04話




(1)
友人から買い物に誘われた。
何の予定もなかったし、二つ返事でいいよと答えたのが事の発端。
名古屋市は大須界隈で、「適当に買い物を楽しむ」と豪語していた友人は、その割には足取り確かに1つの店へと吸い寄せられていくようだった。
今にして思えば、ヤツの目的はモノではなくヒトだったのだ。見抜けなかった俺の眼力不足を問われても仕方ない。
「ここだ、ここ」
俺の倍はありそうな歩幅で、彼はずずいと暖簾をくぐる。店構えを確かめる余裕すら与えてくれなかった。
「いらっしゃいませ」
年季の入った柱や棚、ディスプレイにはそぐわない、若くて愛くるしい女性から声をかけられた。
友人はそこかしこに置かれた服や小物には目もくれず、一目散にカウンターの一角へと駆け寄ったのだった。
「やぁ、唄ちゃん!」
思わず寒気が走る猫なで声で、女性の名前を呼ぶ友人。その時、自分の予感が的中したことを悟った。やはり目当ては女だったか。
「あ……細溝さん! いらっしゃいませ」
「細溝だなんて他人行儀な。祭(まつる)で良いよ」
通っていた学校の他、他校にまでファンクラブがあったとかなかったとか。
光源氏の異名を欲しいままにしていたらしい祭は、笑みを浮かべて女性を見つめる。
こうなると長いのは、長い付き合いだから良く知っている。祭と看板娘を2人きりにすると、俺は店内を歩き回った。
大須と言えばウイロウと大須観音、古着が有名で、この店も御多分に漏れず、人さまから買い受けた服を扱っているようだ。
「お婆さんは? お兄さんは?」「今日はウタが」というやりとりから想像するに、店の主は彼女の祖母であることや、たまに店番を任されていることが窺える。
なるほど、古めかしいデザインの服も少なくない。だが、流行の最先端をいくようなジーンズやブランド品もぱらぱらと点在していた。
それらは孫たちが、孫たちなりに工夫を凝らして展開してきたものなのだろう。
漏れ聞こえてくる会話から、彼女の姉と兄が、本職の傍ら店を手伝っていることを知る。
感心していると、低い四尺台に置かれた、異彩を放つ高級サングラスを発見。
「え……これ、CAZALじゃん」
まさか芸能人御用達のブランド商品に出逢えるとは思っていなかったので、完全な不意打ちを食らった。思わぬ所で一目惚れ。
恋路の邪魔をするつもりはなかったのに、唄ちゃんが祭との会話を遮ってまで補足説明してくれた。
「そのサングラスはね、ウタのお兄ちゃんが仕入れたんだ。フレームが格好良いよね」
さすがは商売人。購入意欲のないイケメンより、購入が見込めるお客サマ優先、というワケだ。
「玄(シズカ)、似合うじゃん!」
軽薄そうに見えるが、なかなかどうして祭は嘘がつけない質だ。愚かだとは思いつつも、ついついその気になってしまう。
「あー……。ヤバイな、カッコイイわ、このサングラス」
見れば見るほど欲しくなってくる。値札を見た。58,800円也。む、無理……。とてもじゃないが、そんな高価な買い物は出来ない。
だが、そんな心の内とは正反対のことを、俺は反射的に口走っていた。
「これ、買うよ」
「えっ……」
俺も「えっ……」だ。違うだろ、何が「これ買うよ」だ!
しかし、覆水盆に返らず。小さなプライドが大きな邪魔をして、今更やっぱやめとく、なんて言い出せない。
「本当に? これ……値引いてあげられないんだけど……」
唄ちゃんは最後の助け船を出してくれた。それに素直に乗ってしまえば良いものを、俺ときたらどこまでも馬鹿で、
「構わないよ」
――いやいや、構うだろ? そこは従っておくべきだろ?
唄ちゃんはレジから出てくると、そんなに近付かなくても良いのに、とどぎまぎしてしまうぐらいの距離からじっと俺を見た。本当に良いの? と目が尋ねている。
「1回払いでお願い」 
差し出したクレジットカードをじーっと見詰めること30秒。おずおずと受け取ると、商品と一緒にレジへ戻る。
「ひゃー、凄いなー玄。6万だろ?」
祭が目を丸くしながら、俺の肩に腕を回してきた。
「清水の舞台から飛び降りてみた」
降りてどうなる? 落下したのは自分の所為。誰も骨など拾っちゃくれない。
サインレスだったのは、運が良い証拠? 
このカードは、児玉玄のものではないのに。
「有難う御座いました!」
深々とお辞儀をする唄ちゃん。
返って来たクレジットカードの裏側に書かれた、綺麗な“柾直近”という署名を、俺は親指でなぞった。 

