち上がって声をかけると、彼女は驚いたのか懐中電灯を取り落とした。急いで駆け寄り、懐中電灯を拾い上げてやると、少女は何度も頭を下げてお礼を言った。そして、私が懐中電灯の光に目を細めると、慌ててスイッチを切ろうとしてまた取り落としそうになっていた。
「どうしたの? その足」
 少女の足元を見て私が言った。彼女はストレートのジーンズにスニーカーを履いているのだが、ジーンズの裾からスニーカーまで、べちゃべちゃに濡れていたのだ。
 ちなみに上はTシャツに長袖シャツを羽織っている。祭というよりはハイキングにでも出掛けるような出で立ちだが、ここに来るにはぴったりだ。私は半袖のカットソーに膝丈のスカートという格好で来てしまい、あちらこちらが痒くなって後悔しているところだった。
「旧道を走ってきた車を避けようとして、そこの川に落ちちゃったんです」
 どこで見失ったのかは知らないが、川に落ちているかもしれないという少年の予想は当たっていたようだ。
 少女は恥ずかしそうに頭を掻いていたが、ふいに私の目を見ると、小首を傾げた。
「大切な人には、もう会えましたか?」
「え?」
「違っていたらごめんなさい。あなたも私みたいに死んでしまった人に会いに来たのかと思ったんです」
 どうやら彼女も、本当に私と同じ目的でここへ来たらしい。
「そういう人はよくいるの?」
 あの噂を信じたいと思っている悲しい人が、他にもたくさんいるのだろうかと思い、訊いてみた。少年の話だと、彼女は何年もここへ通っているようだった。
「いいえ。ここで人に会ったのは初めてです。でも、とても寂しそうに見えたから」
 私は顔を伏せた。夫や次男にも、ずっとそんな表情を見せていたのだろうか。
「去年の秋に、高校二年だった長男を亡くしたの。姿かたちは少し似た子に会えたんだけど、本人にはまだ会えていないわ。あなたは誰に会いに来たの?」
「姉です。四年半ほど前に、この近くで死んでしまったんです」
「それから毎年ここへ?」
 私は意外に思いながら尋ねた。てっきり少女が亡くした大切な人とは、恋人だろうと思っていたのだ。あの少年の様子から勝手にそうだと思い込んでいた。でも、彼女を見ていると、恋人よりも姉を慕ってここへ来たという方がしっくりくるような気もする。
 少女は少し申し訳なさそうに頷いた。
「こんなことをしてるのが家族に知れたら、みんな悲しむのは分かってるんですが、これだけはやめられなくて」
「どうしてご家族が悲しむの?」
 妹が姉を恋しがることのどこがいけないと言うのだろう。
「私が姉のようになるんじゃないかと心配しているみたいなんです」
 聞くところによると、彼女は少年の言っていたとおり、実家から離れたこの町にある祖父母の家で暮らしているのだが、それは彼女のお姉さんも生前にしていたことだったらしい。お姉さんがその家の裏山で亡くなったということもあって、少女が姉と同じように祖父母の家に下宿して高校に通いたいと言った時、ご両親は猛反対した。
「姉と私は性格が全然違うから大丈夫だって言って、なんとか両親を説得したんですけど、やっぱり気になってるみたいで。私は姉に憧れていたから、よけいにそう思わせてしまうんでしょうけど」
 少女は懺悔をするように顔を伏せた。そして、でも、こうやって会いに来ることはやめられないんです、と呟いた。
 火薬の匂いを含んだ生暖かい風が、少女の髪を揺らす。彼女はそのまま、風にさらわれて消えてしまいそうだった。
 最後の宴を告げるアナウンスがかすかに聞えた時、私は言った。
「それで、お姉さんには毎年会えてるの?」
 トンッ、ヒュッ。
 花火を打ち上げる音がして、少女が空を見上げた。
「はい。今年ももうすぐです」
 少女の顔を明るく照らしながら、大輪の華が夜空に舞う。田舎の花火も最後は盛大に、いくつもの華を一度に咲かせた。私は、今までとは比べものにならないくらい大きな音の連続に驚くと同時に、華の大きさにも息を飲んだ。
「大きい・・・・・・」
 私の口から思わず漏れた声に、少女がくすりと笑った。
「打ち上げ場所の関係で、最後の連続花火はここが一番近くなるみたいなんです。そして、あの火に近い位置にいることが、なんとなく姉に近づけているようで・・・・・・」
 彼女の言葉に誘われるように、私は花火に目を向けた。
 キラキラとした残像を残して消えていく華が、それを形成する炎の一つ一つが、長男や少女の姉、その他たくさんの人達の大切な誰かの魂に見えてくる。赤や青や紫の炎になって、私達に微笑みかけているかのように。
 フィナーレは空一面に枝垂れる大柳だった。地面が割れるかと思うほどの大音響の後、火の粉が尾を引いて降ってくる。それはまるで、彼らが私達の元へ降りてきているようだった。
「お姉ちゃん・・・・・・」
 少女が消えゆく光に小さく呼びかけた時、私は空へ向かって両手を伸ばしていた。
 目に見える魂は消えてしまったが、心の中には長男がちゃんと降り立っているように、私は感じた。


つづく



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