子供を生んでから、生と死、戦争と平和について強く考えるようになりました。

自分の子供が大人になる頃、日本は世界はどうなっているのかとても不安です。多くの人が平和を願っているはずなのに今の世界情勢をみるとほんとに悲しくなります。

みんなが普通に平和にくらせる世界になりますように・・・。

(2006/08/10 04:45:03 PM)

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高尾直樹

高尾直樹

Comments

いまいまさき @ おぉ!!! 聞きます!!!
♪由美香 @ Re:ニュースです!(06/15) 直樹さん・・・お久しぶりです☆ミ 私は…
*kumiko* @ Re:ニュースです!(06/15) それは嬉しいですね!おめでとうございま…
plumeriaです。 @ Re:ニュースです!(06/15) 多分、再放送だと思うのですが昨日「SONGS…
*kumiko* @ Re:久々です。(06/01) お久しぶりで~す! きっとお忙しくして…

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僕のHPをご覧になった人はもう知っているかもしれませんが、
僕が大学時代に書いた詩をこの8月9日にあえてこの場に書かせていただきます。
下のコメントも随分前に書いた物ですが、悲しい事に世の中の情勢は良くなるどころか
悪くなっています。唯一の被爆国国民として、そしてこの地球に住む1生命体として
もう一度8月9日に平和の問題を考えたいと思います。
携帯組の人は詩の形がちゃんと出ないと思いますが、許してください。

        I SAW IT

                          i saw
       blue skies and white clouds

i saw it. . . silver-colored huge iron bird
   swallowed by clouds and vomited
              out again and again
                        i saw it
           a white egg laid by the bird
                        i saw it
                        dropped
                         slowly
                         slowly
                        i saw it
             a flash of a million suns

 hanging skins, glass-needled porcupines

April 13th, 1985, 9:30p.m.
"Rectangle" spring issue, 1986?2006 Naoki Takao

_______________________________________
                      僕は見た

                      僕は見た
                  青い空に白い雲
             黒い蝉に黄色いヒマワリ
    僕は見た・・・銀色の巨大な鉄の鳥
       雲に飲み込まれては吐き出される
                    何度も何度も
                       僕は見た
             鳥から生まれた白い卵
                       僕は見た
                      落ちてくる
                      ゆっくりと
                      ゆっくりと
                       僕は見た
                太陽百万個分の閃光
          何千ものプロミネンスの破裂
 垂れ下がった肌、ガラスの針のハリネズミ達
________________________________________
どうも日本語にしてしまうと、形が巧く表せなくて、多少読み辛いものになってしまいました。この詩は光栄な事に、アメリカの大学400校が加盟している、English Honor Society であるΣΤΔ(シグマ・タウ・デルタ)が年2度出版している文学雑誌、「Rectangle」に掲載されました。僕はこの詩をVisual Poemと呼んでいますが、視覚的にも意味を成すように、工夫してみました。読んでもらえればお分かりのように、これは原爆を題材にした作品です。

僕の母は、幼少の頃に、長崎で原爆にあっています。僕の祖母が原爆が落ちる10日前に、「10日以内に長崎市内から離れなさい」という夢を見て、それを信じた祖母が皆を連れて市外へ出てすぐ原爆が落とされました。そのお陰で母は、肩に少しやけどを負ったぐらいで済みました。何とも不思議な話ですが、僕としては戦争を体験してはいないものの、そんな祖母や母がいたから今の自分がいる・・・そんな自分の命の有り難みを感じない訳にはいかないのです。原爆症で苦しんでる人はいまだに沢山います。また、原爆だけでなくても、放射能汚染によって被爆している人が大勢います。今や原子力なしで人間は生きては行けないのも事実でしょう。しかし、その恐ろしさを僕達は忘れてはいけないと思うのです。現時点では大量に生産される放射能物質を、本当の意味で処理する方法はないそうです。それを海に捨て、あるいは地中深く埋めてしまえばそれで良いのでしょうか?海中に繁殖する巨大なイソギンチャクや、道ばたに巨大なタンポポが咲いているのが、当たり前の世界になってしまうのでしょうか?冷戦はなくなったとはいえ、インドやパキスタン、イラクや北朝鮮のように何を考えているのか分からない国はまだまだ沢山あります。ロシアから流出した核はどこに行っているのでしょう?たとえ核戦争にならなくても、この間のような事故はいくらでもあり得ます。何だか書いていて恐ろしくなってきましたが、僕はこの詩で、自分が体験してはいなくても想像の中で被爆した僕のイメージをなるべく強烈に書き表したかったのです。