(2)
柾直近という人は、ついこの間まで俺の父親だった。――戸籍上という意味で。
彼は初婚にも関わらず、俺と絹を産んだ母の再婚相手になってくれた人で、血縁関係がないのに俺や絹に愛情を注いでくれている。
正式に離婚が成立した今でも、連絡はこまめに取っている。どちらかと言うと、俺も絹も、母より柾さんに懐いているからだ。
10歳程度しか年が離れていないので、父というよりは兄のような存在だ。ストイックな所が余計そう感じさせる。
絹は今でも「直パパ」と呼び、年頃の異性と遊ぶより柾さんと一緒に過ごすことに喜びを見出していた。
俺は絹ほど柾さんとは会っておらず、空いた時間に食事したり、メールのやり取りをするぐらいだ。
そんな柾さんとは2日前に会った。彼の勤め先であるユナイソンで。
スーパーマーケットのユナイソンには毎月決まった日にちにユナイソンカードを提示すると5%割引になる制度があった。
絹と俺は母とは別に住んでいるので、この5%引きには随分と助けられている。だが生憎とカードを作っていないので、柾さんのを借りさせて貰ったのだ。
それから柾さんに会う機会がなかったので、彼のカードを持ったままというワケだ。
当たり前だが、カードは返さなければならない。そして、そのカードで勝手に高価な衝動買いをしてしまったことも告げなければならない。

(3)
岐路に着いた俺を待っていたのは、満面の笑みをたたえた絹だった。
「玄クン玄クン! あのね、今から直パパが立ち寄ってくれるって!」
俺の手から、買ったばかりのサングラスが落ちそうになる。
てっきり、もう2~3日は猶予があると思っていたのに。心の準備を整える時間もないのか?
「この前クレジットカード借りたよね。あれ、返さなきゃ。玄クン、持ってるよね?」
「あ……あぁ」
絹はきょとんと俺の目を見詰める。その目が、唄ちゃんのそれと重なった。どうしたの? と小首を傾げる絹。
「あのさ、絹」
タイミングとは、得てして力を振り絞ろうと決めた時に逃がすものだ。呼び鈴が鳴り、絹はハミングしながら玄関へ向かう。
絹は挨拶もそこそこに柾さんの腕に抱き付き、リビングへと招き入れた。
「直パパ~、お仕事お疲れ様! ね、ね、夕食食べてってくれる? 絹の手作りなの」
「あぁ、有り難う。腹ぺこだ」
絹は手放しで喜ぶと、いそいそとキッチンへ急ぐ。紺色のネクタイを緩めながら、柾さんはリビングの2人掛けソファーに腰を下ろした。
「玄、元気か?」
現在進行形でやましい気持ちを抱いている俺は、つい挙動不審になってしまう。
柾さんとは向かいの1人掛けソファーに座ると、クッションを抱え、目を逸らして「うん」とだけ言うのがやっとだった。
「そうだ。カード返さなきゃね」
尻ポケットに突っこんでいた長財布からクレジットカードを取り出すと、心なしか震えた手で柾さんに渡す。
今度は受け取った柾さんに見詰められ、“言わなければ。言うなら今だ”と己を震え立たせるも、どうしたことか肝心な言葉が出て来ない。
「カード、凄く助かったよ。ありがと」
何が助かったんだ。日替わり奉仕品だった2本分の歯ブラシ代のことか? 半額だったから大量に買えた冷凍食品のことか?
違うだろ? およそ6万円近くもする、見栄えの良いサングラスのことだろ、玄……!
罵る。でも言えない。臆病者の発言はそこでフェイドアウト。
お盆に乗せられた食器たちが、かたかたと音を立てる。