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Last updated  2006/08/09 02:56:53 AM
コメント(26) | コメントを書く


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すいません。  
高尾直樹  さん
今、携帯で確認したんですが、異常に長いし、形はみじんもありませ
んでした。許してちょ。 (2006/08/09 02:56:05 AM)

さらにすいません。  
高尾直樹  さん
Internet Explorer で見ると詩の形がいびつになっている事も
今発見しましたが、これ以上直しようがありません。
重ねて許してくださいまし。 (2006/08/09 03:02:32 AM)

response for 8月9日を思い…  
素晴らしい詩ですね、グッと思いが込み上げてきます。

私も8月9日には特別な思いを感じます。北九州市民ですが。
長崎に落とされた原爆は当初、
北九州の八幡製鉄所や小倉の武器弾薬庫を狙ったものと聞いてます。
天候が曇りだった為、長崎に変更になったと・・・
予定通り、北九州に落とされたならば、私は今、この世にはおりません。
この日が来る度、私も自分の命の有り難みを感じています。

(2006/08/09 06:22:32 AM)

長崎に生まれて  
Dingo6313  さん
今日は特別な日です。

11時2分には、どこにいても、何をしていても、
黙祷を捧げる事は忘れません。
(ほんの一瞬の時もありますが・・・)
いつの日か、この世界が本当の幸せをつかめますようにと。
(2006/08/09 06:28:51 AM)

Re:8月9日を思い…(08/08)  
♪由美香  さん
今年も、61回目のこの日がやって来ましたね。私は先日の広島原爆の日の前夜、平和公園に行き原爆ドームにお祈りをして来ました♪外国の方も沢山いらしてて賑わっていて薄暗い公園の中のあちらこちらで想いを込めた音楽演奏が聴こえてきました♪中でも「イマジン」の歌声が私の耳に飛び込んできて胸が熱くなりました(^^♪
「今さらこの平和の時代に平和教育ですか?」このような声をよく聞きます。本当にそうでしょうか?直樹さんのおっしゃる通り世界には、あらゆる苦しみをとたたかっている人たちが大勢います。今もなお戦争の為に苦しんでいる人、飢えや貧しさにあえいでいる人さまざまな障害をかかえながら又、差別とたたかいながら懸命に生きている人・・・(私たちは一体どれだけこの人たちの心の痛みを共有できるでしょうか)平和教育って何も戦争反対と声高らかにプラカードを掲げる事ではありません。直樹さんのように音楽や詩で表現して伝えて下さるその事自体が平和を想う気持ちに繋がっていると思います♪私のブログにて7/11に平和公園での子どもたちとの温かいふれあいをレポしていますのでお時間あれば覗いてみてください(^^♪すいません・・・長々と・・・ (2006/08/09 06:33:34 AM)

おはようございます。  
plumeria さん
全世界が平和でみんなが幸せになれます様に!
今日は私にとって違う意味でも特別な日なんです。 (2006/08/09 07:29:07 AM)

Re:8月9日を思い…  
弘子 さん
戦争の事、世界平和の事 常々考えさせられますが、この時期になると強く思います。 直樹さんの身内の方、逃げ切る事ができたのですね…。予知夢を見たなんてほんとうに不思議ですね。
61年前この戦争で 祖父の弟が 兵隊に かり出され 死にました。靖国神社に奉られています 。 祖父も大東亜戦争に 出兵しました。その時の写真を私に見せながら 戦争の事 よく 話してくれ、 聞く度に 胸がはりさける思いでした。戦争で亡くなられた方々が天国で一番平和を願っているんですから、戦争で亡くなった方々の 思いが 通じる日が早くくるように 私たちは 努力しなければいけないのに… 。思いを叶えてあげなければいけないのに。
悲しくなります。
ほんとうに戦争なんていい加減やめて欲しいです。 なにもできないで祈るだけでつらいですが ほんとうに 無念な思いで亡くなられた方の思いに 世界中の一人一人がいち早く気付くべきです…。 世界中にこれ以上泣く人が居なくなりますように。今、書きながら涙が浮かんでいます。 (2006/08/09 07:57:32 AM)

はじめまして。  
 初めて書き込みをさせていただきます。よく訪問はさせていただいているのですが。
 今朝時間があって訪問させていただいてよかった。気持ちが引き締まりました。戦争のこと、原爆のこと、尊い命のこと、自分なりに多くの子ども達相手の仕事をさせてもらってから園で毎年子どもたちに繰り返し伝えてきています。いろいろな絵本や映画も見せながら伝えています。体験していなくても自分たちが次の世代にどんどん引き継いで、命というものがどれだけ大切なものなのかをしっかり伝えていく責任、全大人にあると思います。今日はあらためて気持ちを引き締め、長崎の原爆投下のこと園の子どもたちに話してきたいと思います。ありがとうございました。 (2006/08/09 08:16:08 AM)

Re:8月9日を思い…(08/08)  
あっつん さん
心臓をぎゅっとつかまれたような気がしました。
詩全体の形が、きのこ雲の形をしてるのですね。

昨日の新聞に、二重被爆をされた方の記事が載っていました。
広島に出張に来ていて被爆し、長崎に戻って再び・・・とか、広島から逃げた先が長崎だった・・・
等の理由でそうなった方たちがいらっしゃるのだそうです。
「この身体でここまで生きると思わなかった。語り継いでいく為に生かされているのだろう」
とその方はおっしゃっているそうです。
「あの日」がどんどん遠ざかっていく中で、どういった手段であっても、あの日を形にして語り継いでくれる人がおられることは、ありがたいことだと感じました。


(2006/08/09 09:19:47 AM)

Re:8月9日を思い…(08/08)  
lalapaka  さん
私が子供の頃(小中学校で…)、夏休みには「全校登校日」があり、
暑い体育館にスシ詰めになって、原爆の映画やアニメを観たり、「二度と許すまじ原爆を…」などの
歌を歌ったりしていました。

今、自分の子供たちにはそういう授業?イベント?が無いんです。
コレは関東と関西で違うのかなぁ…。
「昔の話」ではなく、現実にあった話として、
子供たちにもしっかり受け止めてもらいたいのに…。

(2006/08/09 10:06:55 AM)

おはようございます(^.^)  
3姉妹のママ さん
戦争を知らない世代で、被爆した方々の話を聞くと、耳をふさぎたくなりますが、決して耳をふさがないで、今の子供達にも語り継ぎ、同じ過ちを繰り返さないよう、伝えて行くことが大事なんだと思います。
今年は、我が家の3姉妹にも《黒いお弁当箱》と《おじいちゃんの銀時計》という、実話を基にした本を読み聞かせました。
正直子供達は、挿絵にびっくりして黙っていましたが、「60年前に実際に起きた出来事なんだよ。」と教えました。
これからも毎年、夏に子供達に戦争についての本を読み聞かせ語り続けていきたいと思います。
(2006/08/09 10:12:47 AM)

おはようございます  
ちー@bonbon  さん
世の中の現実に目を向ければ向けるほど恐くなったり不安になったりもしますね。昔ほど戦争のことを知る番組(長崎の原爆についてです。終戦記念日にはまだありますね)や子供達でも理解できるアニメが少なくなったような気がします。
イメージの中で直樹さんの詞を浮かべると私には色で感じられます。うまく表現はできませんが恐いです。でもこのVisualがまだ目に焼きついているかたがいらっしゃるのですね......。
(2006/08/09 10:33:35 AM)

涙が止まりません・・  
はつ さん
直樹さんの言葉、そしてソレに応える皆さんの言葉。
感動なのか、辛いのか・・複雑で上手く表現できませんが
涙が止まりません(;_;)

つい先日、「子供たちの為に核兵器を無くそう!」と
チラシを配り、書名活動をされてる方々がいました。
急いでたので、チラシを受け取り行こうと思いましたが・・
暑いなか活動してたのは、私の母の年齢に近そうな
60代~70代の方々でした。
通り過ぎたけど、引き返し署名してきました。
ホントはもっと若い私達が、考え動き出さなきゃならないのに。。と反省!
直樹さん、私は正直、ここでのアナタしか知らなくて
動いて、そして歌ってる直樹さんを見たことがありません。
でも、ファンだと言ってもいいですか?
ここでこうして、私たちに考える時間を呼びかけてくれる
そんな素晴らしい考えを持った直樹さんのブログにめぐりあえて良かった。
もっともっと、いろんなコトを、足りない私に示唆してくださいm(__)m
(2006/08/09 11:07:37 AM)