(4)
柾さんが帰った後、食器を洗う俺の様子に違和感を覚えたのか、絹はねぇと声を掛けてきた。
「玄クン、どうかしたの?」
絹を欺くなんて、土台無理な話だろう。
代々受け継がれてきた『異能』によって、鋭い第六感を持つ彼女から逃げおおせるのは容易くない。
それでも悪足掻きをして「別に?」と答えておく。
絹だけじゃない。俺にもその力は少なからず備わっているんだ。一時的に回避するぐらい、何ともない。
「そう? 今一瞬、玄クンに『ルチル』が必要かなって思ったんだけど……」
ルチルクォーツというのは、針状の物質が入り込んだ石のこと。水晶の中でも、高い効果が得られると言われている。
絹はその博愛精神から、俺にルチルと木珠を渡すつもりでいるらしいが、そのまま白を切り通した。
俺には必要ないよと。
そんなことない。俺はトラブルを生んでしまった。問題の報告もしなければ、差し伸べてくれる気持ちまで断わってしまった。
どこまで馬鹿野郎なんだ、俺ってやつは。

(5)
さらに2日後、柾さんが絹のいない間にマンションに訪ねてきた。
「玄、2日前の58,800円は、一体何の代金だ?」
迂闊だった。そんなに早くバレるとは思ってもみなかったから。
どうやらネットを介してカードの明細記録を見ることが出来るらしい。
「それは……」
まさかサングラス1個を買いました、なんて……。
この期に及んでまだ言葉を濁していると、柾さんは眼鏡のフレームを中指で押し上げながら静かに言った。
「そこに500万程度入ってる。明日1日やるから、好きなだけ使って来るといい」
「なっ……なんだよ、それ……!」
柾さんの顔を見れば、彼は不敵な笑みを浮かべていた。思わずゾッとして、半歩ほど後ずさる俺。
「買い物は楽しいだろう? カード1枚かざせば欲しいものがあっという間に手に入る。
これもあれもと指を指すお前に、店員たちが恭しくかしずく姿を見るのは、さぞかし気持ち良いだろうな。すぐに病み付きになるはずだ」
「な、何考えて……っ」
「一気に6万使えたんだ。お前には十分、素質があるよ」
その時点で反論すべきだったし、謝るべきだった。
どこまでもダメダメな俺は、呆然としているうちに手の中にクレジットカードを握らされ、遠ざかる柾さんの背中を見送る羽目になってしまった。
「それで足りなかったら、追加分を請求してくれ。楽しみにしてるよ、愛息子」
くすくすと笑いながら、柾さんは足取り軽くマンションを後にした。

(6)
どうせならユナイソンで買ってやろうと、俺は柾さんがいるネオナゴヤ店に開店時間から居座った。大学は休んだ。
私も行くと言い出した絹は、今頃本屋あたりをぶらついていることだろう。俺はと言えば、客の少ない平日のカフェに席を陣取り、ぼんやりと考えていた。
一体、柾さんはどういうつもりなんだろう。好きなだけ買い物しろって?
500万あれば何が買える? あぁ、車だって余裕で買えるな。海外旅行を申し込んで来ても良い。世界一周なんてどうだ?
それとも家具を一式買い替えてしまおうか。パソコンは? 新しいパソコンなら、処理能力も高いだろうな。
株を買ってしまおうか。どこの銘柄にしようか。株主。悪くない響きだ。それとも宝くじ? 競馬? この際、増やす発想もアリだ。
500万で足りなければ、更に補うと言っていた。柾さんの貯金が幾らあるのかは見当もつかないが、そこまで言うなら上乗せを頼もうか。
でも、だとしたら何を買う?
ちなみに、ここで使ったお金はエスプレッソ代の380円。素質? 俺には素質が備わっているだって? 素質って、なんだ?
「……狂ってる……。絶対おかしいよ……」
どうすれば良い? 俺は、どうしたら良い?

(7)
「絹。コパールチルが欲しいんだけど」
疲労困憊の体(てい)で訴えると、絹は頬を膨らまして軽く睨んできた。
「やっぱり何か隠してたのね! だから言ったじゃない。玄クンはね、もう少し人の話を聞いた方が良いよ?」
「う……」
「直パパにお灸を据えられたようね。と言っても、まだ解決してはいないみたいだけど。でもまぁ許される頃合いかしら。これで玄クンを救えるわ」
部屋の中に置かれた空っぽの洗面器の中に、ミネラルウォーターを注ぐ。塩を一つまみ放ると、絹はその中に両手を突っ込んだ。
濡れた手をタオルで拭き、椅子に座る。机には、何段にも重ねられたアクリル仕切り付ボックスの山。その中には色とりどりの石が詰められていた。
まるで消耗日を見越していたかのように、必要とされている石は一番取り出しやすい最上層に置かれていた。手を伸ばし、帯状に線が走った茶色い石を取りだす。
絹が選んだのか、はたまた石の方が絹を選んだのか。どちらにせよ、彼女の手にはコパールチルが握られていた。それを、石が数個置ける器に置き直す。
今度は木で出来た丸い球を取り出す。石に命の息吹を吹き込むように、絹はそれに軽く口付けた。
「玄クンの石・意思・意志。木霊・木珠・児玉の力」
木の珠をコパールチルの隣りに置くと、絹は目を閉じ、柏手(かしわで)をひとたび打ち鳴らす。
「清め給え」
凛とした声が部屋を支配する。見た目には、何かが起こった気配は見受けられない。
それでも俺には分かっていた。2つの石はリセットされ、これから宿主となる俺に共鳴し得る補助アイテムとして活躍するだろう。
「……受け取って、玄クン」
そう告げた絹は、もはや巫女を模してはいない。普段の絹に戻っていた。
器に置かれた2つの石を握ると、絹を労ってから自分の部屋へと戻り、石に開けられた穴に1本の糸を通す。
簡単なブレスレットを作り上げ、左手首に巻いた。
「……木霊・木珠・児玉の力」
絹の力だけで十分だとは思うが、一応は俺も念には念を入れて石たちに唇を寄せた。