繋がっている・・・  
直樹さんのおばあ様が夢で見られたことを話し、それをお母様が信じて行動に移されたれた事。
そして直樹さんがそのお話をブログで私たちに伝えてくださる事。
すべてが繋がっていたんだ。。直樹さんのブログを読んでいろんな想いを感じている私たち。

どうやって言葉にして良いのか・・うまく伝えられずもどかしいのですが、命が続いていくことの素晴しさを感じたのです。
命が続いていくのなら私たち人間が犯した過去の悲しい過ちをも伝えていける。そして知る事により考えることができ、ひとりひとりの胸に強い意識が生まれる。。
自分ひとりでは何かを変える事は難しいのかもしれないけど、自分の思いを伝え、伝えられた人が何かを感じ・・それが続いていくことで変わっていけると思います。まずは、命をつなげていく事。決して人の手により命を絶対に奪ってはならない。命も自分の想いも繋げていけたら・・・
つよく、強くそう感じました。
(2006/08/09 01:04:37 PM)

はじめて書き込みします  
chasm  さん
chasmといいます。人は知ろうという事を忘れちゃいけないと思います。伝えるという事も忘れてはいけないと思います。人間誰もがもっている耳や口が勿体無いです。これは僕の夢でもあるんですが、悲しみを載せたロケットを撃つより綺麗な打ち上げ花火を見せてあげたいそんな日が一日でもはやく訪れることを願っています。竹善さんの故郷、僕の故郷でもある青森市をB-29が爆撃をしました。なので歴史的建造物といわれるものは殆ど残っていません。いま広島では原爆ドームのまわりをビルが取り囲んでいます、強い矛盾と怒りを覚えます。なんだか文章がめちゃくちゃですが心にあるものを書き出してみました。 (2006/08/09 04:13:24 PM)

Re:8月9日を思い…(08/08)  
ひつじ さん
私の両親は昭和1桁生まれなので、戦争体験者です。原爆投下ではありませんが、火の海の中を逃げた生き延びた1人です。
ですから、まだ戦争に対しての反戦の思いはありますが、子供たちに伝えるすべを知りません。

先日、シカゴの13歳の少年が「ジニー・イン・アボトル」(憶えマチガイかも?)という原爆ドキュメンタリー映画を作り、各国で話題うぃ呼んでるというニュースを見ました。
彼に学校では、「アメリカが、日本に原爆を投下した」事しか教えられず、何故落とされたのか疑問に思い、製作したと言う事でした。
当時の「マンハッタン計画」に関わった人たちへのインタビューなどがあり、実は今の日本人が知りえなかった事まで映像化されていました。
日本人に出来ない本当の事を逆の立場から見る事も大切だと思います。
枯葉剤だって日本もコッソリ作っていたのですから。
もっと、今お子供たちにも教育として伝えて行きたいものです。 (2006/08/09 08:04:29 PM)

祈り  
MOMO さん
キノコ雲に模られた直樹さんの詩は心に強く突き刺さり、悲しみが心の奥にまで広がっていきました。星も”生きているもの”です。永久にこの宇宙に存在できる訳ではありません。限りある命だからこそ大切にしなければならないのに・・。人と自然を愛し慈しむ事が、この星の命を延ばすことになると思うのです。8月は、戦争・核兵器など必要としない『平和』を祈らずにはいられない月ですね。 (2006/08/09 11:00:02 PM)

焼かれなかった街から  
京都はその文化遺産を惜しむアメリカの博士のおかげで、千年の息吹をつなぎ続けています。広島の原爆資料館に行った時、京都も標的だったという文字に“そうだったらうちら生まれてへん”と思うと涙がでました。次の時間につなげていくのは、芸術と暮らしとココロです。手にとる機会がありましたら、こうの史代著「夕凪の街桜の国」(双葉社)を読んでみてください。20分で読めますが、生涯気になる本です。 (2006/08/10 01:11:28 AM)

Re:8月9日を思い…  
弘子 さん
直樹さんまたお邪魔します。思ってる事吐きだしたくてまたここに来ました…。 帰って来てからも色々考えていました。お仕事中は涙をこらえてましたが、帰ってきて様々考えてるとまた涙が溢れてきました。今日お仕事の訪問先の方から61年前の太平洋戦争のお話しを聞く事ができました。
その方(Iさん)は、その時 日本赤十字の看護婦として 中国に派遣されたそうです。腕や足がちぎれていたりする 山積みの遺体を毎日目の辺りにしたそうです。…生きて帰れるかわからない戦争で中国に行く時、怖くなかったですか? と尋ねたら、“〇〇の為に死ねるならそれが本望と教え込まれて育ったから、そうだと思い、怖くなかった。 今の 〇〇〇(国です)みたいに教えこまれてたのよ 昔の日本は… ” とおっしゃいました。 あとIさんがおっしゃったのは “ 戦没者の遺族、子孫がいるうちは 繰り返さないかもしれないけど、 これから先 戦争を全く知らない人達だけの世代になったらどうか…… 。繰り返さないでほしい… ” と涙ながらに心配されていました。 (2006/08/10 01:12:31 AM)

Re:8月9日を思い…  
弘子 さん
やはり、こちらにコメントされたみなさんがおっしゃる通り、戦争の事、戦争を繰り返さない事を 、学校や親が、子に語り継いでいくのが、生きている者の役目なのだ と強く感じました。
直樹さんの詩、胸に突き刺さります。その光景、小学生の頃よく読んだ漫画、裸足のゲンを思いだします。目を背けたくなる画がたくさんあり、辛くて泣きながら読んでました。ほんとうに、現実を知ろうとすればするほど目を背けたくなりますが、逃げないで 目を背けないで、戦争の事を語り継ぎ、思いを繋いで行く事が大事だと、改めて、直樹さんとみなさん のコメントを拝見しながら切々と感じました。
戦争で涙を流す人が居なくなりますように…。 (2006/08/10 01:32:51 AM)

Re:8月9日を思い…  
弘子 さん
一通目 誤字がありました。 長々とお邪魔しました。
…直樹さん おやすみなさい。 (2006/08/10 01:37:30 AM)

Re:8月9日を思い…(08/08)  
ぱぱ さん
いつも直樹さんのブログ楽しみに仕事してます。
いつも読んでいるだけですが、初めて書き込みをさせていただきます。

新聞を読んでいたら気になる記事がありました。
とある町では公的な場所で原爆写真展を開催してたけど、公的な場所でそのような写真展をするのは云々とクレームがついて撤去したそうです。
公的な場所だからこそ老若男女様々な人が訪れて、目に触れ感じる事ができるのに、なんとも悲しい事ですね。

今日の天気は雨。新聞を読み心も雨模様。

さて仕事しよっと
(2006/08/10 03:33:48 PM)

Re:8月9日を思い…(08/08)  
O-mom さん

Re:8月9日を思い…  
弘子 さん
直樹さんすみませんまたお邪魔します
m(_ _)m。
………昨日 Iさんからおうかがいした話を書いたんですが、私が、「太平洋戦争の時Iさんはどこに居ましたか? 」 との問いに Iさんが、「日赤の看護婦として中国に居ました 」とおっしゃいました。 太平洋戦争では中国に攻めてない と思った私が、今日ある方に(元警視庁警官)また少し、太平洋戦争の事を聞いた所、 太平洋戦争の前に(重なり)、日本と中国は事変(日支事変?の事のようです。勿論兵士も派遣されたそうです。)が勃発していたから、その為に、看護婦も中国に派遣されたんだろう との事でした。身内が戦争に行っていながら 何も知らない私は はずかしくなってしまいました。これから戦争、歴史の事もっと知り勉強したいと思いました…。 (2006/08/10 05:46:04 PM)

こんなときに  
ちー@bonbon  さん
テロのニュースが入りましたね。
直樹さんのご家族の帰国が安全でありますように。 (2006/08/10 09:39:42 PM)

祈りをこめて  
yoko さん
先日2年前に亡くなった義父(夫の父)のお墓参りをしてきました。義父は長崎の爆心地付近で被爆した人でした。なぜ生き残れたのか・・それは空襲警報後ふざけて入った防空壕が命を救ってくれたそうです。寡黙な父は一言も原爆のことは話そうとしませんでしたが亡くなる3年前、車椅子にもかかわらずどうしても長崎へ行きたいと言い、坂の上の小さな慰霊碑へ連れて行くと、刻まれた小さな文字をなでながら涙を流していました。友を思い原爆投下後の長崎を思い出していたのでしょうか。体の表面には何の傷もなかった父は晩年いくつもの癌に蝕まれていました。直樹さんの「きのこ雲の詩」を読みながら父を思い出した今年の夏でした。これ以上被爆者を作らない世界であることを祈って・・・ (2006/08/17 12:35:56 PM)

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