(8)
決戦日という表現は大袈裟だろうが、正にそんな気分だった。
全ての責任は自分にあるのだが、なぜ柾さん相手にこんな馬鹿な真似をしてしまったんだろうと、悔やんでも悔やみきれない。
午前11時にユナイソンの家電売り場に来るよう言われていた。言われた通り、今日も大学を休んでユナイソンへと赴いた。
なぜ家電売り場? と思いながらも、足取り遅く――だが確実に――指定場所を目指す。
平日の家電売り場は客の入りも少なく、従業員は見付けやすくなっているが、見慣れた柾さんの姿は無い。
11時3分。手持無沙汰でヘッドホンコーナーをぶらぶらしていると、柾さんが通路を横切るのが見えた。うわ、俺いますぐ帰りたい。
だが、ここでも天の邪鬼な俺は健在だった。「柾さん」と声を掛けていた。俺に気付いた柾さんは手招きをする。近付くと「こっちだ」と短く告げてレジへと向かう。
「あの……?」
レジには柾さんと同い年ぐらいの男性社員が1人いた。
「麻生、パソコンを貸してくれ。私用で使いたい」
「あれ? お前、今日は遅番じゃなかったのか? 何してんだ」
麻生……? あぁ、名前は聞いたことがある。確か、柾さんの同期で腐れ縁の仲だとか。
その麻生さんは疑問を口にしながらも、柾さんの方へとノートパソコンを移動させる。
柾さんがパソコンを操る中、麻生さんは俺に目を留めたようだった。目が合う。
「あ……こんにちは。えと……児玉玄です、はじめまして」
「児玉……。あぁ、あんた、柾の子か! 会えて嬉しいよ。はじめまして。麻生環だ。よろしく」
祭と同じ、気さくな笑顔を作る人だった。さぞかしおモテになるんだろうな。
「玄……どういうことだ?」
柾さんの冷やかな声で我にかえる。しまった、麻生さんと和んでる場合じゃなかった。
「どうしたって?」
「昨日の使用額0円。……使わなかったのか?」
「う……あ……うん。じゃなくてハイ……」
「どうして使わなかった?」
「だって、あれは柾さんが稼いだお金だから」
「その僕が言うんだから、使って良いに決まってるだろう」
「や、でも……。ここで使ってしまったら、柾さんを幻滅させるかなと思って。俺、それだけはイヤだったんだ。
勝手に6万もの大金を使っておいて、しかも何を買ったのか言おうとしなかった俺が言えたギリじゃないけど……さ……」
尻すぼみしていく言葉を、柾さんは容赦なく拾い上げる。
「それほどまでに欲しかったんだろ」
俺には自信がなかった。鞄から包みを取り出すと、柾さんに差し出す。買ってから一度も開けなかったサングラスだ。
「お、CAZALじゃん」
麻生さんは目を輝かせて柾さんの手元を覗きこむ。なるほどね、と柾さんが呟く。
「買ったのはサングラスだったのか。リーバイスのヴィンテージだと思ってた」
「なんか……後ろめたくて使えなくて。だって、よくよく考えたら俺のしたことって泥棒だ」
「その答えが欲しかったんだ。それを聞けて嬉しいよ。反省したか?」
「……はい。反省したし、引き続きします」
「これからは、もうこんな無茶はしない?」
「はい、しません」
「このサングラス、ちゃんと使うか?」
「は、はい……」
「まだ僕を頼ってくれるか?」
「! な……なんですか、それ……。それじゃあまるで俺が柾さんを頼ってないみたいじゃないですか!」
「違うのか?」
「違いますよ! どうしてそうなるんだろ!? そりゃあ俺は絹みたいに全力で感情を表せないけど、でも柾さんは俺の父親だし! 勿論感謝もしてる!」
柾さんが押し黙った。
しばらくの沈黙ののち、彼はやれやれと溜息を吐いた。
「誰が絹みたいに全力で感情を表せないって? 思いっきり晒してるじゃないか……」
「あ……っ////」
「柾、これにて一件落着?」
「あぁ」
VISAカードのWEB画面から、柾さんはログアウトのアイコンをクリックした。

(9)
絹に言えば怒るに違いない。
俺は柾さんと麻生さんと一緒にユナイソン店内で昼食を楽しんだ。場所はお茶漬け専門店『侘寂―Wabi/Sabi―』。
定食を待つ間、麻生さんがCAZALをしげしげと眺めていた。聞けば、2つ3つ違うタイプを持っているらしい。
「どこで買ったんだ? 栄か?」
「大須です。大須観音に近い古着屋で見付けました」
「へぇ、古着屋でねぇ。そう言えば、知り合いに実家が大須の古着屋営んでるっつー社員がいるぜ。その店のこと、知ってるかもな」
「噂をすれば何とやらだ。麻生」
柾さんが顎をしゃくった先に、カウンターで店員と会話を楽しんでいるユナイソン社員がいた。
「杣庄~!」
麻生さんが声を掛けると、その社員が振りかえった。一言三言交わしてから席を立ち、こっちへやって来る。
「はい?」
杣庄という人はジャニーズ系の顔立ちだが、どことなくヤンチャめいていて、口より先に手が出そうなタイプに見える。
「なぁ、大須観音の近くの古着屋に詳しくないか? 俺もお手頃価格のCAZALのサングラスが後1つくらい欲しくて……」
麻生さんの手元を見て、杣庄さんはあれ、という顔をした。
「それ、どこで……? 麻生さんのっすか?」
「いや。これは玄クンので」
俺です、と小さく手を挙げる。
「あー……? いやー、あのさ。ひょっとして、その時対応した店員って、キャピキャピした女の子じゃ……?」
「確か店員は、唄ちゃんっていう可愛い子……」
「俺ン家だ、それ」
「じゃあ、これ仕入れた“お兄ちゃん”って……」
「俺だ」
うわー。こんなことってアリですか、神様。まさか祭に連れられて行った先が、柾さんの同僚が営んでいるお店だったなんて。
そう言えば……。今、俺の左手首には絹特製のコパールチルがあったんだっけ。
自分の意見をはっきり伝えるための勇気をくれる傍ら、家族間・金銭トラブルに良い効果をもたらすという云われだからそれを選んだんだけど。
元々は、ビジネス上の人材運・財運がメインの石だった。
「一括払いで買ってくれたお客様に、こんな所で会えるなんてな。ありがとよ。まいどあり!」
本業も副業も商人(あきんど)である杣庄さんは、自分が仕入れたものが売れた時の嬉しさを、十分に知っている人なんだろうな。
「またお店に寄らせて貰いますね」
「あぁ、いつでも来てくれ」
「俺も寄らせて貰うぜ」
「マジっすか、麻生さん。あ、でも妹がいない時にして下さいね! あいつ、恋愛ハンターなんで。年中恋したい病なんで。
あと、姉貴がいない日にしてくれると助かります。これがまた、鬼無里三姉妹が束になっても敵わない女なんですよ……」
サングラス代の58,800円は、お金が工面できたら柾さんに返そう。
受け取ってくれるかな? 
もし拒まれた時は……そうだな、柾さんに似合う眼鏡を見繕って、プレゼントしよう。
絹と一緒に。

[END]
2010.07.22


久々に書いた小説は、なぜかinmで、なぜか長編。……何故!?
や、でも楽しかったです! 
いつか玄を動かしたいなーと思っていたので、今回主役として書くことが出来て良かったです^^*
そしてさらに、柾パパもこちらで出せた上、麻生や杣庄兄妹も出せたのでWで嬉しい♪
作中に出た細溝祭くん。彼は、中学時代に友達と書いていた生徒会を題材にした小説の1キャラクターです。
隣接する「政嵐高校」と「聖グロリア学院」の生徒会役員同士が、対立し合うお話でした。
私が「政嵐」側から見た小説を書いて、友達が「聖グロ」側から見た小説を書いてたんですよね~。
4月には生徒会着任バトルがあって、顔見せで生徒会長同士が対立。
9月には体育祭があって、これまた生徒会会長同士が対立。
よくよく考えてみれば、いがみ合ってんのって会長同士じゃね? みたいなね(笑)
そうそう、「政嵐」には江戸時代の役職(システム)をそのまま当てはめてました。
例えば書記は「奥右筆」、副会長は「老中」、生徒会長は「将軍」、なんて具合に。
普通科から体育科、工業科、農業科、音楽科……と14科あったから各クラスの学級委員長を「いろは四八組」の頭(かしら)って呼ばせたり。
幼稚園から大学院まであるマンモス校で改造制服OKなものだから、オーダーメイドしてくれる「呉服師」なんてのも作ったっけね(笑)
で、きわどい制服を着こなす女子生徒がいたりして……。
一方の「聖グロ」はお嬢様お坊ちゃま学校で、マリア様と敬われる役員がいたり、エセ英語を話す帰国子女の役員がいたり……。
あ~、懐かしいなぁ!^^*
トンデモ内容だったけど……。うん、あれは楽しかった! 書けた段階で、友達と読ませ合いっこしてさ……。
で、まぁ、祭はその時の会計でした。
校内一のプレイボーイ(笑)っていう設定だったけど、大体が会長に対してのツッコミ役だったな……。
それもまた懐かしい思い出。
ちらほらお気に入りキャラもいるので、いつかその子たちも陽の目を見せてあげたいです^^*
それでは、ここまで読んで下さり有難う御座いました!(^人^*)


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